第三話

「二人仲良く遅刻とは、なかなかいい度胸だな」


 授業開始のチャイムが鳴り終わったと同時に私とケンは教室に到着した。校門から全力疾走でここまで向かったのに一足間に合わなかった。


「でもほぼセーフですよね?」

「だが、ほぼセーフってのは、アウトってことだろう?」


 担任の先生はいつも規則に厳しい。こんな少しくらいの遅刻、他の先生なら絶対見逃してくれるのに、そうしてくれないところが融通きかないなっていつも思う。


「種田、先生は融通がきかないとか思ってるだろう?」

「そt、そんな事、微塵も思っていません!」

「嘘つけ、顔に書いてあるぞ」


 私は顔を思わず拭った。すると先生はははっと笑ってケンに目を向けた。


「種田は分かりやすいからな。大久保は逆だが」


 その意見には同意だ。ケンは昔から何事にも動じないというか、特に身内以外にはポーカーフェイスを決め込んでいる。これだけ同じ環境で生きてきたというのに、そこは真逆なのが不思議だ。

 まぁ、両親が違うからってのは大きいとは思うけど。

 ケンの両親は私のところとは違って共働きだ。ケンママはCAの仕事に就いているから夜遅かったり帰ってこない事もよくあるし、ケンパパは大手企業で働く研究員。

 なんの研究をしてるのかまでは内部秘密らしいからよくわかんないけど、とりあえずうちのお父さんとは違って頭がとてと良い。

 ケンの頭の良さをそう考えると、やっぱり両親から引き継いだものというのは大きいと思う。

 うちのお父さんは普通のサラリーマンだし、お母さんも昼間はパートに出かける程度の普通の家庭だ。両親の学力なんて中か、良くて中の少し上といったところじゃないだろうか。


「とりあえずさっさと座れ、HR始めるぞ」


 先生が出席簿に視線を落としながら、私とケンをあしらうように手を振り、席に着くよう促した。


「今日は先週伝えておいた通り、体力テストを行う。HRが終わったら、体操着に着替えるように」

「げっ!」


 えー、体力テスト!? すっかり忘れてた!

 体力に自信のないクラスメイト数人が同じような反応を示してる。私も体力に自信ないし、測定したところで結果は見えている。去年より下回るか、同じかのどっちかで、その去年の結果も大したことはなく、クラスで下のレベルだし。

 測定するだけならまだしも、その測定する方法も好きじゃない。特にシャトルランが、私は大っ嫌いだ。あれは疲れるし、自分の非力さが周りと比べやすいから泣けてくるし。


「種田はどうやら、体力テストが嬉しいみたいだな」


 性格が悪い担任の先生が、そんな言葉を投げかけてきたけれど、私はそれを受け流す。机に突っ伏して、体力テストが終わった後のことを想像した。

 時間がスキップできたらいいのに。もしくは、体力テストが無くなればいいのに。


「ほらほらカヨちゃん、いつまでもふてくされてないで着替えに行くよー」


 HRの終わりのチャイムが鳴るとともに、クラスメイトのことりちゃんが、体操着が入ったカバンを肩に下げながら、私の肩を揺らした。


「ことりちゃん、私にあなたの運動能力を分けておくれ」

「あはっ、できるなら分けてあげたいけど、それは無理かなー」


 ことりちゃんのヘラっとした笑顔を見ても、今の私は癒されない。ことりちゃんは背も低いし、綿菓子みたいなホワホワとした可愛らしい雰囲気を持つ可愛い系女子なのに、運動能力がかなり高い。

