第四話
「で、もったいぶってなんなんだよ」
私達は一番安いオープン席の角の席を隣同士で借りた。
ネカフェは平日だと言うのに、意外と人が多くてびっくりした。個室に関してはいびきが店内にこだまするくらい深い眠りに陥ってるおじさんもいるらしく、それにも衝撃だった。
朝のこんなに早くにネカフェに来たことなんてなかったから知らなかったけど、ネカフェを住まいにしてる人って本当にいるんだな、って実感した。
「夢がどうとか言ってたよな」
私は、フリードリンクのドリンクサーバーで選んだ、メロンジュースを一口飲んだ。自分が思っていたよりも喉が渇いていたらしく、グビグビと飲みたいところだけど、強めの炭酸が私の口の中で弾けて一度にたくさんの量を飲むのは難しそうだ。
それは、炭酸飲料なんて選んでくるんじゃなかったと後悔するくらいの、強炭酸だった。私は一旦ドリンクをテーブルの脇へ押しやって、ケンと見合った。
「笑ったりしないって、約束できる?」
私のこの言葉に、ケンは少しだけ眉間にしわを寄せた。
「いや、内容によるだろ」
じゃあダメじゃん、こんな話ケンが信じるとは思えない。ってそう思う反面、ケンは真剣な様子で私の話を聞こうとしているのが伝わるし、こんな風に前置きをしてる割に私ももう話す決心を決めていた。だから私は静かに話を繋いだ。
「私だってこんなバカバカしいこと信じられないんだけどさ、2回続けて同じ夢を見たの。それも良い夢なんかじゃなくって悪い方の夢で、1回目は私トラックに轢かれて死ぬんだ。で昨日見た夢はことりちゃんが轢かれた」
「でも夢だろ、それ」
なんだそりゃ、とでも言いたげに、ケンは座っている椅子の背もたれに背中を預けた。24時間フル稼働しているこのネカフェの椅子は、ケンに文句でもいうように、ギギッ! っと大きな音を立てて軋んだ。
「私だってもちろんそう思ったけど、ただの夢じゃないんだってば。夢で見た光景が現実にも起きてるの」
私はそう言って、記憶に引っ張られるような感覚で自分がトラックに轢かれるシーン、ことりちゃんが倒れているシーンが脳裏に浮かんで目を伏せた。
「似た光景だったり、実際にした会話だったり……それが全部現実でも起きるの」
ケンと今朝した会話や、お母さんとの会話。それに靴……私は暗がりの中で自分の惨めな姿になったローファーに視線を落とした。
「ケンがさっき言ってたあのおじさんも、夢の中で見た人だった。私が見た夢で、その2回とも私はあの人に会ってるの」
「それってお前が気づいてなかっただけで、夢を見る前にあのおっさんと道端で会ってたんじゃねーの?」
私は思わず小さく笑った。だってこれも今朝の夢の中のケンが言ってた言葉だったから。
「私もそう思うけど、あまりにも同じすぎるんだよ」
これ以上どう言えば良いのかわからない。そもそも信じてもらえる保証もないめちゃくちゃな夢の話だから。
「まぁ、信じてもらえるとも思ってなかったから、いいんだけど……」
私がそう言葉を締めくくって、テーブルの脇に寄せていたドリンクに再び手を伸ばした瞬間……ケンはこう言った。
「まぁ、普通に考えたらこんなもん、考えすぎか、偶然が重なっただけでそんな夢なんかを真剣に捉える方がおかしいとは思うけどな」
だよね。やっぱ、そう思うのが普通だよね。
そんな風に心の中で思いながら、未だに炭酸がしゅわしゅわと元気に弾けているジュースを一口飲んだ。
信じてもらえないのも仕方がない。だって証拠もなければ、実際はただの夢物語でしかないんだから。私が逆の立場で、ケンからこんな話聞かされたら、たぶんこいつはゲームのし過ぎで、現実とバーチャル世界を混同してるんだって思ったに違いないから。
そんな風に考えながら、この話をケンに信じてもらうことは無理だって思って諦めていた、その時だった。
「……でもまぁ、信じてるよ」
ドリンクがゴクリと喉を通る音が邪魔をして、私はケンの言葉を聞き取れなかった。
「はい? 今なんと?」
いや、本当は聞こえたけど、私達の声は周りに気を遣って小さめに話してるせいで、聞こえた言葉が真実かどうか定かではなかった。
「だから、嘘じゃねーんだろ?」
「信じるの?」
こんな話を?
「……なんだよ、嘘なのかよ」
私があまりに驚いているせいか、ケンも騙されたのかと不安になったのか、今度ははっきり眉間にしわを寄せた。
「いや、違うけど」
でも私でも変だと思ってるわけで、もしケンにただの夢だろってつっぱねられたらそりゃそうなんだけどって口ごもるしかないと思ってた。
「お前って目に見えるものか体験した事あるものしか信じねータイプだろ。なのにこんな真剣になってるって事は嘘じゃないって事だろ? そもそもバカバカしいだけの夢だったらお前がここまで気にするはずもねーしな……って、なにアホ面してんだよ」
あんぐりと口を開けっぱなしだったことに気がついて、慌てて口を閉じた。
「それで、その夢の内容とやらをちゃんと話してみろよ。それでやっぱりお前が考えすぎだと思ったら、靴買って学校に行けばいいし。ってか俺的にはもう家に帰りてーけどな」
ケンはちらりとパソコンに目を向けたけど、それに触れる様子もなく私が再び話し出すのを待っていた。
「わかった。じゃあちょっと思い出しながらになるかもしれないけど、とりあえず一つ目の夢から話すから聞いて」
そう言って私はゆっくりと記憶を紐解くようにして、話を始めた。
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