マイマとヒヒロはプリンを食べる

おしゃかしゃまま

第1話 大屋津 マイマ

 閑静な住宅街。


 休日のお昼ののどかな公園の駐輪場にタイヤを滑らせながら停止したのは、

角を生やした大人の腰ほどの大きさの二足歩行の生き物。


 子鬼、ゴブリンと呼ばれる魔物である。


 ゴブリンとは人間の子供の背丈ほどの大きさの『魔人』に分類される魔物の総称である。


 彼らは棍棒や短剣などの武器を扱い人を襲う。

 なので、自転車があれば乗りこなすことも可能だ。

 彼らは、子供用のピカピカとした自転車をスタンドを下ろしてとめる。


 そして、声を上げた。


「ワレワレハ『チキュウボウエイタイ』ダッ!!」


 休日の公園だ。

 親子連れの人が沢山いる。


 そして、ゴブリンとは人を襲う魔物である。

 公園にいた人々は、皆慌ててゴブリンから距離をとる。


「マモル、チキュウ、オレタチガ」


 下手くそな歌のような声を出しながら、獲物を定めるようにゴブリン達は公園の中に進んでいく。


 ざわざわと人の警戒が広がる中、ゴブリン達は一人の少女に目をつけた。


 年齢は6歳くらいだろうか。

 まだ、小学校に入学するかしないか、その辺りの年齢だろう。

 黄色い髪に、まんまるいお目々がくりくりとしていて実に愛らしい少女だ。


 少女はお砂場で穴を掘るのに夢中になっていた。

 なので、周りの人間の警戒に気づいていない。


「ロリ、ロリ」


 ゴブリン達はゆっくりと少女に近づく。

 気づかれないように、逃がさないように。


 そして、ポンと少女の肩に手をおいた。


「……ひゃあ!?」


 ゴブリンの接近に気づいた少女が悲鳴を上げた。


 事案である。


「ジアン、ジアン」


 少女の肩に手をおいたゴブリンに向かって他のゴブリン達が責めるようにいう。

 少女の肩に手をおいたゴブリンは慌てて他のゴブリンに向かって手を振って無罪を主張する。


「チガウ、チガウ」


「ジアン、ジアン」


「ひ……う……」


 ゴブリン達が言い合いをしている間に、少女は這いずりながらその場を離れる。

 しかし、その動きをゴブリン達に気づかれてしまった。


「ロリ、ニゲタ」


「ジアン、ケイサツ」


「イエスロリータ、ノータッチ」


「……ノーノタッチ、イエスロリータ」


 ゴブリン達は軽く会議を交わした後、少女を追いかけ始める。


「……ヒャハー!!」


「ひっ!」


 そして、一匹のゴブリンが少女に向かいジャンプして飛びかかった。

 なぜか服も脱いでいる。


「たすけ……」


「……ブッ!?」


 あと、数瞬で少女とゴブリンが接触するだろうというとき、飛びかかったゴブリンが叩き落とされた。


 ゴブリンを叩き落としたのは、少女より少しだけ背の高い、木刀を持った毛先が青色の髪の少年だった。


 少年は少女をかばうように前に立つ。


「俺の名前は大屋津 マイマ(おおやつ まいま)! 今から『安心 安全 完全に!』 この女の子を『援護』する!」


 ババーンと、少年が自信満々に名乗りを上げる。


 ドヤ顔だ。


 少年の名乗りを受け、ゴブリン達は目を合わせる。

 そして、少年にたたき落とされたゴブリンが、頭を押さえながらゆっくりと立ち上がる。


「……『チキュウボウエイタイ』アカ!」


「アオ!」


「ミドリ!」


「ピン……キイ……クロ!」


 ババーンとゴブリンたちも、名乗りを上げた。

 もちろん、彼らは皆同じ見た目であり、アカとかアオとか違いはない。


 だが、勢いはついたのだろう。


「ヒャハーーー」


 意気揚々と毛先が青い少年、マイマに向かって襲いかかってくる。


「うおぉぉぉ!」


 マイマが木刀を振るう。

 ゴブリン達の攻撃をいなし、叩く。


 叩いたのは、ゴブリン達の首筋に浮かんでいる模様。


「……ウギャアアアアア?!」


 模様を叩かれたゴブリン達は苦しみの声をあげ、模様のところに手を当てる。


「……っし!」


 その隙に、マイマはゴブリン達の手を払いのけると、首筋の模様に追撃した。


「……ギャァァァ!!」

「……オギャァァ!」

「……バブバブ」

「……バブミ」


 ゴブリン達は断末魔をあげながら消えていった。


「……残心! よし、消えた」


 ムンと消えていくゴブリン達を見届け、もう危険がないことを確認すると、マイマはふうと息を吐いて力を抜いた。


「……大丈夫? 怪我はない?」


 くるりと振り返り、マイマはまだ地面に座ったままの少女に笑顔を向ける。


「……うん。ううう……」


 少女はうなづくが、まだ目に涙を浮かべている。


 ゴブリンに襲われたのだ。その恐怖は簡単には拭えないだろう。

 マイマはうーんと悩み、そして手を打つ。


「あ、そうだ。これあげる」


 マイマはごそごそと背負っていたリュックから青色と黒色の風呂敷に包まれた牛乳瓶を取り出す。


「今日のおやつのプリン。自信作だよ」


「あり……がとう」


 少女はおずおずとマイマからプリンを受け取る。


「うん。おやつを食べたら元気になるから。だから泣かないで、ね?」