 どう考えても見た目だけで言えば、私の方が運動できて、ことりちゃんは運動音痴系女子。それなのにどうして、この世の中とはマンガのテンプレのようにいかないものなのか。


「ほら早く着替えに行こうよ。男子が着替えられないでしょ」


 ことりちゃんはそういうけど、男子は私達女子にお構いなくどんどん着替えはじめている。


「えー、今日の私は体調悪いから、体力テスト見学したいよー」


 そういって机に突っ伏そうとしたら、背後からケンの声とともに何かで頭を叩かれる音がした。


「バーカ、つまんねー駄々こねてないでさっさと着替えに行けよ」

「誰が、バカだって?」

「お前だよ、バーカ。体力テストなんざ結果さえ気にしなけりゃいいだろ。どーせちょっと内申点に反映される程度のことで、進級に関わるわけでもないし」

「結果は気にするでしょ、数値に出るんだからさ。たとえ気にしなかったとしても、やるのがしんどいじゃん」


 結果はわかっていたとしてもやるならつい頑張ろうとか思うじゃん。でも結果、数値は伸びてないし、シャトルランやってる時はもうしんどすぎて泣きたくなるし。

 だったらはじめからしたくないって思うのが道理じゃん。


「柊、なんとか言ってやって。カヨのやつ、最近太ってきてるから見てらんねーって」

「ケン、聞こえてるんだけど。ってか、私のことりちゃんに絡まないでくれる?」


 私はことりちゃんを魔の手から庇うようにして、ぎゅっと抱きしめた。すっぽりと私の手の中に納まることりちゃんはやっぱり可愛い。なんて実感している間も、ことりちゃんはホワホワとした表情で笑ってる。


「どーでもいいけど、お前、次の授業にまで遅刻する気かよ。柊も巻き添いになるから、さっさと行けよ」

「はいはい、わかりましたよー」


 確かにことりちゃんを巻き込むのは良くないな、ケンが遅刻するのは全然いいけど。なんて思いながら私は重い足を引きずるようにして、ことりちゃんと教室を後にした。


「本当にカヨちゃんと大久保くんって、兄妹みたいに仲良いよね」

「腐れ縁ですからねー。出来の悪い弟ですよ」


 いや、ケンの方が勉強できるわけだから、出来の良い弟ってことになるのか? でもその言葉はとても癪だ。性格の悪い弟って言う方が、絶対に合ってる。


「あははっ。でも大久保くんの方が、カヨちゃんのお兄さんって感じするけどなぁ?」

「あーダメダメ。ことりちゃんはケンのこと何にも分かってない。あいつがどれだけ身勝手で、私がこれまでにその尻拭いをいくらしてきたか知らないから、そんな事言えるんだよ」

「そうなの? 逆な気がするけどなぁ?」


 ことりちゃんが首を傾げたとともに、私達は女子更衣室に着いた。


「違う違う、全然ちがーう。私はことりちゃんの将来が心配になってきたよ。このままだと、将来変な壺とか売りつけられちゃうタイプだと思うから気をつけてね」


 まだことりちゃんが首を傾けている中、私は更衣室の扉を開けて、サクサクと中に入っていった。


 体力テストの最初は反復横跳び。これもまた苦手分野。跳んでる最中にリズムがよくわかんなくなってきて、足がもつれ始める。しかも一列で数人の子と跳ぶからか、余計にリズムがくるって集中できないし。

 ……結果、32回。去年というか、中学の頃から伸びてない気がする。


「カヨちゃんいくら跳べた?」

「聞かないで。平均点以下だってことは知ってるから。それよりことりちゃんは?」

「あたしは55回だったよー」

「すごっ! めっちゃ跳んだね!」


 確か女子の平均って45回とかそれくらいだった気がするから、ことりちゃんはそれを10回分も上回ってる。


「ねぇ、どうやったらそんなに飛べるの?」


 しかもそんな、小さな体で。


「えへへー、反復横跳びは得意なのー」


 私はことりちゃんを足元から頭の先までズズッと見やる。身長低いってことは足のリーチも短いってことで、それなのにみんなと同じ距離をこれだけ飛べるっていうのは、どうやったらそうなるのかが心から疑問だった。


「そこの女子、反復横跳び終わったのなら、次はこっちに来てシャトルランだぞー」


 でた、私の中でのラスボス。他もまだ終わってないのに、もうラスボスのお出ましとか、どうなのよ。


「うう、お腹痛くなってきたかも」

「ほらほらカヨちゃん、一緒にやろうねー?」


 ことりちゃんが私の腕をぎゅっと掴んで力一杯引っ張っていく。小柄なのになかなか力強いことりちゃんは、どこからこんなパワーが来るのか。


「私まだ、垂直跳びも前屈もやってないから……」

「あたしもまだだよー。ほら嫌なものはさっさと終わってしまった方が楽だってー」


 私の腕を懸命に引く天使は、本当は悪魔の遣いなのかもしれない。

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