第3話 あれを芸術と言わずして何と言う

 若干?のトラブルはあったがアルド達は無事に王都ユニガンへ到着した。三人はユニガンで予約しておいた宿屋へ荷物を置くと、ユニガンの町へと繰り出した。


「ザオル、今日はユニガンの町を見て回ろうか。鍛冶屋で武器や防具も扱ってるから覗いてみるか?」

「おおっ!ここにも武器屋があるのか。」

「そりゃあるわよ。」


エイミが冷たい突っ込みをしたが、それは浮かれているザオルにスルーされた。


「とりあえず、行ってみるか。」


三人はアルドの案内でユニガンの町を見て回った。いや、見て回った・・・はずだ。


「あのーお客さん?」


ザオルは鍛冶屋の商品を一つ一つ手に取ってじっくり、それはじっくりと眺めていたのだ。


「はあぁぁぁ~。」


ザオルはうっとりしながら展示してある商品を眺めていた。店主の声など聞こえている訳がない。


「くう~っ、この曲線美がたまらないぜ・・・」

「あの~何かご入用の物はありますか~?」


他の客も数組、店の前まで来てはみたものの、ザオルの様子に怖気づいてしまい、店には立ち寄らずそのまま通り過ぎて行ってしまった。


「なあエイミ。ザオルって、いつもあんな感じなのか?」

「いや、私もあんな父さん初めて見たから驚いてるのよ・・・。」


アルドとエイミの二人もザオルのテンションについて行けず、店の前でザオルを遠巻きにして待機中である。


「あの~お客さん?うちの商品を褒めてくれるのは嬉しいんですが。他の客もどっか行っちゃったし、買わないならそろそろ帰ってくれない?おーい、聞いてる~?」

「・・・。」


ザオルには全く聞こえてい無いようだ。痺れを切らした店主がザオルの肩をポンポンと叩いた。


「お客さん、何かお探しですか?」

「んあ?」


ようやく我に返ったザオルが店主の方を振り向いた。


「うん?何か言ったか?」

「ええぇ~俺の話、全く聞こえてなかったのかよ!あれだけ散々話しかけてたのに?」

「そうか?全く気付かなかったが。」


マイペース過ぎるザオルにアルドとエイミは呆れて苦笑するしかなかった。


「そろそろ店を閉めたいんだよね。今日はもうお客さんとお連れさん達しかいないんだよ。」

「それは失礼した。いやぁ~実に良い物を沢山見させてもらったよ。」

「そんなに褒めてくれるんなら、今度来た時は見てるだけじゃなくて何か買ってくれよ。こんな調子で店に居座られたら店が潰れちまう。」

「す、すまん。どれもいい品だから迷い過ぎて決められなかったんだ。次からは気をつけるよ。」

「お客さん、褒めても何も出ないよ。さあ、帰った帰った。」

「すまない、また来るよ。」


ザオルは店主に謝ると店の前を離れた。


「も~父さんってば、営業妨害も甚だしいわ。自分はさっさとお店からお客さんを追い出してるくせに。」

「すまんすまん。見たい物ばかりあり過ぎてな。」


すっかり待ちくたびれたエイミがザオルを窘めた。


「ザオル、満足してくれたみたいだな。気に入った物はあったか?」

「ああ、あり過ぎてあれこれ目移りしちまってなぁ・・・決められなかった。」

「ははは。何か買うなら明日だな。とりあえず今日は宿に戻ろうか。」


漸く商品の前から離れたザオルを回収し、三人は宿へと足を向けた。


「エイミ、俺は騎士団に明日の予定を確認してくるよ。ザオルと先に宿に戻っててくれるか?」

「ええ分かったわ。私も少し疲れたから部屋で休ませてもらうわ。食事はアルドが戻って来てからでいい?」

「少し待たせるかもしれないけど、そうしてもらおうかな。それじゃあエイミ、後は頼んだ。」

「ええ、父さんのことは任せておいて。」


アルドは宿の前まで来るとエイミ達と別れ、ミグランス城を目指して一人歩いて行った。


 


