第四話

「痛ったー!」


 ーー保健室。私は大人気なく叫んでしまった。でもそれくらい我慢できない痛みが私を襲ってくる。


「うっせーな、喚くなよ」

「あんたねぇ、うるさいと思うんだったら、さっさと教室にもどんなさいよ」


 私はケンに噛みつきながらも、奥歯を噛み締めた。


「ほらほらケンカばかりしてないで、大久保くんは先に教室に戻って、種田さんが保健室にいることを先生に伝えてきなさい。男子は教室で着替えなんでしょう? 早くしないと次の授業が始まってしまうわよ」


保険医の先生は、いつも保健室に常備している救急箱を握りしめながら、私の元へとやって来た。


「種田さんもよ。わざわざ大久保くんにここまで連れてきてもらってるんだから、そんな言い方しないの」

「はーい」


 素直に返事をしたものの、正直ケンのことはどうでもよくて、自分の膝を見て涙を堪えた。

 シャトルランをしている最中に、体育館シューズの靴紐が切れて、その衝動で見事に転んだ。それはそれは見事に、前のめりに転んだ。こんな転び方をしたのは小学生以来じゃないだろうか。

 そもそも靴紐が1日の間で2回も切れることってある? 私の過去の人生で1度も靴紐が切れたことなんてないのに、それが同じ日に2回も起きる?


「靴紐が切れるなんてこと、本当にあるんですね。しかも今日これで2度目なんですけど」

「あら、そうなの? それはすごいわね」

「私今日、死ぬかもしれません……あたっ!」


 私がそう言ったら、ちょうど保健室を出ていこうとしていたケンが、私の頭にチョップを食らわせた。


「なにすんのさ!」

「不吉な事言ってんじゃねーよ、バーカ」

「バカとはなによ、バカとは!」


 ケンは私の返答にはなにも言わず、そのまま保健室を出ていった。


「……種田さん、大久保くんのいう通り、不吉な事言わない方がいいわよ」


 私は転んだ時に、膝を思いっきり打ち付けて、痣ができている。挙句に何よりダサいのは顎も打ち付けたせいで、顎の先も真っ赤だ。

 保健医の先生が膝には湿布を貼って、外れないように包帯を巻いてくれてるけど、先生は現在、私の顎にも湿布とガーゼを貼ってくれている。鏡はまだ見てないけど、ガーゼを貼られた後の自分の顔のダサさを想像して、また泣きそうになった。


「言霊っていう言葉があるように、言葉は時に本当になることがあるの。だから悪いことや不吉なことは言わない方がいいのよ」

「先生は言霊なんて、信じてるんですか?」


 言霊だとかオバケだとか、そういった類のものは私は信じていない。自分で言うのもなんだけど、私は単純な性格だから、目に見えるものしか信じない。

 オバケなんて見たこともないし、ラップ現象とやらも聞いたことがない。だから私は信じていない。


「信じるか信じないか、と言うよりも、もしも本当にそういうことがあったとしたら、って考えるだけよ。先生はどちらかといえば本当にそういうことがもしあるとすれば、それは避けたいなっていう考えなだけ。だから種田さんの質問に関してはイエスとも言えるし、ノーとも言えるわね」

「なるほど」


 その考えは、私にはなかったな。


「私は目に見えるものしか信じないので、“もしも”っていうその発想が少し面倒に感じてしまいますね」

「あははっ、種田さんらしいわね」


 だってそれって、ありもしないものをわざわざ想像して避けるってことでしょ? 無駄に頭使ってる感じがして、面倒くさいって思えてしまう。


「はい、できたわよ」


 先生がテープでガーゼを留め終えた後、私はやっと鏡を見た。壁に掛けられた鏡に映る自分の姿がみすぼらし過ぎて、泣けるどころか滑稽だった。


「種田さん、立てる? 膝、かなり腫れてるから少しベッドで休んで行く? もう授業始まってるから次の授業まで寝ててもいいけど、もし教室に戻れるのなら先生が付き添っていってもいいわよ。その足で一人で歩くのは大変でしょ?」


 次の授業ってなんだっけ? 私の不得意とする歴史だった気がするな。


「じゃあ少し寝ててもいいですか? 結構足がジンジンしてるので、少し休んでから教室に戻ります」

「そう。じゃあ、そこのベッド使っていいわよ」


 先生は私の腕を掴んでゆっくりと立ち上がらせてくれて、そのままベッドへと誘導してくれる。正直一人でも歩けるけど、ジンジンとした痛みが結構つらい。これって、たぶん寝てても痛いやつじゃん。

 そう思うと、なんか無性に惨めな気持ちになってきた。


「その腫れてる方の足、少し上げて寝た方がいいわね」


 そう言って先生は腫れてる方の足に、クッションを置いてくれた。


「休み時間になったら起こしにくるから、それまでゆっくりしていなさい」

「はーい、ありがとうございます」


 先生はベッドの周りにカーテンを引いて、そのまま隣の部屋へと移動した。

 私は真っ白な天井にできたシミを見つめながら、ジンジンする足の痛みを脳内から押しやった。

 今日の私、マジでついてない。

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