第10話 『レベル5 A』

「……本当にこれから行くの?」


 休憩室を出たドウレたちのあとを追いながら、ミシュがぽつりとつぶやく。

 不安なのは当たり前だ。 

今日はミーティングとしか聞いていないため、ドウレたちのように鎧を身につけていない。


 今、マイマたち4人が着ているのは制服なのだ。


 いくら試験用のダンジョンと言っても、魔物がいるのに鎧もなしに歩くのは怖いというより無謀だろう。

 もっとも、マイマに鎧は必要ないが。


(たぶん、ヒヒロもだろうけど)


 あんなに楽しそうにしていたヒヒロは、つまらなそうだった。

 今も、黙って歩いている。


(あんな奴等と組まされるって思えば、テンションも上がらないだろうけどな)


 それより、問題はミシュたちの方だ。


「どうする? 取りに戻るか?」


「それは……ダメ。教室にあるけど、少しでも離れたらアイツ等勝手に試験を始めるでしょ?」


「そうなると……たぶん不合格になるのは私たちだけ」


 完全に暴走しているのはドウレたちだが、あの学年主任の様子からも、『援護』クラスの立場はかなり低い。

 そして、担任もおそらく敵だ。


「……武器はあるか?」


「一応。ミーティングに必要かと思って……使わなかったけど」


 そこまで聞いて、マイマは開示していい情報を頭の中で整理していく。


(同じクラスだ。どうせ『アップ』についてはいずれ説明する時がくる。なら、イイ機会だから言っておくか)


「一応防具は用意できるけど……どうする?」


「どうするって?」


「こんな感じだけど」


 マイマはそういうと、自分の腕に縄を巻いてみせる。


「オレの縄は特性だから、例えばゴブリンに噛みつかれても怪我をしない程度には堅い」


 マイマが腕を叩くと、ミシュとサチはお互いの目を見る。


「つまり……もしかして、鎧の代わりに縄を巻くってこと?」


「そう。全身じゃなくても、首とか、胸とか、ミシュさん達はスカートだから足とかね。いざという時の防御力は制服の比じゃないと思うけど、どうかな?」


「動きにくくならない? 縄って……」


「オレの『アップ』は縄を操る力だから。動きにくいなら解除するし」


 マイマの言葉を聞いて、少しだけ悩んだあと、ミシュとサチは頷く。


「じゃあ、お願いしていい?」


「了解」


「……っ!」


「……うっん!」


 マイマの縄が蛇の様に二人の体を滑り、巻き付いていく。


「はい。どうかな?」


「は、早いわね」


 変な声を出してしまい、少々気恥ずかしい思いをしながら、ミシュとサチは体を動かす。

 宣言通り、首と胸と太ももに縄が巻き付いているが、ぜんぜん苦しくないし、動きも阻害されない。


「凄いわね」


「まぁ、本当の鎧と比べるとさすがに心許ないと思うから、過信しないでね」


 なんて言っているが、実際はマイマの縄は本当に特別製だ。

 獣の皮や金属製の鎧よりも強度は上だろう。

 しかし、そのことをマイマは告げない。

 信用できる人間が、この学校にはほとんどいないからだ。


「ヒヒロはどうする? 縄をつけるか?」


 必要無いだろうと思うが、念のためマイマは聞く。


「……んー今回はいいや。それより、二人の『アップ』は何なんだ?」


 ヒヒロはミシュとサチに聞く。


「……私の『アップ』は『剣の生成』」


 ミシュは何もない手を握り込むと、そこに金属製の剣が現れた。


(へぇ、珍しい)


『アップ』は千差万別。


 身体的なモノから、物質の生成まで、本当に様々な能力があり、全ては網羅されていない。

 中には、『ユニーク』と呼ばれる固有の『アップ』もある。


「その『アップ』なら、援護じゃなくて討伐者や英雄のクラスに入れたんじゃないのか?」


 マイマの指摘に、ミシュは一瞬ぎゅっと口を閉ざすと、重く口を開く。


「私は……無理だよ。『力』がないから」


 ミシュの手が震えていた。


「ふーん。で、ちっこいのは?」


「お前、自分で名前で呼ぶって言ったよな?」


 ミシュの様子を見ていたのか見ていないのか、そのままヒヒロはサチに話を振る。


「わ、私は……『身体強化』だよ」


『身体強化』はもっとも一般的な『アップ』だ。

 冒険者など『魔境』に挑まない者でも取りあえず入っているような種類である。

 もちろん、『身体強化』が冒険者にふさわしくない『アップ』ではなく、『身体強化』の『アップ』だけで超一流の冒険者になっている者もいる。


 しかし、そこまでに行き着くのは容易ではなく、また、珍しくないことから、『身体強化』の『アップ』は『援護』クラスの生徒には多いだろう。


(……まぁ、いいか)


