第2話 マイマの夢

 昔、『世界地図』が存在していたころ。

 魔法や、魔物が、空想の世界の出来事であると考えられていたころ。

 人が生態系の頂点に君臨し、世界は人が作ったルールで動き、止まり、壊れ、治されていたころ。


 一つの光が、地上に落ちた。


 星は樹木となり、大地に根を張り、そして、世界に別の世界を混ぜ始めた。

 山が生え、海が広がり、そして、大地には穴が空いた。

 これらの場所は人類が踏み入れるにはあまりに過酷で、苛烈で……ゆえに『魔境』と呼ばれるようになった。

 その世界に数多と広まった『魔境』を全て踏破したモノたちがいる。


 彼らの名前は『旅の皇帝』。


 20年ほど前に忽然と社会から消した。


 ある言葉を残して。

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 そのカラは何よりも堅く


 そのマクの煌めきは何にも例えがたく


 カラザに守られしランパクは身体を強靱にし、キミはあらゆる美味を超える。


 ゆえに、『星のたまご』を食べたなら、死者でさえ目を覚ますだろう。


 『星のたまご』を探すといい。


 出会いたいなら、探すといい。


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「……『星のたまご』が隠されたと予想される『魔境』の中でも、一番確率が高いと言われているのがここ、『世界樹』です。そのため、とうとう『世界樹』を運営、管理している『NPC(国際人類連合)』は、『ユグゴール』にダンジョン攻略のための拠点を立ち上げることを決めました。しかし、この『NPC』の対応に地元の住民は反発を強めています。どうして、このような事態になったのでしょうか?」


「今回の一番の問題点は、『NPC』は『世界樹』攻略のために、穴を掘るという決定をしたことです。ご存じの通り、『世界樹』のダンジョンは地下深くに続いております。そのダンジョンとは別に人工的に穴を空け、横から『世界樹』を攻略しようというのです。このようなまるで横紙破りのような方法に対して、様々な観点から懸念の声があがっているのです。例えば、『世界樹』を信仰する……」


