第八話
あれ、この感覚って以前にもどこかで……?
そんな風にこの状況をどこか懐かしく思いながら、私はケンが叫びながら駆けて来る様子を黙って見ていた。
私は自転車がぶつかる衝撃に備えて目をぎゅっと瞑っていたけれど、その衝撃はやって来る事なく、代わりに誰かが私の背中を強く押した。
すると——ガシャン! と音を立てて自転車とその運転手の男子は転倒し、押された勢いで私の体は振り子のように大きく揺らぎながらも靴紐を結び直した足を踏ん張って、なんとか転ぶのは免れた。
景色はまだゆっくりと動いている。私の体も行動も、全てゆっくりと流れる時に逆らうことなく動いている。
自転車に乗っていた人物は私とは反対方向へ転び、私は条件反射の如く背後にいる人物を見ようと振り向いて、絶句した。
転倒している自転車の隣に立っているのはさっき見失ったあの男性、今朝私を助けてくれたというあのむさ苦しい姿をした男性だった。
「大久保くん!」
私が声を発しようとしたちょうどその時だった。今度はことりちゃんがケンの名を叫ぶ声が聞こえて、私は再び正面を向き直り、ケンが私のそばまでかけて来ている事を知った。
スローモーションな時の中でケンが私のそばに着いて私の腕を強く引き寄せた時、すぐ近くにトラックが来ていることに気がついた。
——トラック……?
私はゆっくりと流れる時の中で、花火が目の前でスパークするようなそんな眩さを感じた。
今朝の夢で私は、トラックに轢かれて——。
このタイミングでなぜかあの時の夢がフラッシュバックしたと同時に、胃の底からマグマのように何かが込み上げてくるのを感じた。
——ドンッ!
胃の中の気持ち悪さと花火のような眩さを感じる中、まっすぐに私の耳に突き刺すように届いたのは、何かがぶつかり合う鈍い音だった。
その音を聞いた時、私は今朝の夢を思い返していた。トラックに轢かれた時の夢。
ああ、これもデジャヴっていうやつなのかな……?
そんな風に思っていたけれど、私の体にぶつかった衝撃は無いし、ケンが私の腕を掴んで歩道へと逃がしてくれたから私じゃない。だけど夢のこともあって、嫌な予感がした。
「カヨ、大丈夫か? 震えてるぞ」
ケンにそう言われるまで自分の体が震えてる事にも気づいていなかった。小刻みに震える私の体をぎゅっと抱き寄せながら、急停車しているトラックの方を見やった。するとそこにいたのは——。
「……とり、ちゃん?」
トラックのボンネットはわずかにへこみ、車道には生々しい赤黒い血が流れ出していた。その血はまるで泉のように広がり、寝そべっていることりちゃんを取り囲むかのように広がっている。
「な、なんで……?」
なんで、ことりちゃんが……? 歩道にいたはずなのに、どうして車道に出てるの? そもそもなんでことりちゃんが轢かれるの?
轢かれるのは私だったはずなのに……?
「ことりちゃんっ!」
ことりちゃんには私の叫び声が届かないのか、返事をしてくれない。返事どころか、指の先、髪の毛一本でさえ動く様子が無い。
私を掴んでいたケンの腕がだらりと垂れた。まるで人の形をした人形のように、ケンもことりちゃんの姿を見て動かない。
なんで、なんでこんな事になってるの……?
私の頭は混乱していた。自分が轢かれたのは夢の中の話で、現実じゃないって思ってる一方で、あの夢で見た光景がリアルに頭の中に焼き付いている。フラッシュバックというのだろうか、まるで写真で切り取った景色を見ているかのように、今私の目の前にあの景色がダブって見えていた。
あの時は私が轢かれた。自転車の後ろに乗って、そのままトラックが私達めがけて突っ込んで来て、それから、それから……。
突然私の脳みそがぐるりと360度回転するような不思議な感覚を覚えて、再び吐きそうになった。目の前の光景が夢の中の光景とダブって見える。まるで昔のブラウン管のテレビのように、電波が悪く画面がちゃんと見えない。
砂嵐がザーザーと吹き荒れて、映る映像は目の前の現実と、夢の中の映像とを交互に映し出していた。
トラックは青信号で渡る私達目掛けて、突っ込んできた。そしてその時、ぶつかる直前に私は見たんだ。
トラックの運転手を。
トラックを誰が運転していたかを。
そして、私は認識した。
そのトラックに乗っていたのは、私の背後にいる、あのむさ苦しい姿をしたおじさんだったということを——。
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