第2話 カオス

「あっ、ごめんね!?急に言われてもわかんないよね!!」


「あ、はい」


そう言うと彼女はいそいそと俺から離れる。


「えーと、まずは自己紹介をした方がいいのかな?私は池田 桜子いけだ さくらこ。詳しくはこれを見てもらえるといいかな」


「は、はぁ」


そう言って1枚の紙切れ、もとい名刺を渡される。


そこには


POWERFUL所属

マネージャー

池田 桜子


と書いててあった。


ん?POWERFUL?POWERFULってどっかで聞いたことあるような・・・。


あっ.....


「POWERFULってまさかのあのPOWERFULですか?」


「そうそう。そのPOWERFUL」


「まじかよ....」


さて、なぜ俺がこんなにも驚いているかというと。

彼女が所属しているであろう事務所POWERFULは超有名アーティストを幾度となく排出してきた超凄腕事務所なのだ。


今流行りの【Queeeeen】というバンドもPOWERFUL所属だ。

さらには歌って踊れる3人組の女性ユニット【STRAWBERRY】だってPOWERFUL所属である。

歌手なら1度は所属してみたい事務所とも聞いた。


そんな凄腕事務所のマネージャーさんが俺になんの用があるというのだろうか。


「え、えーと。それで芸能界とはどういう...?」


「あ!えーとね、言葉通り受け取って貰って構わないよ」


「じゃあ、俺にテレビに出ろと?」


「うーん。それもそうなんだけど、正確に言えば歌手にならない?ってこと」


「お、俺がですか?」


「そそ。キミが」


「な、なぜ?」


「なぜってキミみたいな逸材を眠らせておくにはもったいないなぁって思ったから!」


「逸材ですか?」


「そう。逸材」


俺が逸材?な、なにかの間違いでは?


「あっ、今嘘でしょ(笑)みたいなこと思ったでしょ!!」


「な、なぬ」


いかん。

顔に出てたらしい。

ポーカーフェイスとは何気に難しいものだ。


「キミが気づいてないだけでめちゃくちゃ歌上手いからねキミ。だってほら。そんな点数たたき出してるし」


そう言って彼女が指さすは99.201という数字が並ぶモニター。


「え、でもそんなに高い点数じゃないのでは?」


「何言ってるの?99とかすっごい高いんだよ?しかもロックバンドの曲となるとさらに難易度は上がるんだから!」


「まじすか...」


初耳学すぎて耳がパンクしそうだ。

今まで97を下回った点数は出したことがないのだが、まさかそれも高いというのだろうか。

友達と来たことがないから全然分からなかった...。

井の中の蛙大海を知らずとはまさに俺のことだったようだ。


「それでいて甘いようで爽やかなイケメンボイス。これは【寝る前に囁かれたい声ランキング】ナンバーワン取れるね!」


「なんですか、その変なランキング...」


「あ、もうこんな時間。ということで考えてもらったらうれしいかな。じゃあ、やる気になったらそこの番号に電話して!私のケータイのやつ!」


「は、はい」


「それじゃ!いい返事待ってるよー!」


端的に目的を話すと台風のような彼女は颯爽と俺の部屋から飛び出して行った。

そして1人取り残された俺は考える。

よーく考える。

俺・・・・・・芸能界に誘われた!?!?

まじ!?まぁじ!?どどどどどうしよう!!??

まままままずは母さんと父さんに相談ダァ!!


