第五話
「ってことは、あたしも良い奴って事だよねー? カヨちゃんが一緒にいてくれてるから」
ことりちゃんは言いながらまた笑った。
「当たり前でしょ。ことりちゃんはいい子だよ。ケンの何倍もいい子だよ!」
更衣室の入り口にはカーテンが引かれ、奥の部屋が覗けないようになってる。私はそのカーテンの外にいたけど、着替えを終えたことりちゃんが出てくるのを見て、私は思わず抱きついた。
「わっぷ!」
陽の光を浴びて黄色味が濃くなったカーテンにくるまる形で私に抱きつかれたものだから、小鳥が網に引っかかってもがいてるみたいになってる。
「もーカヨちゃんはあたしを窒息死させる気なのー?」
「あははっ、ごめんごめん。愛することりちゃんを殺すなんてする訳ないでしょ」
そう言いながらも私は再びことりちゃんに抱きついた。今度は絡まったカーテンを解いた後で。
「それよりカヨちゃん、予鈴鳴ってるよー。早く教室に戻ろう」
「あっ、そうだね。でもことりちゃん歩ける? ケン呼ぼうか? あいつならきっともう着替え終わってると思うし」
「ううん、大丈夫だよー。全然歩ける!」
ことりちゃんは小さな手をぎゅっと握りしめてこぶしを作りながらも、包帯を巻かれた足を引きずるようにして歩いている。
私はことりちゃんに肩を貸そうとしたけど、身長差があるせいで逆に歩きづらそうだし、とりあえず隣を歩いて階段を登る時だけ手を貸すことにした。
「でもことりちゃんが転ぶなんてほんとに珍しいよね。運動神経が良すぎて転んだとか?」
「あはっ、なにそれー。運動神経良すぎて転ぶってよく分かんないよー」
だってほんの数バーセントの運動能力でもいいから分けて欲しいと心から思うくらい私は運動音痴で、ことりちゃんは運動神経がかなり高い。しかも小さくて俊敏なことりちゃんは、たとえ足元にある小石を蹴って転びそうになったとしても、華麗に側転でも決めて回避するんじゃないかって思ってるくらいだ。
「子供の頃に体操習ってたけど、それももう何年も前に辞めちゃってるし、今は普通だよー」
「でもことりちゃん中学の時、陸上部にいたって言ってなかったっけ? なんで高校では帰宅部なの?」
体操もできて走りも早い。その上可愛いときたらパーフェクトじゃないか。
「だって、毎日部活ばっかりだし、肌は真っ黒になるもん。あたし、白い肌に憧れてるんだぁー」
「今でも十分白いと思うけど?」
「カヨちゃんの方が白いじゃんー。それに部活したらもっと黒くなっちゃうんだよー」
「じゃあ室内の部活にするとか?」
「運動部はもういいの。筋肉質にもなっちゃうし可愛くないもん」
ことりちゃんはそう言いながら愛らしい口を膨らませ、今にも噴火しそうな山を作った。
「それにね、あたし高校に入ったら彼氏作りたいって思ってたの。部活しちゃうと時間もそっちに使うことになるし、可愛くなくなるから……」
そう言って今度は頬を緩ませながら、ほんのり顔を赤らめた。
「ことりちゃん、可愛い……」
思わず溢れた言葉にハッとして、ことりちゃんを見るとことりちゃんは相変わらず足を引きずるようにして歩きながら照れていた。
本当に可愛いと思う。ことりちゃんはこう言うけど今も昔も絶対モテたと思う。だけど、ことりちゃんが好きになるタイプってどんな人なんだろう。
「あっ、本鈴だ。あたしに構わずカヨちゃんは先に行って、授業に遅れちゃう」
「いいよいいよ、遅れても。それにことりちゃんの怪我を説明したら、きっと先生も許してくれるし。ってか次の授業ってなんだっけ?」
「えーっと、歴史だった気がする」
「じゃあ尚更いいよ。私過去は振り返らないタイプだから」
「あはっ、カヨちゃんらしい言葉だねー」
ことりちゃんがクスクスと笑っている間に、本鈴のチャイムは鳴り止んだ。
「あたしにも、大久保くんみたいな幼馴染いたら良かったのになぁ」
「そんなに欲しけりゃ、いつでもあげるよ」
ことりちゃんってば、なんて趣味の悪い。私はケンと兄弟のような関係で、子供の頃から一緒にいるのが当たり前だからあれだけど、もし選べるのならケンよりアイドルみたいな人を選ぶと思う。
「あはっ、そんなこと言ったら大久保くんまた怒っちゃうよ」
「大丈夫、大丈夫。あいつもいい加減私に愛想尽かしてるから、ことりちゃんみたいな可愛い幼馴染いたらテンション上がっちゃうだろうね」
「そんなことないよ。きっと大久保くんはカヨちゃんと幼馴染でいることを選ぶと思うよ」
「そんなことないと思うけどなぁ」
もしも、私がケンと幼馴染じゃなかったら。もしも、私とケンの家がお隣さんじゃなかったら。もしも、私達の両親がこんなに仲良くなかったら。もしも、私とケンの共通点である誕生日とか生まれた病院とかが同じじゃなかったら。
今のように私とケンは一緒にいないのだろうか。
偶然が重なって私達がここにいる。たくさんの共通点を持ってここにいる。私は単純な性格だから、目に見えるものしか信じない。だけど今日はなぜかそんなことをふと思った。
きっと今朝の夢の事、デジャヴが重なって起きたせいだと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます