第4話 ザオルの得物

 アナベルの案内で訓練場の隅に来たアルドとエイミ、ザオルの三人。


「アルド達は今日どれくらい時間があるんだ?」

「ユニガンではあと宿屋と鍛冶屋による位か?今日中にバルオキーに到着できれば問題ないよ。」

「そうか・・・。では昼前にはここを出たほうがいいな。」

「そうだな。今回ザオルは非戦闘員扱いで移動することにしているから、時間に余裕があった方がいい。」

「この・・・体躯で戦闘員?」


アナベルは筋骨隆々としたザオルを頭から爪先までちらりと見ると、アルドへ目配せをした。アルドもそれに気付いてアナベルに肯いた。


「エイミ、ちょっとザオルと一緒に壁に掛かっている武器を見ていてくれ。」

「ええ、分かったわ。父さんはどれが気になる?」

「折角だから一通り見せてもらおうか。」


アルドはアナベルと一緒にエイミ親子から十分距離を取ってから話しだした。


「俺も詳しくは聞いていないんだが、ザオルは奥方を亡くしてから戦うのを止めたらしい。エイミはそれを機に戦いに身を投じるようになったようだがな。」

「成程。私も魔獣に故郷を無くされたから、彼らの気持ちはよく分かるよ。そのような経験をすると、悲しみや恐怖、怒りに囚われる。ザオル殿は恐らく家族を亡くすかもしれないという恐怖が勝り、エイミや私は家族を失ったことへの怒りが勝っただけのことだ。」

「悲しみと怒り、それから恐怖か。」

「アルドだって魔獣軍にフィーネを連れ去られた時、何か思うことはあっただろう?」

「ああ、俺は―――怒りかな。自分の実力が足らないことに対する怒りだ。」

「アルドも必要以上に自分を責めることはない。ザオル殿も何らかのきっかけがあれば戦えない理由を克服することができると思うぞ。」

「ああ、そうだな。そうなるといいと俺も思ってる。」

「話は終わりにして、そろそろあちらに戻るか。」


アナベルは壁際に掛けている武器を嬉しそうに眺めているザオルを微笑ましく眺めながらアルドに言った。


「ザオル殿。武器は触ってみたか?」

「まだだ。さ、触ってもいいのか?」

「ああ。とりあえずここにある全種類試してみたらどうだ?こんな機会滅多に無いだろう。」

「ああ。俺も武器屋をやってるが、ここにある武器は触ったことの無い物ばかりだ。それでは、遠慮なく試させてもらうぞ。」


ザオルはいそいそと訓練所の壁に掛かっている武器を試し始めた。エイミもザオルについて行き、横で心配そうに見守っている。


杖・剣・刀・斧・槍・弓・拳・槌―――ここにあるのは、この八種類だ。


「アルド、エイミの武器は拳だったか?」

「そうだな。」


アナベルの隣に立っていたアルドがアナベルの言葉に相槌を打った。


「エイミは拳で戦うことで素早さを生かせているが、ザオル殿が戦うのならば素早さ

よりも膂力を生かした方が良さそうだ。」

「素早さより膂力を生かすなら、打撃や斬撃か。」

「ああ。両手持ちの剣か斧、槌辺りがいいと思うぞ。」

「分かった。ザルドに聞かれたら、そうアドバイスしておくよ。」


ひとしきり武器に触れてみたザオルとエイミがこちらに戻って来た。


「ザオル、お疲れ。気に入った武器はあったか?」

「うーん。正直まだこれだっていう程しっくり来た物はないな。明らかに向いてないと思ったのは杖と弓かな。槍も微妙なところだったな。」

「まあ向いてない物が分かっただけでも、いいんじゃないか?」


ザオルは久しく戦っていないんだ。武器を持つこと自体に躊躇いがないだけでも十分だろう。


「アルド。私はそろそろ仕事に戻るが、ここの防具は見なくても大丈夫か?私が戻る時に訓練場の戸締りもしたいから、君達も私と一緒にここを出てもらうことになるが。」

「ああ。バルオキーでここの装備を作っている鍛冶屋にも行く予定だから、そちらで見せてもらうことにするよ。アナベルも騎士団の仕事があるんだろう?俺達も日が暮れる前にバルオキーに行きたいから、そろそろここを失礼した方がいいだろう。」

