第3話 デモ

「ただいまーっと」


 学校は午前中に終わる。

 帰りに買い物も済ませたマイマは玄関のドアを開けた。


 当然だが、帰宅の挨拶に返事はない。


「……あ、弁当忘れている。何しているんだ?」


 靴を脱いでいると、玄関の脇に置いている弁当箱を見つける。

 朝はマイマも慌てていたため気がつかなかったが、玄関に置いたまま、エンマは持って行くのを忘れたようだ。


「朝のだから腐ってはないだろうけど……まったく。夕飯に食うか」


 夕食の献立の計画を少々変更しながら、マイマは弁当を回収する。

 そして、干していた洗濯物を取り込み、掃除をする。

 マイマ自身のお昼は買い物の時に一緒に買ったファストフードですませてある。


「……今日は残業かな? まだ騒いでいるみたいだし」


 外から聞こえる工事に対する反対派の声は、マイマの家にも聞こえてくる。

 昨日の夜からしているはずだ。

 なのに収まる気配はなく、むしろ今朝よりも激しさを増しているような気もする。


「なんで反対するんだろうな」


 テレビをつけると、『世界樹』の工事に関するニュースを流している。

 内容は朝から変わらずに反対派の意見に賛同するモノばかりだ。


(……『魔境』なんて、簡単に攻略出来るならしたほうがいいだろうに……そんなに魔物に襲われたいのかな?)


 ゴブリンなどの魔物は不明な点も多いが、基本的に『魔境』からやってくる。

 今回の工事で『世界樹』から『星のたまご』を手に入れることが出来れば、魔物に関する研究も大きく進歩するだろうと言われている。


「それに……死ぬ人も減るかもしれないのにな」


 自身の両親と、自分の夢のことをマイマは思い返すが、外から聞こえてくるのは、反対、拒否、否定、それに罵倒だ。

 その声がまるで自分に言われているようで、マイマはテレビを消した。


 外が暗くなるにつれて、騒ぎはどんどん大きくなっていく。


「……遅い」


 エンマはまだ帰っていない。

 この騒ぎだ。

 帰ってこられないのも無理はないかもしれない。


「プリンも作ったのにな」


 この騒ぎの中、工事の『援護』などをしていたら、疲れるだろうと約束どおりエンマの好物である『プリン』も準備しておいた。


 なのに、肝心のエンマが帰ってこない。

 いいかげん心配になってきたマイマは、エンマに連絡を入れることにする。

 タブレットで、メッセージを送るとすぐに返事が来た。



マイマ:今日帰り遅いの?

エンマ:ちょっと帰れそうにないな。スマン

マイマ:弁当忘れたな?

エンマ:うん。食べたかった(泣)

マイマ:持って行こうか?

エンマ:いや、大丈夫だ。

マイマ:プリンもあるけど?

エンマ:プリン!!プリン!!た、食べたい……

マイマ:持って行くよ。どこら辺にいるの?

エンマ:もう暗いから、家にいなさい。プリンは冷蔵庫にいれなさい。

マイマ:じゃあ食べておくよ。

エンマ:食べないで! お願いだから!!

マイマ:こんだけやりとり出来るくらいヒマな場所なんだろ? 持って行くよ。場所はどこ?

エンマ:……分かった。ねこのパン屋さんで待ち合わせしよう。

マイマ:了解。じゃあ、30分後には着いているよ。

エンマ:ああ、ありがとう。マイマのプリンだーーー!イヤッフーーーー!!




