第7話 ダンジョン

『ダンジョン』


 小型の魔境であるそこは、その名前のとおり、基本的に迷宮であり、至る所で魔物が徘徊している。

 魔境に対して人類ができることは『踏破』であり、管理などできるはずもない。

 しかし、人工的に生成した『ダンジョン』は別だ。 

 人工的な『ダンジョン』の管理者は生成した『人』であり、ある程度のコントロールが可能になる。

 

 そして、マイマは生活の場所として、学校の端に作られた『ダンジョン』を、ある条件を元にダンジョンを生成した『人物』から与えられている。


 緑豊かな、しかし地下に造られた『ダンジョン』のはずなのに陽光がポカポカと照らす、ここ、『ファーム』は、マイマの宿泊地であり、仕事場なのだ。


 階段を下りるとすぐ目の前に広がる、草原。

 川が近くを流れるログハウスのような建物にマイマは入っていく。


 入学して一ヶ月。

 このログハウスで生活するようになって一ヶ月。

 一ヶ月も生活すれば、そこは立派な自分の家だ。

 大切な人が、誰もいなくても。



 マイマは扉を開けて、荷物を下ろす。

 役に立つとは思えない、まともに授業をされたこともない、魔境や魔物に関する教科書が入った鞄が、重そうな音を立ててテーブルの上に置かれる。

 軽く息をついて、マイマはポットからお湯を注ぎ、お茶をいれる。


 ドロップ品のお茶は、いい香りがした。

 マイマは椅子に座り、お茶の香りを楽しむと、口に含む。


「へー旨そうだな。オレにもくれよ」


「ゴフッ!?」


 背後から声が聞こえ、マイマは思わずお茶を吹き出した。

 すぐに、マイマは振り返る。


「ん? ああ悪い。驚かせたか?」


「……なんで、おまえがここに?」


 そこにいたのは、先ほど教室で別れたはずの同級生。

 飛飛色 ヒヒロだった。

 ヒヒロは、根本が赤い金髪をピコピコと立たせて笑っている。


「いや、言っておきたいことがあってさ」


「……言っておきたいこと?」


(……いや、それよりも。なんだコイツ? なんでここにいる?)


 なるべく平静は装っているが、マイマは驚愕していた。

 兄が殺されてから数年間。

 師匠に拾われて暮らした日々は、誰かの尾行を許すようなヌルいモノではない。


 なのに、目の前にいるこの男は、なぜかここにいる。

 学生はおろか、教師も知らないはずの秘密の『ダンジョン』に。

 マイマは、自分の手に荒縄を巻き付け、ギュッと力を込めた。


「そうそう。マイマだろ? 銃弾を止めてくれたのは。ありがとうな」


 ニカッとヒヒロは笑顔で言う。


「……起きていたのか?」


 ヒヒロが言っている銃弾とは、担任であるクズハチの『銀色の指導(シルバーブレッド)』であろう。


 完全に寝ていたと思っていたヒヒロが起きていたことも驚きではあるが、それ以上にヒヒロがマイマの動きを見えていたことの方が信じられないでいた。


「んーにゃ。寝ていたよ。でもあの担任の『アップ』を止めるなんてマイマにしか出来ないだろうなって」


「どういうことだ?」


「強いだろ? マイマは」


 そう答えると、ヒヒロは興味深そうに家を見ていく。

 確かに、マイマは兄が殺されてから普通の学生とは違う生活を送ってきており、強いだろ?というヒヒロの見立ては間違っていない。


 しかし、そのことを知るのは、本当に一部の人間のみだ。


「……ミツヒの仲間か?」


「んにゃ。んにゃ。誰それ? もしかしてさっきの女の人? あれ誰? なんかスゴい格好していたけど」


 その返答の様子に、ウソはなさそうではある。


「じゃあ、どうやってここに入ってきたんだ?」


「だから、あとをつけたって」


 マイマは、口を閉ざして言葉を選ぶ。


「……じゃあ、どうやってあとをつけたんだ? 気配なんてまるでしなかったぞ?」


「そうなのか? オレは普通に気配を消しただけだけど?」


「気配を消したって。もしかして、『アップ』か?」


『アップ』


 魔境が世界に広まり始めたときから人類が得ることが出来るようになったらしい、人の身でありながら、通常あり得ないような現象を引き起こせるようになる力。


 それが『アップ』だ。


 普通ならだいたい10年に一度『アップ』が体に入り込む。

 ゆえに、マイマたちの年齢なら平均して一つか二つの『アップ』を持っているはずだ。

 入り込む『アップ』の種類は様々で、火を出したり、身体能力が向上したりなど、その種類はまさしく千差万別である。


(気配を消す『アップ』……いや、認識を阻害する『アップ』か? 複数の組み合わせ? それでも俺が気づけないなんて……)


「なぁーそんなことより、お茶飲ませてくれよ。お茶」


 ヒヒロは、いつの間にか当たり前のようにイスに座っていた。

 まるでこの部屋の主のようである。


「……なんでお前なんかにお茶を出さないといけないんだ?」


「いいじゃん。美味しそうだし。な?」


 屈託もなく、悪気など無く、ただ良い笑顔でヒヒロは言う。


「……ちっ」


 何を言っても無駄だろうと思い、マイマはカップを一つ取り出すとお茶を注ぐ。


「おお! サンキュー! もしかしてお菓子なんかもあるのか?」


 置かれたお茶の匂いを嗅ぐと目をキラキラとさせてヒヒロはねだってきた。

 何も言わず、マイマは近くにあった干した果物をおいてやる。


「うおーウマイウマイ」


 本当になんの遠慮もなくヒヒロは干した果物をパクパクと食べ、ゴクゴクとお茶を飲んでいく。


「それ食べたら、もう帰れ」


 ヒヒロのことはよくわからないが、かといってどうすることもない。

 この『ダンジョン』は秘密ではあるが、機密ではないのだ。


(一応、口止めはしておくか)


