第七話 それからのぼく

 ばぁちゃんのテープは、それでおしまいやった。ばぁちゃんが死んだあと、その『物見ノ玉』がどないなったのか、わからへん。

 お母ちゃんに聞いても、知らん言うとったし、ばぁちゃんの入院しとった病院へ聞いてみたけど、ばぁちゃんの忘れ物はない言われた。

 遺品の整理してた、浩一叔父おじはんに聞いてもあかんかった。


 ぼくはほんまにがっかりしてもうたけど、ばぁちゃんのことやからいつかぼくが大人になった頃、またタイムカプセル郵便で届くかも知れへんな思うてる。

 それとも、五回を全部使こうてまうと、壊れてしまうんやろか?

 ばぁちゃんは残りの二回、何に使うたんやろうな。成人式と結婚式と、ぼくがお父ちゃんになった時……。どれも遠すぎんで。


 残りの二回、なんで内緒やねん!


 実はぼくが大人になる前にも、使ったんちゃうん?


『それって、もしかして今日なんちゃうん?』


 ぼくは時々、そう思うた。


 せやから、運動会のリレーでスタートした途端に転んだ時も、諦めるわけにはいかんかった。


「早よ立ち上がらなあかん! 泣いたらあかん。ばぁちゃんにカッコ悪いとこ見せたらあかん!」


 そう思って、必死で最後まで走った。


 日曜洋画劇場で、うっかり怖い映画を見てしまった時も思うた。怖ぁて眠れなくて、布団を被っている時や。


(あ、ばぁちゃん、いま見てるかも知れん。ヒョッヒョッヒョって、笑うてるかも知れん)


 そう思うたら、少し怖ななった。


 友だちと二人で、学校帰りに中学生にカツアゲされた時も思うた。


(ばぁちゃんに心配かけたらあかん。ばぁちゃんは見てるだけしかできひんのや。自分でなんとかせなあかん!)


 そう思ったら、勇気が湧いてきた。


「だれか来てやー! 悪い兄ちゃんがおるでー! おまわりさーん!」


 でっかい声で叫んで、中学生がびっくりしてる間に、友だちの手ぇ握って走って逃げた。


 クラスの嫌なやつが女の子イジメている時も、見ないふりは出来けへんかった。ぼくはケンカは弱いんやけど、逃げるわけにはいかんやん。

 一発しばかれたけど、泣きそうになったけど、ばぁちゃんに卑怯もんや思われる方が嫌やった。


 切れたくちびるからにじむ鉄くさい血は、ばぁちゃんに甘えてばかりだったぼくが、知らんかった味がした。


 小学校高学年になる頃には、ばぁちゃんの事を思い出す事も少ななった。『狐火の市』や『物見ノ玉』の話も、ばぁちゃんの作り話かも知れへんと思う事もあった。

 ほんでもぼくは、その頃にはあんまズルい事は出来ひんようになっていた。


 クラスでいじめがあった時も、万引きが流行った時も、カンニングしとうなった時も……。

 ばぁちゃんに見せられん事はせんゆうのが、いつの間にかぼくの『ゆずれない事』の根っこになっとった。

 病院で、病気と闘いながらぼくを見てるばぁちゃんを、心配させるような事は出来ひん。


 そないなぼくに、なったらあかんのや。


 それに、時々――。


 気のせいかも知れんけど、ふわっとニベアの匂いがする事があるんや。ばぁちゃんが頭を撫でてくれた時の、あの感じや。


 ほんま、気のせいかも知らんけどな。


 ぼくは中学生になって、電車に一人で乗れるようになったら、ばぁちゃんの家に行ってみよう思うとる。ばぁちゃんが一人で暮らしていたあの家は、浩一叔父はんが管理しとって、あの時のまま誰も住んどらんらしい。


 狐火の市でばぁちゃんが買うた、鳥面の店の種。裏庭に植えた言うてた種から、どないなもんが生えてきたのか気になるし、ぼくはやっぱり『狐火の市』に行ってみたい。

 今はまだ、一人でばぁちゃんの家に泊まるのは怖い。もし狐火が三つ灯ったとしても、一人で提灯持って、真っ暗な山に行くのも、やっぱり怖い。

 せやけど、中学生になる頃には、ぼくは強い男になっとる予定や。きっと一人で行けるようになる。


 でも。


「やっぱりばぁちゃんと二人で、行きたかったなぁ……」



        * * *



 松本はん、カーテン開けますえ。今日は点滴二本、あと診察もありまっせ。


「ヒョッヒョッヒョ」って笑い声聞こえましたんけど、電話はロビーでおたのもうしますなぁ。


 えっ? お孫はんに赤ちゃんが生まれたんどすか? そりぁ、ほんまに……おめでとうさん!


 あれ? でも松本はん。


 そないに大きいお孫はん……いてはりましたっけ?



             ーおしまいー

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