第六話 物見ノ玉屋
そこで、テープのA面が終わりやった。
それにしても……。
未来や過去が見える玉か。そないすごいもん、ばぁちゃん何に使うたんやろう? 未来や過去が見えるなんて、大金持ちになれるんちゃうやろか?
ぼくはちょい悪どいことを考えながら、カセットテープをひっくり返した。カセットテープにはA面とB面があって、ひっくり返して使う。
テープがゆっくり回りはじめて、また、ばぁちゃんの楽しそうな声が聞こえて来た。
さあてたぁ坊。実はこの玉な、
『其ノ玉、望ム時ト場ヲ目指ス物見ハ、其々五回迄。努努、疚シキ事ニ使フ事勿レ』
どっちの玉も、時間と場所を指定した物見は、五回まで。悪い事に使うたらあかんって意味やで。
“ゆめゆめ、やましきことに、使うことなかれ”
なんや古めかしいこと書きおって、ほんまもんの天狗みたいやわ。ばぁちゃん、帰ってさっそく、黒い『過去』の玉を試してみた。
時間と場所思い浮かべたらあかんゆうんが、えらい難かしゅうてなぁ。あかん思ても頭ん中は、そう思い通りにならへん。
「とりあえず一回分使うてまえ!」思て、太一の母ちゃんの小さかった頃の事、思い浮かべてみたんや。
そしたら手の平の上で、急に玉がぐるぐる回りはじめた。ばぁちゃん「どないしよう!」て慌ててもうたけど、そのうち玉はスーッと浮かび上がって、ばぁちゃんの頭の上でピタッと止まったんや。
止まったと思うたら、ぐんと上に引っ張られたみたいやった。つい目をつぶってもうて、次に開いたら目の前に死んだ爺ちゃんがおった。
死んだ爺ちゃんと、太一の母ちゃんが、自転車の補助輪外す練習してるとこやった。久美子(お母ちゃんの名前)が転んで、ドブ板踏み抜いて、大泣きしとったで。
爺ちゃんが「くっさ!」言うて逃げて、久美子が「お父ちゃーん」言うて、泣いて追いかけとった。ばぁちゃん笑ってもうたわ。
二人には、ばぁちゃんが見えてへんみたいやった。そこにいるのに、いない感じや。うまく説明でけへんな。
ほんでな、太一。ばぁちゃん決めたんや。『未来』の方の白い玉の使い道、決めたんや。
『太一の成人式』
『太一の結婚式』
『太一がお父ちゃんになった日』。
コレで三回や。
ばぁちゃん年寄りやさかいな。たぶんこの三つは見られへん。せやさかい、この三つは必ず物見さしてもらうで。残りの二つは内緒やで。
ああ、楽しみやなぁ。
たぁ坊はどないな大人になって、どないな嫁さん見つけるんかいなぁ。たぁ坊の赤ちゃんの顔や、父ちゃんになった、たぁ坊まで見られるんやで。夢みたいやわぁ。
ばぁちゃんもうちょいしたら入院するんや。退屈したら使うたろ思てる。
どこもかしこも覗けるもんやあらへんさかいな、たぁ坊のぷらいばしーは守れるやろ?
ほなな。ばぁちゃん退院したら、また遊びに来たらええ。
もし……。もし退院でけたら一緒に玉、見ような。
* * * *
最後の一言はなんべんかくり返し再生して、やっと聞き取れるくらい小さい声やった。
なんでや! なんでやばぁちゃん!
そんな玉なんかやのうて、なんで薬買わへんかってん。猿のおっさんの店で、長生きする薬買えばええやん! そうしたら覗き見なんかちゃうくて、ぼくが大人になるの見てもらえたのに!
もっと一緒におれたのに!
一人で狐火の市行って、さっさと死んでもうて。そんなん、そんなん、ずるいやん!
「ばぁちゃんのあほ! ばぁちゃんはいけずや!」
……ウソや。いまぼくは、ウソ言うた。ばぁちゃんはいけずやあらへん。
ぼくは、ばぁちゃんがほんまに、大好きやった。
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