 ぺらぺらとしゃべられたら、そのときはそのときであるが、念のためだ。


「あと、ここの事は誰にも言うなよ?」


「誰にもって、さっきのねーちゃんにもか?」


「……は?」


「ほら、あのスゴい格好の。警戒していただろ? どんな関係なんだ?」


(本当に、何なんだ? コイツ)


 ヒヒロの指摘に、マイマは答えない。


「ミツヒはただの姉弟子……だそうだ。いいから、帰れ。さっさと」


「そっか……でも、ここってダンジョンだよな? なんでダンジョンに家があるんだ?」


「それは……」


「オレたち、まだダンジョンに入れないだろ? 来週の実技をクリアしないと。なのに、なんでなんだ?」


 ヒヒロの質問に、マイマは少し考えて答える。


「……仕事だ」


「そっか」


 警戒して答えたのだが、ヒヒロの反応は予想よりも軽いモノだった。

 干した果物とお茶を食べ終えたヒヒロは、すくっと席を立つ。


「帰りは送ってやるから、絶対に言うなよ」


 自宅の周辺は安全だが、一応ここはダンジョンなのだ。

 ヒヒロは一般の生徒のため、寮暮らしのはずだ。

 念のため、送っていこうと玄関を開けるが、ヒヒロが着いてくる気配がない。

 マイマが振り返ると、ヒヒロは冷蔵庫を開けていた。


「……何しているんだ?」


「ちょっと物足りなくてよー。これって冷蔵庫だろ? ウマいもんないかなーって」


「他人の家の冷蔵庫を勝手に開けるな!」


「おっ! これは!!」


 マイマの話を聞いていないのか、ヒヒロは興奮したように大きな声を出す。

 そして、冷蔵庫から銀色の容器に入ったモノを取り出した。


「プリン! だ!!」


 ヒヒロの嬉しそうな声を聞いて、マイマの動きが一瞬止まった。


「うおー!ウマそう!ウマウマそう!!」


 くるくるとプリンを持って踊ったヒヒロは、スプーンを見つけると手に取り、イスに座る。


「……プリン、好きなのか?」


「おう! 大好物だ!」


 ニコニコとしたヒヒロの顔に、なぜか懐かしい顔が重なった。


(兄さんも、こんな顔していたな)


 そう思うと、勝手に冷蔵庫を開けたことを怒る気も失せてしまった。


「……それやるから、今日のこと、ダンジョンのこと、全部誰もしゃべるなよ? いいな?」


「おお! 食べていいのか!! やった、ありがとう! 誰にも言わないから安心してくれ!!」


 ヒヒロは、我慢が出来ないとプリンにスプーンを刺し、すくって食べる。


「ん~~!!」


 一口入れただけで、ヒヒロはジタバタと美味しそうに身をよじらせた。


「ウマウマウマウマ……ウマい!!!!」


 そして、大きな声で叫ぶ。

 まるで優勝しているようだ。


「これ、お前が作ったのか?」


「ああ、そうだ」


 パクパクパクとプリンを食べ尽くしたヒヒロは、器のそこまで丁寧すくい、口に運んで一度うなずく。


「よし! 決めた。マイマ! オレの仲間になれ!」


「……はぁ?」


「オレは『旅の皇帝』にも負けない最強のギルドを作るんだ。そして、『星のたまご』を手に入れる!」


 ヒヒロの語る夢は、おそらくは冒険者を目指しているこの学校に通う学生が皆思っている夢であろう。


「だから、オレと一緒にギルドを作ろうぜ! そして……」


「断る」


 そんな夢への誘いを、マイマは即座に断った。


「なんでだよー。いいじゃんよー」


「よくねーよ。というか、お前と組むメリットなんてないだろ」


「え? さっきお茶だしてくれたし、プリンもウマかったし」


「それはお前の都合だ。こっちが組みたくなる理由が一つもない」


「ええー」


 なおもしつこく食い下がるヒヒロに呆れた目を向けていると、オルゴールのような音が鳴り始めた


「ん? なんだこの音?」


「ちっ……出やがったか」


 マイマは慌てたように外に出て行く。


「お前はここにいろ」


 そう言って、マイマは駆けだした。


(今日は……3階か)


 下へ降りる階段を、マイマは数段飛ばしで駆け下りていく。


「なぁーどこへ行くんだ?」


「うおっ!?」


 今度は真横からヒヒロに声を駆けられて、マイマは転けそうになる。


「お、お前! 家にいろって言っただろ!? なんでついて来ているんだよ!!」


「えーだって暇だし」


(というか、なんでついて来られるんだよ!)


 マイマは今、おそらくは自動車程度のスピードで走っているはずだ。

 そして、そのような速度で移動出来る者は、プロの冒険者でもそう多くはない。

 学生なら、なおさらだ。

 なのに、このヒヒロは平然とした顔でマイマと並び、走っている。


 ここまでくれば、認めざるを得ない。


「……お前、戦えるか?」


「ん?」


「魔物と戦った経験はあるのか?」


 マイマはこれから必要になることを、端的に質問する。


「そりゃ、当然。ここに来る前は毎日狩っていたぞ? 魔物」


 気負いも何も感じさせず、ごく自然体でヒヒロは言った。

 なら、問題はないだろう。


「よし。なら手伝え。飲み食いした料金だ。今から魔物の群を狩る」


 マイマの言葉に、ヒヒロは目を輝かせる。


「おう!」


 そうして、マイマ達が3階に到着したとき、鶏のような魔物が、群をなしてコケコケと鳴いていた。

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