「そうね。宿屋に預かってもらった荷物も取りに行かないと。」

「それでは、戻るか。」


アナベルは訓練場の中をざっと確認すると、戸締りをして鍵束をポケットの中にしまった。


「今日は色々とありがとう。急な頼みなのに引き受けてもらえて助かったよ。」

「アナベル、父さんがごめんなさいね。」

「今日は実に貴重な体験をさせてもらった。感謝する。」

「君たちの役に立てて何よりだ。帰り道はアルドが分かっているから、彼について行くといい。私はこれで失礼する。」

「ああ、アナベル。またな。」

「アナベル、またね。」

「アナベル殿、失礼する。」


アナベルは騎士団の詰め所へ、アルド達はミグランス城城門へとそれぞれ別れた。


 宿へ荷物を取りに行った三人は、食堂が空いていたので宿で作ってくれた弁当を食堂で食べさせてもらうことにした。


「なあザオル、ユニガンの鍛冶屋で買う物決まったか?」

「いや。武器の種類も絞り切れてないから買わないことにした。」

「防具はバルオキーで見てからでもいいか?」

「アルド、私エルジオンのお店の人にお土産買いたいんだけど、何がいいかな?」

「バルオキーまで自分達で持って行くから重くない方がいいだろう。日持ちのする菓子でいいんじゃないか?」

「まぁ重くないと言ったら、その辺が無難だよねぇ。」

「そうだな。バルオキーよりもユニガンの方が店は多いから土産を買うんならユニガンの方がいいな。ザオルがユニガンで鍛冶屋に行く予定だった時間を、エイミがユニガンで土産を買う時間にすれば問題ないだろう。ザオルもそれでいいな?」

「エイミ、俺が荷物を持つから、俺から渡す分の土産も買っておいてくれ。」

「父さん、元よりそのつもりよ。私、宿の人にちょっと聞いて来る。」


エイミはパッと席を立つと宿の従業員と話し、すぐに戻って来た。


「候補のお店は何軒か聞いて来たわ。ねえアルド、買い物が終わったらこのままバルオキーへ向かうの?」

「ああ、そのつもりだ。」

「お腹いっぱいのままだと戦いにくいわ。腹ごなしも兼ねて、お土産を買いに行きましょう。父さんもそれでいい?」

「おうよ。」

「なあエイミ。荷物は買い物が終わるまで、もう少し宿屋ここで預かってもらおうか。」

「そうね。荷物を整理してからユニガンを出たほうがいいわね。」

「それじゃあ、俺が買い物が終わるまで荷物を預かってもらえるよう頼んでくるよ。エイミはザオルと先に行ってて。」


 アルド達の買い物が終わるまで、宿屋で荷物はそのまま預かってもらえることになった。アルドはエイミ達と合流し、宿で教えてもらった店を三人で回った。


「よし、こんなもんかな。」

「エイミ、俺の分も買ってくれたか?」

「ええ、もちろん。今回の旅は訳ありだから、お土産はお店の人の分だけよ。思ったよりも少なくて済んだわ。」

「まあ、おおっぴらにできねえから仕方ないだろう。」

「よし、それじゃあ荷物をまとめたらバルオキーへ向かうぞ。」


三人は宿屋に戻ると預かって貰っていた荷物を引き取り、宿の者に礼を言って

宿屋を出た。


 ユニガンの端に到着した。城壁の門を衛兵に頼んで開けてもらう。


「ザオル。ここから先はカレク湿原という場所で、魔獣が出る。俺とエイミがいるから大丈夫だと思うが、万が一何かあった時は無理して戦わなくていい。荷物よりも自分の命を優先してくれ。落とした命は拾えないが、荷物ならまた後で取りに行くことができる。」

「分かった。」

「しばらくは、ユニガンに戻る方が近いから、来た道をそのまま逃げてくれればいい。ここから先の並び順は俺、ザオル、エイミの順に縦一列で歩いて行く。エイミ、後ろは頼んだぞ。」

「ええ、任せといて。」

「いつもは素材を集めながら寄り道して行くんだが、今日はザオルに負担がかからないよう最短距離で行くよ。」

「俺は道が分からないから、大人しくついて行くよ。アルド、案内を宜しく頼む。

石畳で舗装された道も終わりに近付いた。王都ユニガンからカレク湿原へと差し掛かったということだ。カレク湿原は魔獣は出るが、なかなか景色の良い所だ。


「魔獣を警戒しながらの移動だけど、エルジオンではこんな景色見られないだろう?移動中に景色位は楽しんでくれ。」

「確かに。こんな自然、今のエルジオンにはないな。」

「ええ。いつかエルジオンでこんな景色が見られるといいんだけど。」


 のどかな風景の中、三人は移動を続けた―――が、異変は急に訪れる。


「エイミっ、魔獣が来る。右だ。」

「分かったわ。父さんは後ろへ下がって荷物番でもしてて。」

「お、おう。」


ザオルがエイミと入れ替わって後ろに下がった。アルドとエイミの二人でザオルをかばうように立つ。アルドとエイミの二人なら、この辺りの魔獣は一撃で仕留めて終わりだが、他にも魔獣が隠れているかもしれないと警戒は怠らない。


