第5話 学校生活

「魔境。それは我々人類の前に現れた脅威である。魔境は世界を分断し、人類は孤立した。しかし、同時に魔境は恵みでもあった。魔物が生成する物質。魔境で作られる物資は、それまで人類が生み出してきたモノを越えていたのだ。故に、我々は魔境に挑まなくてはならない。人類が再び手を取り合うために。そして、恵みを手にするために」


 体格のいい若い男性が一つ呼吸をおく。

 場所は教室。教壇の前。


 彼らがいる学校名は、テンマナブ。

 もっとも人類が繁栄している都市の一つ、マガハラスタにある魔境に挑む『冒険者』を育成するための由緒正しき学校だ。

 その一年生十一組の教室で、担任教師である若い男性が、ここからが本題だと息をつく。


「今は『冒険者』の時代だ。学生は皆、一攫千金を夢見て魔境に挑む。だが、魔境はそんな優しい場所じゃない。毎年一万人以上が魔境に挑み、千人は死んでいる。だが、それでもマシになったほうだ。『役職(クラス)』によって」


 担任教師が、リモコンを操作する。

 すると、教室の前方に映像が映し出された。

 勇ましい男女の姿だ。


「今、ダンジョンに潜る際は大まかに三つの『役職(クラス)』に分かれている。まずは剣、魔法に代表される『討伐者』。この『役職(クラス)』は、魔境に先行して潜り、可能な限り魔物を殲滅していく役職(クラス)』だ」


 次に、討伐者よりも豪華であり絢爛な男女の姿が映し出される。


「次に……そう。英雄だ。英雄は、討伐者が倒せないような……もしくは、苦戦するような強敵を倒すための『役職(クラス)』だ。彼らは、才能ある者だ。もちろん、才能だけではない。努力し、常人では到達できない強さを獲得した者たちだ。彼らがいなければ……彼らがいるからこそ獲得出来る魔境の神秘が、我々人類の生活を支えている。英雄と、そして英雄を助ける討伐者こそが、人類の希望なのだ」


 そして、最後に、おまけといった感じでやる気なく、担任教師はリモコンを押す。

表示されたのは、みずぼらしい荷物を抱えた者たちだ。


「あとは……援護だ。援護は英雄と討伐者を援護する。以上だ。この『役職(クラス)』について語ることはないだろう。なぜなら、お前たちの『役職(クラス)』だからだ」


 担任教師は教室に座っている生徒たちをみる。

 生徒たちは、狭い教室にぎっちりと敷き詰められている。


 そうだろう、今、この十一組には十二組の生徒たちもいるのだ。


 およそ八十人の生徒たちに担任教師は目を向ける。

 その目は細められ、はっきりと侮蔑の意志が込められていた。


「さっきも言ったように、冒険者とは討伐者と英雄のことだ。お前たちのような援護は冒険者ではない。私は、君たちのような落ちこぼれが一刻も早く立派な冒険者になることを祈っている」


 男性教諭は、そこまでいうとテレビの電源を落とした。


 教室が明るくなる。


 ただでさえ音が少ない授業中で、もっとも音が消える瞬間。

 そのタイミングだった。


「ぐごー!」


 大きないびきが、教室に響く。

 教室の一番後ろ。


 根本が赤い、金髪の短い髪をした男子生徒が一人、ぐっすりと眠っている。


 テレビをつけている間は教室を暗くしているため、気づかれなかったようだ。

 眠っている男子生徒に気がついた男性教諭は、大げさに息を吐く。


「……ここにいる者達は落ちこぼれだ。しかし、努力をしている者を、討伐者、英雄になろうとする者を私は見捨てない。だが、努力をしようともしない落ちこぼれは……」


 男性教諭の手から、人差し指程度の大きさの銀色の棒が現れる。


「ここで死ね」


『銀色の指導(シルバーブレッド)』


 男性教諭が投げた銀色の棒は、まるで銃弾のように眠っている男子生徒の頭に飛んでいく。


 かすかに堅いモノ同士がぶつかる音がした。

 少年の頭がぶれ、うつ伏せに倒れる。

 教室に、静寂が広がる。


 数名、小さく悲鳴をあげた。

 でも、逃げ出す者はいない。

 この学校に入学したということは、常に死ぬ危険性があると、生徒達は皆認識しているからだ。


「今日の授業はここまでだ。来週はダンジョン訓練のために試験が開始される。来月には期末考査だ。毎年、この学校は入学してから10名以上が姿を消す。諸君等は、そこのゴミのように実技が始まる前に脱落などしないように」