 テンション高めな兄との連絡を終え、マイマは軽く息を吐く。

 外はもう暗いが、場所は近所だ。

 それにデモで人も多い。

 これだけ人間が集まっていれば、魔物も襲ってこないだろう。

 仮に襲われても、ゴブリン程度なら倒すのに問題ない。

 だからこそ、エンマも弁当を持って行くことに了承したのだ。


 マイマは弁当箱とプリンを袋に入れる。

 そして、リュックに『世界樹の剣』とタブレットを入れ、袋は自転車のかごにおいた。


 玄関を開けると、閉め出していた町の喧噪が直に伝わってくる。


 肌がヒリつくような声だ。

 少しだけ戸惑いながら、マイマは自転車を走らせる。

 デモの群は、道路の向こう側で発生していた。

 怒っている、嘆いている、悲しんでいる。

 そういった感情はイヤなほど分かるのだが、でも、やはり彼らがなぜ、これほどまでに感情を乱されているのか、マイマには理解出来なかった。


 自転車を進めると、町の喧噪が小さくなっていった。





(……ここが、工事現場か)


 遠くに工事中のバリケードが見えてきたので、マイマは一度自転車を止めた。

 朝ニュースで言っていた、『世界樹』を攻略するための穴。

 最古の魔境である『世界樹』の最深部に続く穴。


(……どんな場所になるんだろう)


 穴の周囲には、『ギルド』の拠点用の建物も作られるそうだ。

 それに、『世界樹』を素材に作られたモノは、高品質だ。マイマの剣と同様に。

 それらの商品を生産する場所も出来るだろう。

 そうすれば、ここは、世界でも有数の大都市に変わるはずだ。


(……出来れば、俺が『星のたまご』を見つけたいんだけど)


 そうなると、工事が終わるのは自分が一人前になる10年ほどあとがいいのか。

 と、そんなことをツラツラと考えていたときだ。


 遠くに消えたはずの喧噪が聞こえてきた。


 デモ隊は主に『世界樹』の隣に穴をあける工事の邪魔をするために集まっているが、その手前で止められている。


 当たり前だ。工事現場まで近づけては意味が無い。


 それに、エンマがいる『援護』の場所は、そこからさらに離れた場所にあり、簡単にいえばNPC関係者が集まる休憩所のような場所だ。


 故に、今マイマがいる場所は、実際のデモとは関係のない場所……のはずだった。

 マイマは自転車を走らせ、エンマと約束したねこのパン屋さんまで近づく。


 すると、喧噪がさらに大きくなりはじめた。

 いや、大きくなったというよりも、どこか性質が変わったようにマイマは思えた。


 先ほどまでのデモよりもより凶暴に。

 喧噪というより、喧嘩というか、暴力そのものを、騒いでいるようだ。


(……魔物でも出たのか?)


 マイマは道路の脇に自転車を止めると、騒ぎが酷くなっている場所に近づいていく。

 ねこのパン屋さんの裏手の道。


 そこをのぞき込むと、大人たちが数十人集まっていた。


 彼らは何かを取り囲み、怒声をあげている。


 ゴブリンなどの魔物に対して言うには妙に感情がこもっており、まるで親の敵に言うように、感情が込められている。


 彼らが振り上げている武器の数々には、血がべっとりとこびり付いていた。


 すでに、囲んでいる何かの命は奪ったのだろう。


 なのに、彼らは執拗に声をあげ、武器を上げては振り下ろしている。


 口汚く、何かを罵りながら。


 そんな、異様な大人たちの様子を見ながら、マイマは一歩、一歩、彼らに近づいていった。

 なぜだか、近づかないといけない気がしたのだ。

 彼らが何を殺しているのか、見ないといけない気がしたのだ。

 近づいていくと、大人たちがどこかで見たことがあるような人物であることにマイマは気がついた。

 どこだったろうか。

 けど、近づけば近づくほど、彼らのことはどうでも良くなった。


(……血のにおいがする)


 大人たちの脇を通り抜け、囲まれている何かの所までマイマは近づく。

 

 そこには、大人たちに殴られている血の固まりがあった。


 髪がちぎられ、骨は折れ、皮膚をつきやぶり、肉が散らばっている。


 原型はなかった。


でも、かろうじてそれが人であることがわかる。


「……兄ちゃん」


 そして、マイマには、はっきりとそれが自身の兄であることがわかった。

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