バームロール 株式会社ブルボン

「大宮くん、ちょっと、取引先へ挨拶に行こうか」


 堀川は、右横のデスクに座っている新人の大宮に声を掛けた。大宮は新人といってもまもなく3年目で、進んで仕事をするのでなく、同じ部署には、後輩がいないため、本人も周りも、新人扱いのまま、過ごしていた。


 大宮は、午前中、得意先から注文を受け、発注をいくつか掛けていたが、昼に入ってからは注文も入らず、パソコンの画面を見つめながら、まぶたを閉じては、時折、しばしばさせていた。


 堀川は課長の目もあり、見かねて、大宮に声を掛けたのだが、当の大宮は、正直、迷惑そうに、付いて行ってやるかーといった面持ちで、「わかりましたー」とよろよろと席を立ち、目をしばしばさせた。


 堀川は、キーボックスから営業車のキーを取ると、トイレから出てきた大宮の方に目をやったが、顔を洗うでもなく、目をしばしばさせていた。


 課長のデスクに向かい、パソコンの画面を眺めている課長に、「担当の大宮を連れて営業所を移転した得意先に挨拶に伺います」と告げ、営業車の運転席に乗り込むと、バタバタと遅れて、大宮が助手席に乗り込み、ドアをバタンと閉めた。


 堀川は、得意先へ向かう車内で、大宮にこれから伺う得意先の役員の気性や趣味のマラソンについて、話を振ったが、大宮は始めは「あー」「うーん」など返事をしていたが、何も答えなくなり、信号で止まり、大宮を一瞥すると、まぶたを閉じて眠っているようだった。


 この様子では口元は見えないが、大口を開け、寝ているに違いない。


 うんうん。


 堀川は、洋菓子店の駐車場に車を止め、目をしばしばさせている大宮に、「待っていて」と声をかけ、店に入り、ショーケースの中から、手土産のクリームのたっぷり入ったロールケーキを買い、車に戻った。


 大宮は、得意先に行っても、役員のマラソン話に「あー」「うー」「そうですかー」と相槌を打つだけで、話が進まない。

 仕方がないので堀川が合いの手を入れ、何とか営業所の移転の挨拶を終えた。


 堀川は、営業車の運転席で、ハンドルを握り、ぐったりとしていた。


 助手席の大宮は、目をしばしばさせていた。


 疲れた。疲れた。今日も疲れた。


 ロールケーキ、うまそうだったなあ。あー、大宮がいなけりゃ、家への土産にもう一本買えたよねっ、あーっ、そうだよねっ。


 ロール、ロール、ロールケーキ。

 一本買わなきゃ、家の女たちが黙っちゃいない。

 コンビニのロールケーキじゃ、全然、足りないよっ、ジャン。


 長女の胃袋なめんなよ!長女の胃袋、ブラックホール!ブラックホール!


 今日も足りない、糖分!糖分!糖分!糖分足りない人手を挙げてー!

 はーい、はい、はい、ここ、ここ、ここにいまーす。


 正義!正義!正義!

 糖分、正義!


 堀川は営業所に着くと、課長に戻ったことを報告に行き、速やかに営業車のキーボックスに納めた。


 堀川の頭に、もう、大宮のことは1ミクロンもない。微塵もない。ミジンコもない。

 ただ、あるのは、そう、糖分、ロールケーキじゃい!


 わっしょい、わっしょい、わっしょい、しょい、ロールケーキ祭りじゃー!ロールケーキの神輿がとおるぞー!

 道を開けーい、そこの者、頭が高いぞ!

 この方を誰と心得る!ロールケーキさまじゃーい!ロールケーキさまがお通りになるぞ!


 午後6時を過ぎ、堀川は、澄まし顔で営業所を出るや韋駄天の如く、一目散にあの洋菓子店へ飛び立った。

 その顔は、堀川いわく、微笑みの貴公子ということだが、女子高生からみれば、ニタニタ笑うキモいおっさんであったに違いない。


 赤コーナー、ロールケーキ選手の入場でっす。

 さあ、そろそろ、着きますよ。

 ロール、ロール、ロール、ロール!

 うん?店に灯がついてなーい!

 何々、営業自粛要請につき、午後6時で閉店って、聞いてませーん。ぜんぜん聞いてませーん。


 地獄!地獄!地獄!地獄!


 ロールケーキの神さま、なぜ、あなた様は私を地獄に突き落としたのですか?

 私がおっさんだからですか?おっさんは糖分を摂取してはいけないのですか?

 糖分は女子だけの物ではないはずです。

 おっさんにも糖分を得る権利を与えてたもれーっ!


 堀川は、泣く泣く、洋菓子店を後にし、いつもの駅近くのスーパーに立ち寄った。


 気をとり直せ!堀川!お前には、糖分の神さまがついている。

 さあ、よく、探すんだ。

 糖分の神さまは、お前をお試しじゃ!

 糖分、糖分、糖分、、。


 中々、気分が乗らない、も一度、糖分!糖分!糖分!糖分!


 さーあ、盛り上ってきました!

 糖分!糖分!糖分!正義!正義!正義!糖分は正義!


 さーあ、探しましょっ、探しましょっ、では、スイーツコーナーへ!ないよ!ないよ!ロールはないよ!

 さーあ、お次はーっ、菓子コーナー!はーあ、ロール、ロール、ロール!


 ホワイトロール!

 お主がいたではないか!

 わしは決して忘れてはおらぬ!

 昔から変わらぬ、高貴な佇まい、気品溢れるそのパッケージ。

 安売りの時にしか、目に入らなかったのではない!

 その白き肌!ああ、糖分の神さまはわしを見捨てていなかった!

 さあ、いっしょに帰ろうぞ!


 堀川は、スーパーを出るや、またしても韋駄天の如く、両足をフル回転させ、自宅には向かわず、人のいない公園のベンチに座り、膝の上にバームロールを鎮座させた。


 はい、バームロールさまは新潟県の大メーカー、ブルボンさまの商品でーすわねえ、おねえさま。

 そのお名前、ブルボン王朝からかしら?

 バームロールの高貴さは生まれの良さが溢れていますわーっ。


 さあ、パッケージを引っ張ってー、一つ一つがベールに包まれていますわ。

 一つを手にとり、ベールを剥ぎ取っていいかしら?いいっ?剥ぎ取りますわよ!

 えーい!

 さあ、ホワイトチョコレートに包またホワイトロールさまとご対面。ツヤツヤして美しいわ!


 さあ、いただきます。


 何?

 この口いっぱいに広がる芳醇な甘さ!

 柑橘の香りが鼻から抜けていきますわー。

 ああ、この口どけの良さ、噛むたびに広がる甘さ、

 し、あ、わ、せ。


 さあ、行きますわよ!

 ホワイトロール合戦!よーっ!剥いては食べ、剥いては食べ、あっまーい!脳が喜んでいるわ!剥いては食べ、剥いては食べ、あーっ最後は気付かず、全部食べちゃった。


 ホワイトロールのいいところは、食べ終わった後にも、芳醇な甘さの余韻を感じられるところね!


 あーん、美味しかった。


 センキュー、ブルボン!センキュー、ホワイトロール!




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