 アルドがミグランス城に着くと、衛兵が門を開けてくれた。外はだんだん薄暗くなってきている。


「どうぞお通り下さい。」

「ああ、ありがとう。」


アルドは礼を言って騎士団の詰め所へ向かった。


「ん~誰かいないかなぁ。」


詰め所までの道すがら、知った顔がいないかふらふらと探しながら歩くアルド。


「動くなっ!」


アルドはいきなり背後から拘束され、首筋に鋭い物が押し当てられた。


「ほわっ?!」


アルドが動かせる範囲で首をギギギ・・・と後ろに動かすと、そこには見覚えのある顔があった。


「ア、アナベル?」

「お前、なぜ私の名を知っている?」

「アルドだよ、アルド。アナベル、久しぶり。」

「何だ、アルドか。全く、紛らわしい真似をしないでくれ。城の者達に不審者と思われてたぞ。」

「いや、急に城に来たから知り合いがいないかと探しながら歩いてたんだ。」


アルドと分かったアナベルはアルドの拘束を解くと、アルドの横に並んで立った。


「それで、アルドは誰を探していたんだ?」

「ああ・・・特に誰とは。実は、俺の知ってる王国騎士団の誰かいるかなあと思って、騎士団の詰め所に行こうとしてた。」

「それで、この辺りをウロウロしてたと。」

「ああ。」

「私も王国騎士団の一員だが、騎士団に何か用でもあるのか?」

「明日知り合いと一緒に、騎士団の訓練を見学させてもらえないかと思って。」

「アルドの知り合いって、私が知っている者か?」

「ああ、俺の他にはエイミとエイミの親父殿のザオルの二人だ。」

「エイミ殿・・・確かに、アルド達と共に私も仲間の一人として冒険したこともあったな。エイミ殿と、それに彼女の親父殿なら見学しても問題ないだろう。」

「それで、騎士団の明日の予定を確認しようと思って詰め所に行く途中だったんだが・・・アナベル、ここで俺と立ち話しててもいいのか?」

「そうだな。詳しくは詰め所に行ってから話そうか。」


二人は並んだまま無言で王国騎士団の詰め所へ向かった。


アルドはハプニングはあったものの、割と早く知り合いに出会えて良かったと思った。まして出会えたのは聖騎士のアナベルだ。アナベルは騎士団の中でもかなりの実力者だ。こうした個人的な頼みも、力ある者に話を通しておいた方が早い。



 久しぶりに訪れた騎士団の詰め所には何人か騎士がいたが、アナベル以外アルドが知っている者はいなかった。


「うわぁ~ここの中で俺が知ってる人ってアナベルしかいなかった。」

「そうか。アルド、私に出会えて僥倖だったな。」

「全くだ。助かったよ。」


一人の見習い騎士がアナベル達の方へやって来た。


「アナベル様。失礼ですが、そちらの方は・・・?」

「ああ、アルドか?以前魔獣軍がミグランス城に攻めてきた時、魔獣王を倒した者だ。」

「―――っ!」


後ろで耳をそばだてていた騎士達にさっと緊張が走った。アルドの見た目からそのような事を成し遂げたような人物には見えなかったのだろう。


「これは大変失礼致しました。アナベル様、我々はこの部屋から退出した方がよろしいでしょうか?」

「いや、明日の予定を確認しに来ただけだ。そのままで構わない。」

「ああ、俺も宿でエイミ達を待たせてるから、用が終わったらすぐに帰るよ。」

「今のところ急な依頼はないな。」

「アナベル、こちらこそ急に頼んで良かったのか?」

「ああ。大まかな予定は立てているが、突然魔獣討伐に駆り出されることもあるから、事前に言われていてもこちらの予定自体が変わることもある。直前に言ってもらった方が、今の所は確実だ。」