 男性教諭は、黒い髪の少女に目を向ける。


「保険委員と学級委員は、そこの愚か者を保健室に連れて行きなさい。加減はしたから、運が良ければ生きているだろう」


 それだけ言い残して、男性教諭は何事もないかのように教室を去っていく。

 教室には、80人以上の生徒だけが残された。


 先生に指名された学級委員と保険委員の女子生徒は、ゆっくりと金髪の少年に近づいていく。


 金髪の少年は、うつ伏せで倒れたままだ。

 まるで、死んでいるように。


「……生きているよね?」


 そーっと、学級委員の女子生徒が金髪の少年のつつこうとした、そのときだ。


「……あー。ヤバい、寝てた。ん? もう授業終わった?」


 むくりと金髪の少年が目を覚ます。


「……ぎゃぁあああ!」


 ちょうど、つつこうとしたタイミングでの目覚めに、女子生徒は悲鳴を上げた。


「……ん? どうしたの、委員長?」


 腰を抜かしている学級委員の黄実 ミシュに、金髪の少年は不思議そうに首を傾げる。


「ど、どうしたのって……っていうか、飛飛色くんは、大丈夫なの?」


 金髪の少年、飛飛色 ヒヒロは、不思議そうに首を傾げるだけだ。


「大丈夫って……何が? 寝起きだけど、ほら、俺って寝起きは良い方だから」


「誰も飛飛色くんの寝起きの心配はしていないよ」


 学級委員のミシュは、呆れたように息を吐きながら、立ち上がる。


「先生が飛飛色くんが寝ていたから、『アップ』でペナルティを与えたんだよ」


「なに!? 人が寝ているのに攻撃してきたのか!? なんて奴だ。それでも教師か!」


「寝ている方が悪いでしょ!」


 ギャイギャイとミシュとヒヒロが言い合いをしていると、ヒヒロの前の席に座っていた男子生徒が立ち上がる。


「……大丈夫そうだし、もう行っていいか?」


「え、ああ。そうだね。飛飛色くんもケガはないみたいだし、いいよ。大屋津くん」


 毛先が青い、黒い髪の少年、保健委員の大屋津 マイマは、鞄を手にする。


「あの、大屋津くん」


 ミキの後ろにいた、保険委員の小柄な少女、小狛 サチは、おずおずと話しかける。


「小狛さんも、もう行っていいんじゃない? 保険委員は必要ないでしょ? 委員長さん」


「え、うん。そうね。大丈夫だよ小狛さん。ありがとうね」


「う、うん!」


 サチはこくこくとうなづく。


「それに……もう一人の学級委員はとっくに行っているしね」


 ミシュは呆れたように教室を見回すが、もう教室には彼女たち以外誰も残っていない。


「訓練所、早く行かないと良い場所はすぐに埋まっちゃうから……今日はもう、魔物の討伐訓練は出来ないね」


「そうね。今日はもう、魔物が出てこない『0』でサバイバル訓練しか出来ないかも。今日こそはせめて『3』には挑戦したかったのに! このバカのせいで!」


 ミシュは思いっきりヒヒロの頬をつねる。


「痛い痛い! まぁまぁ、いいじゃん。どうせまだ『ダンジョン』には潜れないんだし。雑魚倒してもしょうがないだろ」


「アンタは一回でも魔物を倒したことがあるわけ!? 一度も訓練所にいるとこ見てないけど!」


 ギャイギャイと言い合いをしているヒヒロたちを置いて、そっとマイマは教室の出口に向かう。


 立ち去っていくマイマに何も言わず、3人はそれぞれ興味深そうに彼の背中を見送っていた。

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