第4話 終わりから始まり

「兄ちゃん!!」


 一番近くにいた、兄の顔面に武器を振り下ろしていた男性をはねのける。


「兄ちゃん! 兄ちゃん!」


 肩を、おそらくは肩であろう部分をマイマは持ち、顔を見る。


 反応がない。


 動かない。


 目もないし、歯もないし、耳もつぶれて鼻がない。


 生きて、いない。


 毛先だけ赤かった髪の毛は、すべて血の色に染まっている。


「に……!!!??」


 それでも、生きていないかとマイマは自分の兄に呼びかけようとしたが、声が続かなかった。

 後頭部を殴られたのだ。


 一番近くにいた男性に。


 意識が、薄れていく。


「お、おい。子供だぞ、何をしているんだ」


 大人たちの声が聞こえる。


「でも、コイツはコイツの弟だ。それに見られた。生かしておくのか?」


「生かして……って俺は人殺しなんてしないぞ。ましてや、子供なんて」


「何を言っているんだ?」


 そう、何を言っているんだろう。


 大人たちが何か言い合いをしている。

 そんな言葉は、しかし、マイマにとってどうでもよかった。


(……兄ちゃん)


 声はもう出せなかった。

 しかし、呼びかける。


(兄ちゃん……兄ちゃん)


心の中で、何度でも。


(プリンを……作ってきたよ)


 何でも、エンマに呼びかけつづけた。













 気がついた時は、マイマは白い部屋にいた。


 病室だ。


 そう理解してから、数秒マイマはただ天井を見ていた。


 何かを思い出さないといけない気がしたが、それが何かわからない。


 でも、思い出すべきだ。


 吐き気と、頭痛が体を支配していく。


 マイマは目を横にずらした。


 本当は、体も動かすつもりだったのかもしれないがなぜか目だけ動いて、そしてそのことに驚きもなかった。


 呼吸器を当てられている少年の姿が見える。


 マイマだ。


 怪我をしている。

 なぜ、怪我をしている。


 何が起きた。


 頭が痛い。


 疑問がわき、その疑問に記憶が答えていくうちに、徐々に、何が起きたのか鮮明になっていく。


 自分と、兄に、何が起きたのか。


 割れるような痛みに、マイマは声を上げようとするが、その自由さえマイマにはなかった。

 だから、ただ、マイマは目に涙を浮かべることしか出来なかった。




 人の体は便利なモノで、泣き続けるということは出来なかった。

 そして、人の世とは便利なモノでマイマたちに何が起きたのか、事の顛末を全く知りもしない人たちから聞くことが出来た。

 

 マイマたちを発見したのは、通りがかりの町の人らしい。


 その人がすぐに救急隊を呼んでくれたので、マイマはなんとか一命を取り留めることが出来たのだそうだ。


 そんな話を数日間、医者や警察から聞かされた。


 だから、ずっとイヤな予感はしていた。


 集中治療室から、一般の病棟に移動したあと、一人の男性が、お見舞いにやってきた。

 持ってきたのは、白い布に包まれた箱だった。


「今回のことは、本当に残念だったと思う」


 そう切り出して、男性はなにやら語っていた。


「彼は町の発展に貢献してくれた」とか、「すばらしい人物だった」とか、そんな当たり障りのない賞賛の声。


 そんな声はマイマの心にはまったく響かなかったが、しっかりと記憶にはとどまった。


 彼が持ってきた箱は、つまり、エンマの骨だった。


「本当は君も出席出来ればよかったのだが……いつまでもそのままにしておくのは忍びなかったのでね。町の長として、しっかりと葬式をさせてもらったよ」


 ここで、ようやくマイマは目の前にいる人物が誰か理解した。

 

 町長だ。


 公園で、自分の娘がゴブリンに襲われているのを静観していた男性。

 記憶がつながる。 

 男性は木刀を持っていた。

 エンマが寄付した『世界樹の剣』だ。

 そう、彼は持っていたのだ。


 あのとき、エンマが血塗れで倒れている時に、その横で、彼は『世界樹の剣』を持っていた。

 血塗れの『世界樹の剣』を。

 なぜ、あのとき『世界樹の剣』が血塗れだったのか?


 殴ったのだ。


 エンマを。


 殺したのだ。


 エンマを。


 自分の娘を守るために使わなかった『世界樹の剣』を。


 エンマが魔物の驚異から町を守るために寄付した『世界樹の剣』を。


 町長は、エンマを殺すために使用したのだ。


 エンマの遺骨をおいて、町長が去っていく。


 マイマは黙ってその姿を見送ることしか出来なかった。


 声が出せなかったから。

 体が動かなかったから。


 そして、ようやく体に自由が戻ったときには、エンマは魔物に殺されたことになっていた。

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