 マイマは少女の涙を手で拭うと、そのまま体を持ち上げて立ち上がらせる。


「う、うん」


 少女は頬を染めて、うつむきながらうなづく。


「あ、あの……ありがとうございます」


 何か言いたいが、なにを言えばいいのかわからないのだろう。

 少女は2回目のお礼を言ってしまう。


「ん? いいよ。『援護』しただけだから。お父さんとかお母さんは? 近くにいないの?」


「……お父さんは」


「失礼するよ」


 スーツ姿の黒い髭を生やした男性が、周りでゴブリンに警戒していた大人達の間から出てきた。


 腰には、マイマが持っているものと同じ木刀が下がっている。


「あ、ひげのおじちゃん」


 スーツ姿の男性を、マイマは知っていた。

 最近、家に尋ねてくるのだ。

 確か、兄が『世界樹』で手に入れた木刀を寄付として渡していたはずだ。


 マイマが笑顔を向けると、男性は浮かべていた険しい表情をさらにゆがめる。


 そして、すぐに笑顔に切り替えた。


「大屋津さんのところの……弟さん、だね。確か、マイマくんだったかな。娘がお世話になったようだけど、なにがあったのかな? 人が集まっているようだけど」


 スーツ姿の男性の質問に、マイマは不思議そうにしながらも答えた。


「ゴブリンがこの子を襲っていたから退治したんだよ。でも……」


 マイマの言葉を遮るようにスーツ姿の男性が言う。


「そうかい。……ヒドイ事をする」


「え?」


「いや。今日の事はあとでお兄さんにも報告させてもらうよ。じゃあ」


 スーツ姿の男性は、自分の娘である少女を連れて立ち去っていく。


「バイバイ。またね」


 マイマは少女に向かって手を振ると、少女は大事そうにプリンを抱えたままマイマに向かって手を振り返すのだった。




「今日は、女の子を襲っていたゴブリンを退治したんだ」


「そうか。やるじゃないか。さすが俺の弟」


 公園に迎えにきた、まるで公園に差し込む夕焼けのように毛先が赤い兄に、マイマは今日の出来事をお話しする。


 マイマの兄、大屋津 エンマ(おおやつ えんま)は、車の運転をしながら、ゴブリンを退治したという可愛い弟の報告を誇らしげに、嬉しそうに聞いている。


「それでね。女の子が泣いていたから、おやつに作ったプリンをあげたんだ」


「兄ちゃんの分は!??」


 エンマは、まるで絶望を見たかのような声をあげる。

 エンマは、マイマが作った料理が特にプリンが大好きなのだ。


「……大丈夫だよ兄ちゃん。兄ちゃんの分はちゃんと冷蔵庫に入れてあるから。あの子には僕の分をあげたんだし」


「本当だな? 嘘はついていないな? もしなかったら兄ちゃん泣くからな!」


「泣かないでよ。お願いだから。そしてちゃんと前を向いて運転して……それよりも兄ちゃん。ゴブリン退治をしたときに気になったんだけど、ゴブリン達が自転車に乗ってきたんだ」


「自転車なら、そこら辺に乗り捨ててあったやつを使ったんじゃないか? 最近は豊かになって乗り捨ても増えてきたから」


 流れていく景色には、崩壊した建物と建設途中の建物がいくつも見える。

 そろそろ暗くなるころだ。


 昔は太陽のように明るい光によって夜の闇を照らしていたらしいが、今はせいぜい星だろうか。


 か細い明かりがほそぼそと町に灯っていく。


「うーん、でも、乗ってきたのがピカピカの新しい奴だったんだ。それに、ちゃんとゴブリン達のサイズに合わせた子供用の自転車で」


「ほう?」


 マイマは、公園での出来事を思い出しながら、他に気になった点も父親に報告する。


「そういえば、公園には他に大人の人もいたのに、誰もゴブリンを退治しようとしなかったんだ。皆、出かけるときは魔物に出会ったときの為に『武器』を持っているでしょう? なのに、それを使おうともしなかったんだ」


 だから、不思議に思ったのだ。


「女の子のお父さん、あのひげのおじちゃんだったんだけど、ひげのおじちゃんも女の子を助けようとしないでさ。カメラのようなモノを向けているだけだったんだ。兄ちゃんが安全のためにって配った『世界樹の剣』も持っていたのに」


「……町内会長が? なにを考えているんだ?」


 エンマは思案しながら、車を駐車場に止める。

 見上げるのは、町のシンボルであり、最古の魔境『世界樹』。


『世界樹』は、人の灯りを全て合わせるよりも荘厳に世界の闇を明るくしていた。


 ただ一点。

 自身の足下に続く穴を除いて。


「……噂をすれば、か」


 エンマは腕に巻いている通信端末を確認する。

 着信が来ていたようだ。

 エンマはそのままマイマと一緒に車を降りると、自宅の玄関を開けマイマだけを家に残す。


「ちょっと、兄ちゃんはこれから会長のところに行ってくるから。遅くなったら、ご飯は食べておいてくれ」


「……わかった」


 結局、その日。エンマはマイマが起きている時間に帰ってくることはなかった。


 次の日も早くにエンマは仕事に出かけたため、冷蔵庫に残しておいたプリンはマイマが美味しくいただいた。


 そのことを知ったエンマは、数時間号泣するのだった。


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