「倒した魔獣の素材を回収するまで待っててくれ。」


アルドは今倒した魔獣の素材を拾い、自分の荷物と一緒にしまった。


「ザオル、いきなり目の前で魔獣との戦闘になってしまったが大丈夫だったか?」

「・・・俺は見てたから大丈夫だ。魔獣を倒さないと、俺達がやられるんだろう?」

「そう言ってくれると助かるよ。」

「荷物番がいると、戦闘後に荷物を探さなくてなくていいのは楽だわね。」

「そうだな。」

「そういうもんなのか?」

「ああ。泊りがけで行くと着替えや食料やなんかで普段は持つ必要のない荷物が増えるだろう?」

「そうだな。俺は長いこと家を開けることが無かったから、全く気が付かなかったよ。」

「そうだ、これからは父さんも時々お店を休みにすればいいんじゃない?今までみたいに毎日お店を開けておかなくてもいいと思う。」

「いや、うちはウエポンショップなんだから店は開けておかないと―――ハンターたちが困るだろう。」

「あ、そうだった。」


エイミは自分も何気にウエポンショップを利用していたことを思い出した。自宅が店も兼ねているから、帰宅したついでに武器の整備を店の者に頼めているのだ。


「それなら、お店の人が順番に休みを取るとか?」

「それは、今回帰ってみて店の方がどうだったかにもよるな。」

「そうね。お店の人達にも話を聞いてみたほうがいいわね。」


 アルドはエイミ親子の話を聞きながらバルオキーへ向かう道を先導した。途中で、いつも同じ場所で出会う猫に挨拶をするのは忘れない。何度か魔獣と戦う場面もあったが、大きなトラブルも無くバルオキーへ到着した。


「じっちゃん、ただいま。」

「おう、アルドか。お帰り。思ってたより早かったな。」

「ああ。ユニガンで用事が早く片付いたんだ。」

「そうかそうか。それで、後ろのお二方は?」

「俺の仲間のエイミとエイミの親父殿のザオルだ。」

「こんにちは、お久しぶりです。」

「はじめまして、エイミの父です。その節は娘が大変お世話になりました。」

「儂はそこまで娘さんの世話はしとらんよ。世話をしたのはアルドじゃ。儂はここバルオキーの村長で、アルドの養父をしております。何もない田舎ですが、ゆっくりと寛いで下され。」

「「ありがとうございます。」」


ザルドとエイミが村長に頭を下げた。


「アルド。バルオキーに着いたばかりだが、お客さん達と出かけて来るかね?」

「ああ。今から鍛冶屋に行って来ようと思ってる。」

「そうか。夕食はうちで用意してあるから、用が済んだらうちに戻って来なさい。」

「分かった。荷物を置いたら出かけて来るよ。」

「さあ、部屋はこっちだ。荷物を置いたら出かけるぞ。」


荷物整理も一段落したアルド達三人は一緒に出掛けることにした。アルドは先程倒した魔獣の素材も一緒に持って出る。


「こんにちは~。」


挨拶をしながら鍛冶屋へと入るアルド達一行。


「おーっす、アルド!エイミと噂の親父さんだね。」

「ああ、メイ。まずは素材の引き取りを頼む。精算は後でいいよ。」

「オッケー。」


アルドは持参した素材をメイに渡し、アルドメイにエイミとザオルを紹介した。


「それで、今日はここで作っている物を見せてもらいたいんだけど。」

「個人的に頼まれて作ったのは依頼主に渡しちゃったから今はここにないけどいい?王国騎士団に納める物で作りかけてるのはあるけど、そんなんで―――」

「こ、ここで作っているんですかっ?」


ザオルが前のめりでメイに尋ねた。


「ほら、父さん。近寄り過ぎ。唾がかかるでしょ。」


エイミが後ろからザオルの服を引っ張り、ザルドをメイから離した。


「メイ、ごめんね。」

「いやーいいって。エイミの親父さん、本当に好きなんだねぇ。」

「メイ殿、分かって下さるか!いや、ミグランス城で見てきた物はいずれも素晴らしかった。一日中見ていられる!あれを肴に飯も食える!」

「い、いやぁ、そこまで褒められると照れるなぁ。」


自分達の作った物を熱烈に褒められて、メイは照れ臭そうにこめかみを掻いていた。

するとザルドが何を思ったか、一歩下がるといきなりその場に土下座した。


「メイ殿、俺を弟子にしてくれ!いや、弟子にして下さい!」

「「「ええぇぇぇ~?!」」」  

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