「俺もバルオキーの警備隊にいた頃はそうだったから、何となく分かるよ。」


アナベルは詰め所に届いている依頼と明日の予定を確認した。


「今のところ急ぎの依頼は無い。明日の訓練は通常通り午前中に行う。」

「分かった。午前中だな。」

「アルド。騎士団の朝は早い。宿で朝食を終えたらすぐに来ないと訓練には間に合わないぞ。」

「ああ、覚えておくよ。アナベル、ありがとう。」

「それからアルド、明日は訓練場に直接来てくれ。私から衛兵にそのように伝えておく。」

「それは助かるよ。それじゃあアナベル、また明日。」

「ああ、また明日。アルド、見送りは無くて大丈夫か?」

「宿に帰るだけだから大丈夫。気遣いありがとう。」


アナベルとはそのまま騎士団の詰め所で別れ、アルドは急いで宿に戻った。


「アルド、お帰り。」

「二人共、結構待たせたんじゃないか?。」

「ううん、少し休ませてもらったから平気よね、父さん。」

「ああ、俺はこれ位全然平気だ。」

「今日の夜はユニガンの酒場に行こうと思ってたんだが、明日は朝食後すぐに出かけることになった。夕食は宿の中ここで済ませよう。」

「俺は食えれば何でもいいぜ。」

「私もよ。自分で食事を作らなくていいなら何でもいいわ。」

「二人共こだわりがないなら俺も助かるけど・・・。本当に大丈夫か?」

「ええ。」

「おうよ。」

「なら下の食堂に行って食事にしよう。」


 三人は宿屋の食堂で和やかに夕食を取った。食事はいつも通り美味しかったが、アルドは心の中でエイミ親子の普段の食生活を密かにと心配した。


翌朝。


朝食後、荷物を宿に預かってもらい、三人はミグランス城へ向かった。城門前の衛兵がアルドの姿を認めると、門を開けてくれた。


「アルド様。このまま訓練所へお越し下さいとアナベル様より言付かっております。」

「ああ、ありがとう。」

「アルド、ちょっと待って。父さんが・・・。」


そのまま城内に入り訓練所へ向かおうとしたアルドだったが、エイミに引き留められた。


「ん、ザオルがどうかしたか?」


アルドは振り返るとエイミの所まで戻って来た。ザオルは城門の前で衛兵に見とれていた。


「はぁぁぁ~なんて素晴らしいんだ・・・。」


「はいはい。父さん、邪魔になるからほら、行くよ。」

「ザオル、これから行く訓練所には同じ装備を身に着けた人が沢山いるよ。」

「何っ、本当か!それならそうと早く言ってくれよ。」

「はははっ、そんなに気に入ったのか?まずは訓練所へ行こう。」


衛兵の前で動かないザオルを引っ張るようにして、三人は訓練場へ向かった。訓練場へ着くと騎士達がちらほらと準備運動をして身体をほぐしていた。その中にアナベルの姿もあったので、アルドはエイミとザオルを連れてアナベルへ挨拶に行き、邪魔にならないよう三人で見学者用のブースへ移動した。そうこうしているうちに、訓練場に騎士達の数が増えてきた。


 ドーン!


太鼓か何かの大きい音を合図に騎士達は整列した。アナベルが前に出て整列した騎士達に何かを語りかけ、右手を上げると騎士たちはザッと訓練場内に散開した。どうやら、訓練が始まったようだ。


「おおぉぉぉ~っ・・・素晴らしい!これぞまさに動く芸術!」


ザオルが両手を握り締め、感動に打ち震えていた。


「は?」

「ザルド?」


ザオルはエイミとアルドの言葉が聞こえていないようで、一心不乱に騎士団員達が動く様子を眺めていた。しばらくすると、騎士達が一対一で打ち合いを始めた。


「ああああっ、芸術品がっ!」


急にザオルが立ち上がると、訓練中の騎士団員達の方へ向かって走り始めた。慌ててアルドとエイミの二人でザオルを追いかけて羽交い絞めにすると、引きずるようにして、何とか見学者用のブースまで連れ戻した。


「ザオル、危ないじゃないか。こんなことしたら出入り禁止になるぞ!」

「げ、げげげ芸術品に傷がついてしまうじゃないか!」

「え、芸術品って何?ちょっと、父さん頭大丈夫?」


「「「・・・・・・。」」」


訓練場内で騎士達の声が響く中、見学者ブース内に沈黙が漂った。


「あーザオル・・・芸術品って、もしかして騎士団員達が身に着けている装備のことか?」

「そうだ!あれを芸術と言わずして何と言う!」


ザオルがきっぱりと言い切った。


「芸術ぅ?」


エイミはザオルの言うことについて行けないらしい。


「ザオル、落ち着け。あれは騎士団員が使っている一般的な物だ。」

「ええっ、そうなのか?あれが普段使いとは羨まし過ぎる。何と贅沢な。」

「危ないからとりあえず訓練中はここでじっとしててくれ。怪我をされると困る。」

「父さん、になるよ。」


『出禁』という言葉を聞いてザオルが身体をビクッとさせた。その様子を見て、深くは突っ込まないでおこうと思ったアルドである。


「す、すまん。気をつける。」


アルドとエイミに注意されて若干大人しくなったザオルだったが、目は爛々として身を乗り出して見学していた。時々ザオルの口から賞賛の溜息や独り言が零れ落ちていた。



 訓練を終えたアナベルがアルド達のいる見学者ブースまで来てくれた。


「訓練はいつもこんな感じだ。どうだったか?」


兜を脱ぎ、額から流れる汗を拭くアナベル。


「素晴らしい!素晴らしいの一言に尽きる。」


ザオルがアナベルにパッと駆け寄り、アナベルの鎧をべたべたと触り始めた。


「ちょっと父さん、いきなり触るなんて失礼でしょ!」

「ぐうっ。」


エイミがさっとアナベルの横に回り込み、ザオルの腹にパンチを繰り出してアナベルから引き剥がした。


「アナベル、ごめんね。父さんが暴走したわ。」

「ははは。敵意は無さそうだったから大丈夫だと思ってそのままにしたんだけど、かえって気を遣わせてしまったか?」

「いやぁ~俺も実際想定外だった。アナベル、訓練の邪魔にならなかったか?」

「あれくらいのことで訓練に支障が出たら、それこそ王国騎士団の名折れだろう。」

「そうか。そう言ってもらえると有難いよ。」

「ところでザオル、王都の鍛冶屋で買いたい物は決まったか?」

「じつはまだ迷い過ぎて決められないんだ。」

「それなら、今見た騎士団の装備を実際に近くで見てみるか?」


アナベルがザオルを見て言った。


「え?できるのか?」

「ああ。私がいれば大丈夫だろう。実際に触れてみて、自分にどの武器が向いているか位なら助言できるぞ。」

「さすが聖騎士だけのことはあるな。アナベル、お願いしていいか?」

「アナベル、仕事の邪魔してない?」

「今日はそこまで忙しくないから大丈夫だ。さ、善は急げだ。こちらへ。」

「お、俺が訓練場に入っていいのか?」

「逆に訓練場の中じゃないと武器は触れないぞ。」

「そ、それなら是非とも宜しく頼む。」


 ザオルはアナベルに向かって一礼した。アナベルはそれを見て微笑むと、人気のなくなった訓練場に三人を案内したのだった。

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