俺はそれから顔の頬がだるんだるんになりながらフラフラしながら家に帰った。

周りから見れば変質者にしか見えなかっただろうな...。

通報されてないといいんだけど....。



***



「た、ただいま」


「おかえり〜。さっさと風呂入ってきなさーい」


「は、はーい」


母さんが俺に風呂に入れと催促してくる。

俺は未だに信じられない気持ちで風呂場へと向かい、洋服を脱いでそのまま湯船にドボンする。


「まじかぁ。俺もついに歌手デビューかぁ。ムフフフフ。あっダメだダメだ。まだ許可貰ってないし」


ニヤニヤが止まらない。

でも、今日ぐらいはいいだろう。

フラれて一気に落ち込んでるなかに舞い降りたどデカい希望。

これに浮かれるなといわれる方が難しいのだ。

許しておくれ神様。


ニヤニヤ顔のままでは格好がつかない為少し顔を引き締め脱衣場から出る。

するとそこで妹の麻里と遭遇する。


「あ、麻里」


「さっさとどいて」


「わ、わるい」


怯む俺を少し睨みつけながら俺の横を通り過ぎ脱衣場へと入っていくアッシュブラウンな髪色をしたスレンダーな女子。

彼女、麻里は俺より1つ年下の中学3年生。

びっくりすることにモデルをしてらっしゃる。

俺とは天と地の差。

月とすっぽん。

そんなわけで家庭内カーストでは圧倒的に俺が負けてるのである。

トホホ・・・。

お兄ちゃん悲しい。

でも、どうせなら麻里にも聞いてもらおうっと。


それから俺はゆっくりご飯を食べ父さんが来るのを待った。

母さんは習慣となっている月9ドラマを、麻里はスマホで何かしらの動画を見ていた。


そして時計の針がちょうど10の数字を回った頃。

玄関が開いた。

そしていかにもおっさんくさい声が響いてくる。


「だっはぁ。今日は残業疲れたぁ。残業代弾むなこりゃ」


「おかえり、父さん」


「おかえり、あなた。早くご飯食べちゃって」


「へいへい。ただいま」


父さんにはゆっくりしてもらいたいものだがさすがに学校の課題やら予習やらがあるのでこれ以上は待つことができない。

そこで俺は家族みんなに頼み事をする。


「父さん、母さん。おつかれのとこ悪いけどちょっと座ってくれる?麻里も」


「ん?いいぞー」


「いいけど、どうしたの?」


「は?なに?さっさと済ませて」


まずみんなを椅子に座らせる。


「ねぇ、早くしてくんない?友達と電話したいんだけど」


「すまん。ちょっと麻里にも聞いて欲しいことがあってさ」


そして俺は深く深呼吸をして、家族3人の目を見ながら口を開ける。


「単刀直入に言うと今日俺、芸能界に誘われました」


俺のこの言葉を聞いてお父さんとお母さんは大した反応を見せはしなかった。

ふーん。って感じだ。

でも、それに対して麻里は目を見開いてる。

ここまで驚いた麻里は初めて見たかもしれない。


「え、父さんと母さんそんなに驚いてない?」


「あぁ。すまん。まぁな。総雅はあれだもんな、うん」


「えぇ。そうよね。総雅はイケメンだからいつかこうなるとは思ってたけど」


は?俺がイケメン?何言ってんだこの人たち。


「いや、そもそも芸能界っていっても歌手だよ?」


真実を聞いたら今度は父さんと母さんも少し驚いたようだ。

麻里に至っては口が開きっぱなしである。

初めて見たかもしれない。麻里のこんなアホ面。


「あ、歌手ね?確かに総雅は歌も上手だったもんね〜」


「イケメンで歌手か。父さん羨ましいっ!」


「だからその許可が欲しいんだけど。あ、ちなみにこれマネージャーさんの名刺」


そして俺は池田さんの名刺を机の上に乗せる。

3人が乗せられた名刺をじっと見つめる。

そして今度こそ父さんと母さんは目を見開いた。


「おまっ!POWERFULってあれか!?あのPOWERFULか!?」


「え!?ほんとに言ってるの!?せせせせ赤飯炊かなきゃ!!」


急にあたふたしだした2人。

麻里に至っては泣いている。


「ひぐっ....。うぐっ....。ぐすっ....」


「お、おい麻里。泣くなよ」


「うっさい!泣いてないし!汗だし!」


いや、どっからどう見ても涙でしょうそれ....。

ムリあるよ....。


そして俺のリビングはカオスと化した。

父さんは顔が百人相だし、母さんは右にフライパン左におたまを持ってウロウロしてる。.....なんでフライパンとおたま?

麻里は目から出ている汗を必死に服の袖で拭いている。


「え、えと電話するよ?マネージャーさんに」


「あわわわわわわわわ」


「おわぁぁぁぁぁぁぁ」


「ぐすっ。ひぐっ。んぐっ」


「聞いちゃいねぇな」


俺は一旦リビングから出て名刺に載っている番号にかける。

数回のコール音のあと、女の人の声が聞こえてくる。


「はい。池田です」


「あ、池田さん。沖田です」


「オキタ?...........あっ!あー!あの時の!ごめんね!名前聞いてなかったもんだから!」


「こっちこそごめんなさい。改めまして沖田 総雅です」


「沖田 総雅くんね。それで返事を聞かせてもらってもいいのかな?」


「はい。今回はその事について電話をかけさせて貰いました」


俺は少し深呼吸をして返事を返す。


「許可もらいました。POWERFULに所属させてください。よろしくお願いします」


「ほんとっ!?よっし!超新星ゲットォ!!」


電話の向こうで池田さんが喜んでくるのが伝わってくる。

少しして池田さんも落ち着きを取り戻したらしい。

落ち着いた声で会話を再開する。


「それじゃあ改めましてよろしくね。沖田 総雅くん。早速だけど今週末POWERFULの事務所に来てもらってもいいかな?手続きとかあるから。場所は分かる?」


「大丈夫です」


ここ近くの地域でPOWERFUL事務所の住所を知らないものはいない。

電車に乗るので時間は少しかかるがそこは天下の音楽事務所。

もはや観光スポットと化している。


「あ!あと一応聞いておきたいんだけど入りたいグループのジャンルとかある?ユニット系とかバンドとか」


そう言われると考えたことも無かったのですごく悩む。

ユニット系もすごく楽しそうだし、アイドルとかもやってみたい願望もある。

ソロも気楽でいいかもしれない。


でも、それでも俺はやっぱり・・・・・・


「バンドでお願いします。バンドがいいです」


それでもやっぱり俺はバンドがいい。

音楽好きになったのもバンドがあってからこそだ。

叶うはずないと思って俺の心の奥底に埋もれていた

夢。

それを掴むチャンスが出来たのならそれがどれだけ大変でも俺は迷わず手を伸ばす。


「おっ!バンドね!わかった!こっちも都合がいいし!」


「?都合?」


「気にしないで!こっちの話だから!それじゃあ今週末よろしくね!じゃ!」


「おやすみなさい」


またも池田さんは怒涛の勢いで話を進め電話を切ってしまった。

きっとすごくせっかちな人なんだろう。

エレベーターのボタン連打しちゃうタイプの人だな。


さて、予習でもして寝よ。

今日はいろんなことがあるすぎて疲れた。


自室へ向かう途中に通り過ぎたリビングでは未だにカオスな宴が行われていた。




◇◇◇

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