「ふーん。そっか」


「そっか、って。アンタが聞いたんでしょうが。で? 肝心のヒヒロの『アップ』は何? まさか自分だけは話さないなんてことはないでしょうね?」


「オレか? オレのアップは……」


「おい、『援護』もうダンジョンの前だぞ! ベラベラしゃべるな」


 前の方で、自分たちもペチャクチャしゃべっていたドウレが偉そうにマイマたちに注意する。

 彼らの前には扉があり、その横にはダンジョンの管理をしている者がいた。


(……ミツヒか)


 表向きの仕事として、ダンジョンの管理人をしているミツヒが、ドウレ達に話しかける。ちなみにつなぎはしっかりと上まで閉めているので下着は見えない。


「一年生の試験は今日を含めて三日あります。まだまだ時間はありますが、試験をご希望ですか?」


 マイマの方は向かず、ドウレ達だけを見ているあたり、仕事に徹するつもりだろう。


「ああ! 何せ、これが俺たちの伝説の始まりだからな!」


 自信満々に答えたドウレに、ミツヒはただ笑顔を向けるだけだった。





 マイマ達が挑む試験用の人工ダンジョン。

『レベル5 A』は、周りが岩肌の比較的広いダンジョンだ。

 階層は3層。


 太陽光と同程度の光が内部でも発生していて、視界はかなりいい。

 一年生がはじめて挑むダンジョンなので、考慮された結果だろう。


 だが、それでもダンジョンだ。

 そこは小さい『魔境』である。

 人の命をたやすく奪える魔物達が、そこら中にいる。


「『聖光炎帝剣』!」


 炎を纏った煌びやかな剣が、横一線に振るわれる。


「『暗黒水練竜』」


 黒い水の固まりが、うねりをあげながら飛んでいく。


「『大風タイフーン』」


 緑色の風が回り、周囲を削る。


「『パワーオブウォール』だっ!」


 黄色の壁が、押しつぶした。

 十数匹の、魔物たちを。


(……へー)


 英雄クラスの4人が、ダンジョンにいた魔物達を一掃するのを、マイマは黙って見ていた。

 どうやら、彼らは自分たちが試験をクリアするという言葉通り、彼らだけで魔物を倒すつもりのようだ。


(まぁ、『イートシーダー』や、『コロコロタケ』なんかの植物性の低ランクの魔物ばかりだからな、ここ)


『イートシーダー』は、木の丸太に目と足が生えたような小さな魔物で、その体はよく燃える。


『コロコロタケ』は、人の頭程度の大きさのキノコの魔物で、毒もなく、その身は干してから水につけると良い出汁が出る。


 二種類とも、ランクは『F』で、十数匹の群なら、武器さえ持てば一般人でも十分退治できる魔物だ。


「ふっ……跡形もない。初陣にしては中々じゃないかな?」


「オレの鞭を受けて生きている者はない」


「この調子でドンドン行こう」


「か……カッコ良かった、だろ?」


 英雄クラスの4人は、取り巻きの討伐者クラスの女子達にキャーキャーともてはやされている。


「……採取できないね。ドロップ品も、これじゃ落ちたのかわからない」


 ぽつりとつぶやいたのは、ミシュだ。


 魔物は、糧だ。

 討伐したのなら、その身は最大限利用するべきだし、落とすドロップ品は今の人類では手に入らない貴重な資源だ。

 なのに、彼らはそれらを見た目は派手な大技で全てを台無しにしていた。

 ランク『F』程度の、雑魚相手に、だ。

 マイマは不満げな顔を浮かべているミシュの肩にぽんと手をおく。


「ここはアイツ等がやるって言っているんだから、好きにさせればいい。加点はないけど……どうせ、全部アイツ等の手柄にされるだけだ」


 マイマの忠告は、ミシュもよくわかっている。

 ただ黙ってコクリとうなづくと、落ち着かせるように、右手に握っていた剣を、下におろした。

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