第四話
「種田さん、体調はどう?」
「あっ、かなり良くなりました」
なんて、嘘だ。全く一睡もできなかったし、頭の中は夢のことでいっぱいだった。特にあのトラックにひかれる瞬間、あの光景だけが頭に焼き付いて離れない。
「そう、それなら良かったわ。今ここに、大久保くんが迎えに来てるわよ」
「ケンが?」
わざわざ迎えにまで来なくてもいいのに。
「クラスメイトの子が転んで怪我をしたから、付き添って来てるのよ。だから種田さんも戻れそうなら、一緒に戻りなさい」
「クラスメイトの、付き添い?」
それはまた珍しい。いくらクラスメイトとはいえ、あまり社交的じゃないケンが付き添う相手って誰だろう。
そう思って先生の後から医務室に入ると、丸椅子にちょこんと座っていたのは、クラスで一番の仲良しであることりちゃんだった。
「えっ、ことりちゃんが転ぶなんてどうしたの?!」
「えへへっ、気合い入れすぎちゃったみたい」
ことりちゃんの小さな膝に包帯が巻かれていた。運動能力は高いけれど、見た目で言えばか弱そうな守ってあげたい系女子なことりちゃん。だからこそ、その包帯は余計に痛々しく見せていた。
「でも二人ともなんで体操着着てんの? 一時間目って体育だったっけ?」
「違うよー、今日は体力テストだったんだよ。先週先生が言ってたでしょ? 覚えてなかったの?」
全く忘れてた。ってか、保健室にいたおかげで免れてラッキーだったけど。
「お前、今体力テスト逃れれてラッキーとか思ってるだろ」
ケンが目を細めて私をじっと見てる。まるで私を尋問でもするかのような表情だ。
「まさか。私の体力がどれくらいついたか確認できるチャンスだったのに残念だなって思ってたところだったんだけど?」
鼻息荒くそう言うと、ケンの目はさらに細まった。大して大きくもない目の持ち主なんだから、そんなに細めたら目がなくなるわよ。なんて心の中でほくそ笑んでいた時、私のそばにいる天使が、悪魔のような一言を放った。
「大丈夫だよカヨちゃん。今日休んだ人は来週するはずだからー」
「えっ! そうなの!?」
なんて余計なことを。一度だけでいいじゃん。一回免れたのならそのまま逃れさせてよ。
「あっはっはっはっ! ほらみろ、ラッキーって思ってたじゃねーかよ」
ケンが珍しくお腹抱えて笑ってる。しかも失礼にも私に人差し指を突き差しながら。
「ちょっと勝手にツボに入んないでくれる?」
「だってお前、さっきの驚いた顔ったらなかったぞ」
「人の不幸を〜!」
「ほらな、やっぱりカヨは体力テスト受けたくなかったんじゃねーかよ」
うぐっ……。私はこれ以上何もいえなくて、口を静かにつぐんだ。
「さぁ二人とも話は終わった? 大久保くんは教室で着替えないといけないんじゃない? 早く教室に戻りなさい。あと柊さんはどうする? 打撲だから湿布は貼ってるけど、かなり腫れてるから痛むなら少し休んでいってもいいわよ」
「いえ、あたしも教室に戻ります」
「そう、じゃあ二人とも、柊さんを更衣室まで付き添ってあげてね」
私がことりちゃんの腕を掴もうとしたら、ケンがことりちゃんの腕をぎゅっと掴んで立ち上がらせた。
「柊、歩けるか?」
「うん、ありがとう。包帯してもらったからさっきよりマシみたい」
ことりちゃんは私の一番仲がいい友達だから、毎日一緒にいるケンとも自ずと仲が良い。いや、仲が良いとは言い難いけど、社交性のないケンに言わせたらかなり仲が良い方だと思う。
ケンは先に教室に戻って、私は更衣室で着替えることりちゃんを手伝うつもりでついてきた。着替えも大変かと思ったからそう申し出たのに、ことりちゃんにあっさり拒否されてしまったから、せめて教室に帰るまでは付き合おうと思って入り口付近で待機中。
もうすでにクラスの女子は教室に戻ったみたい。と言うことは、ケンはみんながいる中着替えるハメになってるはず。まぁ、男子だしいいでしょ。そう思って私は心の中でザマーミロとほくそ笑んだ。
「大久保くんって優しいよね」
「えっ、ケン?」
「他に大久保って苗字の人はいないでしょ?」
ことりちゃんはケラケラと屈託なく笑った。それにつられて私も笑った。
「私の知ってる大久保って苗字のやつは、とても口が悪いけどね」
「それはカヨちゃんに対してだけでしょー。二人は仲良しだもんね」
「腐れ縁って言ってよ。まぁでも、普段はあんなやつだからあいつあんまり友達いないし、勘違いされやすいけど、良い奴だよ。ってか、そうじゃなかったら私はケンと一緒にいないしね。一緒にいるってことはいいやつってことなんだよ」
「そっか。それ、わかりやすくていいね」
「でしょ? ってかあれかな、私が一緒にいるからケンは良い奴なんじゃない? 私って良い人だから」
ことりちゃんは名前の通り、小鳥がさえずるようにクスクスと笑った。私とは違って、小さくてふわふわと綿菓子みたいな可愛いことりちゃん。私はことりちゃんのようにはなれないけれど、一緒にいると自分も同じような人種になれてる気がするから不思議だ。
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