第8話 マイマとヒヒロ

『コケノドリ』


 体長約2メートルほどの大きさの魔物。

 羽は岩石のように堅く、くちばしはナイフのように鋭い。

 主に草木を食べるが、人を見ると襲ってくる。

 倒すと希に落とす卵は絶品で、その身は弾力があり栄養も豊富である。

 強さはDランク。見かけたら倒そうとは考えずに騎士か冒険者などのプロを呼ぼう。


 その『コケノドリ』が、マイマ達の前にいる。

 ギリギリ、襲ってこない位置でマイマは立ち止まっているのだ。


「『コケノドリ』だ。この数だが……戦えるか?」


 マイマと並んで走ることが出来た以上、ヒヒロの実力なら一匹は問題ないだろうと思う。


 しかし、数が多い。

 通常なら、プロでもしっかりとギルドのメンバーで挑む数だ。


 だが、ヒヒロは平然と答える。


「鶏か。ちょっとデカいけど、美味しそうだ」


 いや、平然とはしていなかった。

 ヒヒロの口からヨダレが出ている。


「……ニワトリ? 確かに味は良いが、倒せるかどうかは……」


「うおー! 肉じゃぁあああああ!」


「おい!」


 ヒヒロは、我慢ができないとばかりに『コケノドリ』に向かっていく。


「あのバカ!」


(オレでもあの数の『コケノドリ』を正面から相手にするには『アップ』を使う必要がある! アイツの『アップ』が気配を消す類の『アップ』だったら……)


 危険である。

 そう判断し、マイマは慌ててヒヒロのあとを追うのだが、ヒヒロはそのまま『コケノドリ』の群の真ん中に到着してしまう。


「……コケ?」


 突然現れた人間に、『コケノドリ』は一瞬首を傾げる。


「……コケー!!」


 しかし、すぐにヒヒロを認識し、襲いかかってきた。

 ナイフのように鋭いくちばしが、ヒヒロに一斉に襲いかかっていく。


「危ない!」


 とっさに、マイマは荒縄を取り出したのが、使わなかった。

 いや、使えなかった。

 目の前で起きた出来事に、動けなかったのだ。


「クッケーーーーーーーーーーーー!」


 と、ヒヒロが鳴いて、ポーズを決めたのだ。

 鳥のように手を広げ、片足立ちで。

 そして、あろうことか十数羽の『コケノドリ』のくちばしを、そのポーズから見事にさばき、避けきったのである。


「クケッ!クケッ!クケケケッケ!!」


 そのまま、ヒヒロは羽のように広げた手で、『コケノドリ』を攻撃していく。


「……な、なんだそれ?」


 見たことがないヒヒロの動きに疑問を持ったマイマのつぶやきに、ヒヒロは答える。


「これこそがジジイから教わった伝説の闘法『動物の呼吸法』『トリの法』 大気中の『トリ分』を取り込み、鳥のように動くのだ!!」


「トリトリうるせーよ! 『トリ分』ってなんだ!?」


「こういうことだ! クッケーーーーー!」


 説明になっていない説明を終え、ヒヒロは再び「コケノドリ」に向かっていく。


「わけがわからん! わからんけども!」


 ヒヒロの打撃は、見た目とかけ声のマヌケさに比べ、かなり重いのだろう。

 一発打たれるだけで岩石のような羽を持つ『コケノドリ』は怯み、当たりどころの悪いモノは力なく倒れていく。


「クケ! クケ! クケケッケケケケ!!!」

 ヒヒロは強烈な打撃を『コケノドリ』に与え続けた。


 そして十数分後、ヒヒロは見事に『コケノドリ』を全て倒してしまった。

 力なく倒れる『コケノドリ』たちに、マイマは言葉もない。


「どうだ! へへ、けっこうやるだろ?」


 ヒヒロは自慢げにマイマをみる。


「いや、まぁ」


 間近で見たので、よくわかった。

 ヒヒロは強い。強いのだが。


(なんだあの戦い方)


 戦っているときのヒヒロの動きがコミカルすぎて、正直評価がしずらい。

 これでは実力が評価されずに『援護』クラスになってもしょうがないだろう。


(……いや、実力じゃなくて、評価されるのは家柄、お国柄、か)


