第四話 ボイスレター

 ぼくは少し緊張しながら油紙を開いた。


 狐のお面と提灯はあの夜、ばぁちゃんが見せてくれたままやった。

 ただし、お面は二つ。ばぁちゃんが持っていた白い狐のお面と、対になるみたいな真っ黒い狐。ヒゲと額の模様は同じに赤い。


 大人用より少しだけ小さい、黒い狐のお面。


 ぼくの分や。ばぁちゃんはちゃんと約束を守ってくれはった。ばぁちゃんは、ぼくと二人で狐火の市へ行くつもりやったんや。

 でもばぁちゃんは、もうおらへん。焼き場で白い煙りになって、空に溶けてしもうた。

 ぼくはばぁちゃんに、とうとう置いてきぼりにされた。そんな気持ちになって、またちょい泣いた。


 夕方、お母ちゃんが帰って来たので、ばぁちゃんから荷物が届いたこと、宝物をたくさん送ってくれた事、カセットテープが入っていたことを話した。


 お母ちゃんは「宝物? ええなぁ。ばぁちゃん、太一のことほんま可愛がってたもんねぇ」と言うて寂しそうに笑うた。そうしてすぐに向かいの家から、カセットデッキを借りてきてくれた。

 ひとりの部屋で「ぼくはこれから死んだ人の声を聞くんや」思たら、少し怖なったけれど慌てて頭をブンブンと降った。


(怖いことなんかあらへん。ばぁちゃんの声や。それにこれを録音した時、ばぁちゃんは生きとった)


 怖いことなんかあらへんで!


 ぼくは目をつぶって、カセットデッキのボタンを「ガッコン」と押した。



       * * * *




 太一、元気にしとるか? 少しは背ぇ伸びたか?

 そっちはもうすぐ夏休み、終わりやろ? 宿題終わったか?

 コレばぁちゃんが録音してんのはまだ秋なんやで。なんや不思議な気分になるなぁ。


 荷物山ほど届いたやろ? 宝物、気に入ってもらえたか? ばぁちゃんが子供の頃から集めとったガラクタや。なんの値打ちもあらへんけど、オモロイもんばっかやろ? 大事にせぇや。


 宝物な、実はあれで半分なんやで。もう半分は性悪の天狗にあげてもうた。


 去年の夏休みの最後の新月の晩、狐火がふたぁつ灯った日ぃがあったやろ?

 あの晩『狐火の市』話、ばぁちゃんしたの覚えとるか? 狐火が三つ灯ったら狐火の市が立ついう話やで。


 たぁ坊が帰ってしもうて、しばらくたった頃にな、また狐火が灯った晩があったんよ。ばぁちゃんドキドキして、十分おきにお山を見てもうたで。

 ほんでな、たぁ坊。夜中になって、狐火は三つ灯ったんや。

 ばぁちゃん、急いで狐面着けて山に入ったんやで! 提灯にロウソク灯してなぁ。そんでも、暗くて足元がやっと見えるくらいやった。


 なんべん、もう帰ろう思うたことか……。ばぁちゃんもたぁ坊の事笑えへんなぁ。ようやっと狐火の市に着いた時は、怖ぁて、おしっこちびりそうになったで。


 せやけど、不思議で、気味悪うて、とんでものうおもろかった。


 アレがなんやったのか、ばぁちゃんには今もようわからん。せやけど太一、アレはやっぱし人間やあらへんかったかも知れんなぁ。



 ばぁちゃんの声は、ぼくの覚えてる通りのんびりしていて優しかった。ニコニコ笑いながら話してるのが目に浮かぶ。


 せやけど――。


 ぼくは手足がカクカク震えるのんを、止めることが出来ひんかった。

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