第6話 狐狸 ミツヒ

「……いい天気だ」


 ぽかぽかとした陽気が初夏の香りを届けている。

 それは、まさにこれから芽吹く生命の強さであり、ざわざわと自己を主張する学生たちもまた、彼らに負けないように、いやそれ以上の命の輝きを放っていた。

 この光景を表すなら、やはりこの一言に尽きるのだろう。


「……平和だな」


 学生の群の間をマイマは通り過ぎる。

 平和な光景。

 笑顔で談笑する学生たち。


 その後ろから、少女たちが歩いてきた。


 片腕を失った少女。


 顔の半分が焼けただれた少女。


 引きずっている足の間接から骨が飛び出ている少女。


 学生たちの笑顔の狭間で、彼女たちもまた談笑しながら歩いている。


「油断したねーあんなところでエネルギー切れするなんて」


「だから早めに出ようっていったのに」


「まだ新しいフォームの限界がよく分かってないね」


 ずるずると続く血の跡を、彼女たちの後ろの学生たちは気にもせずに歩いている。


 ここはテンマナブ。


 歴史ある、由緒正しいテンマナブ。

 200年以上前から、『魔境』に挑む冒険者を育成する、小さな魔境である『ダンジョン』を生成出来る数少ない教育機関である。


 ゆえに、ケガをしている学生を見かけることは珍しくもない。


 しかし、ここ数年は死者が出ている。

 ある国が生まれてから、死者が出ている。


 誰も気にしない、誰かが落とした目玉をそっと避けてマイマは歩く。


 これが、この学校の平和だ。

 学生たちが皆楽しそうに笑っている中、マイマだけは険しい顔をしていた。






「よう、どうした? 辛気くさい顔をして」


「痴女みたいな格好をしている奴に言われたくねーよ」


「これは仕事着だよマイマ君」


「そんな格好でする仕事はねーよ。この世に」


 白いつなぎのチャックを腰まで下げて、赤い下着を完全に見せている女性が、ポニーテールにしている黒くて長い髪をばさりと揺らす。

 

 同時に彼女の豊満な部分もぷるりと揺れた。

 そんな見慣れた光景に大して反応も見せず、マイマは歩く。


「おやおや。まるで私の仕事が何か知っているような口振りだね。こんな格好じゃないと出来ない仕事かもしれないのに」


「おまえの仕事はダンジョンの管理だろ、ミツヒ」


 狐狸 ミツヒはクスリと笑い、マイマのあとをついていく。

 周りには人影はない。

 二人が歩いている場所は、学校の端の方にある。


「ダンジョンよりもキミを見ている方が時間は長い気もするけどねー。で、キミのポケットに入っているモノはなんだい? マイマ君」


「別に大したモノじゃない」


 マイマはポケットに入れたまま握りしめていたモノを取り出す。

 ソレは、銀色の銃弾のようなモノだった。


「授業中に居眠りしている奴がいてな。ソイツに向かって担任がコレを投げたんだよ。『アップ』を使ってな」


「担任って、どっち? 葛八先生? 五味組さん?」


「今日はクズハチだったな。っていうか、同僚の『アップ』くらい知らないのか?」


「そんな仮採用中の雑魚の『アップ』までは知らないかなーミツヒちゃんは」


「そんなもんか」


「そんなもんだよ、社会人なんて。で、その銃弾がどうかしたの?」


「いや……皆、当たり前の顔していてさ。こんなもの、『アップ』を使って投げれば、ケガじゃすまない。なのに、それを当然の事のように受け入れていた」


 マイマは、道中見かけた女子生徒たちを思い返す。


「皆、何も気にしない。額を打ち抜かれようが、片腕が無かろうが、顔が溶けていようが……死んでいようが。それが当たり前になっている」


「もしかして、見た? さっき2年のギャラクシーティアラが『脱出』を起動したって連絡が来てさ。あの子たち可愛いでしょ? どんな感じ? ケガしてた?」


「なんでそんな興味津々なんだよ……」


「だって、あの子たち、2年の『英雄』クラスじゃ人気ナンバーワンだからね。『アップ』を使って衣装を変化させるんだけど、これぞ魔法少女!って感じで可愛いんだよ。あの子たち、卒業したら人気でるだろうなぁ。間違いない!」


 うんうんとなぜかドヤ顔でミツヒはうなづいている。


「だって、あの世界樹国 『ユグゴール』出身だし!」


 ミツヒが出した国名に、反射的にマイマは険しい顔した。

 不愉快、ではない。もっと、深くて暗い顔だ。

 マイマの表情を見て、ミツヒはしまったというように肩をすくめる。


「……ああ、ごめんごめん。これは無神経でした。お姉ちゃん謝ります」


「……姉じゃねーだろ。アンタは」


「姉弟子でしょ?」


「……まぁ、いい。それで、『英雄』って、どこのダンジョンでケガをしたんだ? 上級か?」


「いや、確かレベル13の『鉱石ダンジョン』だったと思うよ」


「中級の下位じゃねーか。そんな実力で『英雄』なのかよ」


「彼女たちは可愛くて、見栄えもする『アップ』だから。親も稼ぎと権力だけは良い仕事しているし。それに出身も……ああ、そんな顔しない。まぁ、でも今はキミみたいに親も身よりもなくて地味な『アップ』の子は、『援護』に回される。たとえ、担任の発動した『アップ』を誰にも気づかれずに握りつぶす実力があっても、だ」


 ミツヒはマイマが持っている銃弾を指さす。

 マイマは、それを軽く手の中で転がした後、ぎゅっと握って粉々にした。


「……まぁ、どうでもいいか」


「そんな事言って、憤っているのがエンマ君そっくりだね。マイマ君は」


 クスクスと嬉しそうにミツヒは笑う。


「さて、周りに人影なし! 現れよ! 久遠と安らぎへ続く入り口よー」


「……どんなキャラだよ」


 ミツヒが手をかざすと、何も無いところに地下へと続く入り口が現れる。


 この先にあるのは、久遠でも安らぎでもない。

『ダンジョン』である。


「ふふふ……あと、今日は『入荷予定』だから。出たらよろしく。10匹くらいかな?」


「わかったよ」


「半分納めてくれたら、あとは好きにしていいから」


「……あいかわらずがめついよな」


「まぁまぁ、家賃だと思って」


 ミツヒの言葉に、マイマは大きく息を吐く。


「じゃあ、行ってらっしゃい」


「行ってきます」


 マイマは観念したように ダンジョンの入り口に入っていった。

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