 今、学校でもっとも評価されてしまうある国のことを思い返し、マイマはとっさに苦い顔を浮かべてしまう。


「……おーい。ところで、倒したけどこれはどうするんだ?」


 ヒヒロに声をかけられて、マイマははっとする。


「ん、ああ。とりあえず肉を処理するから、階段まで運ぼう。ドロップの卵はあったか?」


「んーにゃ。ないな。あーあ。卵があったら、マイマにプリンを作ってもらおうと思ったのにな」


 残念そうにヒヒロは肩を落とす。


「卵があっても作らねーぞ。それに、これは出荷しないといけないから……」


「出荷、ってなんだ?」


 よけいなことを言ったと、マイマは一度口を閉じる。


「……取りあえず、階段まで運んでくれ。そうしたら……」


 そのとき、また先ほど聞こえたようなオルゴールの音が鳴った。


「ん? この音は……」


「なんでまた鳴るんだよ!」


 地面が揺れる音がする。


 部屋の奥の方を見ると、巨大な扉が動いていた。

 その奥には、『コケノドリ』がいる。


「マジかよ」


『コケノドリ』の数は、さきほどヒヒロが倒した数よりもさらに多かった。


 軽く見積もっても、十倍以上はいる。

 つまり百羽以上。


(また修行か? こんなときに!)


『コケノドリ』は、マイマたちの横に積み上げられている仲間の死体を見て怒っているのか、まっすぐにこちらに向かってくる。


「……おい、逃げろ。ここはオレが」


 さすがに危険だとマイマはヒヒロを下がらせようとするが、ヒヒロは聞いていないのか、マイマの前に立つ。

 そして、自信満々に、笑顔でこう言い切った。


「心配するな。オレの後ろにいれば、『安心』で『安全』だからよ」


 面を食らうとは、このことだろう。

 ヒヒロの言葉に、マイマは動きを止めた。


 その間に、ヒヒロは『コケノドリ』の群に向かっていく。


「クッケエエエエエエエエエエエエエエ!」


 実に、楽しそうに。

 でも危険だろう。


 あの数の『コケノドリ』はいくら強くても素手で倒すのには限界がある。


「……はぁ」


 急激に押し寄せてきた感情の波に飲まれないように息を吐くと、マイマは荒縄を取り出す。


「……たく、しょうがない。見せてやるよ、オレの『アップ』」


 マイマが手を大きく横に広げる。

 すると、手から伸びた合計で10本の荒縄が、まっすぐ進んでいき、トンネルのような筒を作る。

 その広さはちょうど『コケノドリ』が一匹通れるくらいだ。


「……これは」


「『注連縄』簡単に言えば結界だ。俺の『アップ』は縄を操る。いくらお前が強くても、あの数に囲まれたらマズいだろ。これなら一匹一匹戦える」


 マイマは、言い聞かせるようにヒヒロをみる。

 それは、自分にも。


「これで『完全』。『援護』するから、戦え。『安心 安全 完全』に、だ」


「……おう! クケエエエエエエイ!」


 ヒヒロが、『コケノドリ』に飛びかかる。


 それから、数時間。

 倒れた大量の『コケノドリ』の中に、ヒヒロがいた。

 ヒヒロも、大の字になって倒れている。


「よくやったな」


 そんなヒヒロの元に、荒縄を片づけたマイマがやってくる。


「つ……疲れた。こんなに闘法を使ったのは、久しぶりだ」


 これだけの数を倒せば、ドロップ品も出てくる。

 ヒヒロの隣には、『コケノドリのたまご』が落ちていた。

 倒れているヒヒロを、マイマはしげしげと見ていく。


「……怪我はないな」


「ああ……なぁ、聞いていいか?」


「何だ?」


「もしかして……オレが戦わなくても、一人でどうにか出来たのか?」


 今更、なにをいうのだろう。

 呆れたように、マイマは答える。


「当たり前だろ? 俺はこの『ファーム』の管理をしているんだ。あれくらい一人で対処できなくてどうする」


 マイマの答えに、ヒヒロは笑う。


「……はっはは! そうか……なぁ、やっぱりオレの仲間にならないか?」


「断る」


「プリンを作ってくれよ。『星のたまご』で」


「断る」


「……ちえっ」


 にべもなく断られ続けたヒヒロは口をとがらせる。

 すると、きゅるきゅるとヒヒロのお腹から音が鳴った。


「……腹へった」


 そんなヒヒロに、マイマは手を差し出す。


「申し出は断るが……夕飯くらいは作ってやるよ。ヒヒロ」


「……おう!」


 マイマの手を、ヒヒロは掴む。


 このあとマイマがヒヒロに作ったのは、たまごがプリンのようにトロトロとした親子丼だった。

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