 マイマは、『世界樹』の板から作られたタブレット端末から流れるニュース映像を聞きながら朝食を作っていく。


 今朝の献立は、たまごやきに味噌汁に白米と、そしてエンマが『世界樹』から入手した『ウィンナー』である。


「お、美味そうだな」


 ドロップ品である『ウィンナー』の香りに引き寄せられたのか、エンマがやってくる。


「『ウィンナー』の香りもいいが……味噌汁にたまごやきか。マイマは本当にお母さんに似て料理上手だな」


「いいから、顔を洗ってきなよ。遅刻するよ」


「そういうところも母さんそっくりだ」


 エンマは嬉しそうに笑いながら洗面所に向かう。

 マイマの母親と父親は、マイマが物心ついた時にはすでにいなかった。


 ゆえに、エンマが親代わりとして育ててくれたのだが、どうにも家事全般が苦手だったようで、気付いたらマイマが料理を含む家事をすることになったのだ。


「……そういえば、ニュースでやっていたけど、大丈夫?」


「……美味いなぁ。マイマの料理はやっぱり美味いなぁ。特にたまごやきなんて絶品だ。お店を出せるんじゃないか?」


「兄ちゃん」


「怒るなよ。反対派のことだろ? 大丈夫だよ」


 エンマは何事もないように、味噌汁をこくりと飲む。


「ニュースでやっているほど大げさな話じゃない。ただ、皆不安なだけだ」


「でも、兄ちゃんの今日の仕事は警備なんだろ? 今日から工事が着工するから」


「ああ、といっても兄ちゃんは『援護』だから、後ろの方でゆったりしているだけだ。何も心配ないよ。おかわり」


 エンマは笑いながら空になった味噌汁の器をマイマに差し出す。


「はぁ……ならいいけど。危ないことはしないでくれよな」


「おう。『安心 安全 完全に』がお兄ちゃんのモットーだ。心配するな」


 味噌汁を受け取りながらエンマはニカリと笑う。


「そういえば、マイマ。おまえ学校はどうする?」


「学校って、ちゃんと通っているけど」


 通う必要があるのだろうか、と思わなくもないが、一応近所の小学校に通っている。


「そうじゃなくてだな。お兄ちゃんの知り合いに『テンマナブ』の関係者がいるんだ。そいつにマイマのことを話したら興味を持ったみたいでな。どうする?」


「マジで!」


 マイマは興奮して目を髪を青く輝かせる。

『テンマナブ』は『魔境』を探索する者、『冒険者』を育成する学校の名門だ。

 創立はいつか分からないほど昔からある学校で、有名な『冒険者』を数多く排出している。


「おう。ツテもあるし、興味があるなら話しておくが、どうする?」


「行く! 行きたい!」


「分かった。伝えておく」


 久しぶりにみた弟の子供らしい興奮に、エンマは笑みを隠せない。


「まぁ、中学を卒業した後の話だから、入学できるのはずいぶん先だけどな」


「なんだよそれ! そんなに待てないって!」


 マイマがふてくされる。


「ふふ。本当に入学したいみたいだな」


「当たり前だろ。あの『テンマナブ』に入学出来るんだから」


「でも、入学して何をしたいんだ?」


「え……いや……」


「冒険者になるっていっても、『どんな』冒険者になるのかってのは大切だからな。最前線に出て仲間を守る『盾』調査、解析をする『分析』魔物を倒す『剣』に『魔法』。なんだ? 恥ずかしがらずに言えよー。マイマなら切り札の『英雄』にもなれるだろうけどな」


 ニヤニヤしていうエンマとは対照的に、マイマは困ったように頬を赤らめている。


「いや、うーん……笑わない?」


「可愛い弟の夢を笑わないさ」


 真剣なエンマの目を見て、マイマは恥ずかしそうに言う。


「……『星のたまご』を手に入れたくて」


「うん? それは今の『冒険者』の共通の夢だろ? 別に恥ずかしがること……」


「『星のたまご』で、プリンを作りたい」


「はい?」


 予想外なマイマの答えに、エンマの思考は停止する。


「えっと、なんでプリンなんだ?」


「それは……ほら、ドロップ品のたまごって美味しいじゃないか。兄ちゃんが何度か持ってきてくれたけど」


「ああ、そういえばそうだな」


 基本的に、『魔境』で入手できる食品は、たまごも含め味も栄養価も良くなる。


「だから、『星のたまご』で作ったプリンは美味しいんじゃないかなって」


 そう、言った後に、小さい声でマイマはつぶやいた。


「それに……兄ちゃん、プリン好きだし」


 弟が聞こえないように言った、おそらく本当の理由に、エンマは思わず頬をゆるませる。


「そうか」


 だから、気付かないフリをする。

 ただ、反芻するように何度もうなづくだけだ。


「いや、兄ちゃん。何で泣いているんだ?」


「気にするな……気にするんじゃない。うううう……」


「兄に号泣されると気になってしょうがないんだけど……」


 そうマイマが呆れたように言うと、エンマは何か思い出したように手を打つ。


「……そういえば。この前の『プリン』結局食べたよな、兄ちゃん食べられなかったんだけど」


 不満げにエンマはマイマを見る。


「子供かよ。というか、帰ってくるのが遅いのが悪い。それより、そろそろ行かないと遅れるんじゃないのか?」


「大丈夫。お兄ちゃん走れば早いから。で、なんで食べたんだ? ん?」


「しつこい。わかった。作っておくからさ」


「本当か? 本当なのか? 本当……本当なんだろうな??」


「うるさい! いいから行けよ! ああ、弁当忘れるなよ?」


「約束だからな!……じゃあ行ってきます」


「行ってらっしゃい」


 出かけるエンマを見送り、マイマも食事を終える。


「さてと、俺も行かないと」


 後かたづけをして、マイマも小学校に向かう。

 それは、いつもと変わらない日常の朝だった。

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