第2話 ユニガンへは次元戦艦に乗って

 「アルド、父さんを次元戦艦に乗せちゃって大丈夫なの?」


エイミが心配して聞いて来た。しかしそう言うエイミ自身だって、かつては敵だった次元戦艦に侵入し、その中で戦ったこともある。



「ああ、俺も色々と考えたんだけどな。時空の穴の場所を教えて、ザオルに勝手にあちこち行き来される方が困るだろ?」

「・・・・・・。」




「そうね。父さんなら絶対と言っていい位やりそう。」


暫しの沈黙のあと、渋い顔をしたエイミが溜息をついて同意した。アルドですら、空き時間ができた途端、いそいそと時空の穴へ向かうザオルの姿がありありと想像できてしまうのだ。


「時空の穴は街中に繋がっている安全な所もあるが、魔獣がいる場所に繋がっている所もある。」

「そうだったわね。」

「ザオルなら鍛えていそうだから、恐らくヌアル平原や月影の森の浅い所の魔獣位は対処できるだろう。だが、月影の森の奥やカレク湿原は、軽装で戦いに慣れてない者が一人で行くには危険な場所だ。俺としてもザオルが勝手に一人で行って、怪我をされても困る。」

「ただの怪我で済めばいいんだけど・・・アルド、ほんとゴメンねぇ―――。」


エイミが顔の前で両手を合わせ、アルドに謝った。


 「それはそうと、エルジオンのどこから次元戦艦に乗るの?派手に目立ってしまったらアルドも困るでしょう?」

「いつもは街中の人が少ない所で乗るようにしてるけど、ザオルと一緒のときはエルジオンエアポートからに乗ることにしようと考えてる。」

「分かった。その辺はアルドに任せるわ。ユニガンやバルオキーで父さんを連れて行った後でどうするかも、すっかりアルドにお任せになってしまうわね。」

「俺が言い出したんだからさ、気にしなくていいよ。大船にでも乗った気分でいてくれ。」

「ええ。実際、本当にものすごく大きな船で行くんだし。」

「ああ、全くだ。」


二人は顔を見合わせてクスクス笑った。それから二人はザオルのことや互いの近況をぽつぽつと語り合った。



 あらかた二人の間で話すことが無くなるとアルドは席を立ち、うーんと伸びをした。

 

「一週間後にまたエシャール堂に行くよ。ザオルに注意しておきたいこともあるし、エイミもある程度向こうでの予定が分かっていた方が安心だろ。」

「ええ。そうして貰えると私も助かるわ。」

「さっき店に行った時に使った奥の部屋で説明すればいいかな?」

「そうね。父さんにもそう伝えておくわ。」

「よし、今日はこれでバルオキーに帰るよ。ザオルにも宜しくって伝えておいて。」

「分かった。私も帰ることにするわ。」


「「それじゃ、また来週。」」


 二人は酒場の前で手を振って分かれた。


「さて、じっちゃんにも言っておかないとな。俺もバルオキーに帰るか。」


アルドはエルジオンの人通りの少ない所まで来ると次元戦艦に乗り込み、合成鬼竜にバルオキーまで送ってもらった。



 翌朝。緑の村バルオキー。


「おはよう、じっちゃん。ちょっといいか?」

「おお、おはようアルド。何じゃ、お前の方から話しかけてくるなんて珍しいな。」

「ちょっと頼みたいことがあって。」

「二週間後、俺の仲間と仲間の親父さんがユニガンとバルオキーに来る予定があってさ。ユニガンは宿屋に泊まればいいけど、バルオキ―に宿屋なんてないだろう?バルオキーに来てもらった時にどこに泊まってもらえばいいのか?」

「そんなもん、うちに泊まってもらえばいいんじゃ。」

「いいのか?」

「ああ。アルド、儂を誰だと思ってる?」

「じっちゃんはじっちゃんだけど。」

「儂は曲がりなりにもバルオキーの村長じゃ。村に宿屋がないのなら、ユニガンや他の町から来た役人や商人をもてなすのは村長の仕事じゃて。アルドも冒険に出かけた時に、宿屋のない所では長の家に泊めてもらったこと位あるじゃろう?」

「ああ・・・そんなこともあったっけなぁ?」


アルドは頭の中で今までの冒険の記憶を引っ張り出した。そう言われてみればそうだったか。


「まさかここに入り切れない位、大勢アルドのお仲間が来るのか?」

「いや、今回は仲間一人とその親父殿の合わせて二人だ。」

「二人なら問題なかろう。遠慮なくうちに泊まってもらうといい。」

「じっちゃんがいいって言うならそうさせてもらうよ。それから、村の中を案内するのは俺でいいか?」

「そうじゃな。アルドのお仲間なら、お前が案内した方が向こうも気を遣わんでいいじゃろう。お前が連れて行きたい所には前もって言っておくんじゃよ。」

「分かった。早速声を掛けに行ってくるよ。」


 アルドはエイミとザオルの二人の訪問ないし見学の許可を取るべく、バルオキーの村内を回った。


「さて、あとはエイミたちの方か。」



 一週間後の夕方、イシャール堂。


「おおアルド殿、待ってたぞ!」


ザオルがアルドに再会の抱擁しながら背中をバシバシと叩いて歓迎してくれた。ザオルは職人でもあるから叩く力も結構、いや、非常に強い。


「おいザオル、痛いってば。とりあえず離してくれっ。それから俺に『殿』はつけなくていいからっ。」

「すまんすまん、いやぁ~この一週間待ち遠しくてな。ささ、こっちだ。」


アルドから身体を離したザオルは笑顔で店の奥の応接室へ案内してくれた。先週も訪れた部屋だ。


「アルド、適当に座ってくれや。エイミもじきに帰って来るから少し待っててくれ。」

「ああ。話はエイミが帰って来てからでいいか?」

「もちろんだ。俺だけじゃ分からねぇこともあるだろうからな。今回はエイミも一緒に行くからエイミもいなきゃダメだろう。」


程なくしてエイミがハンターの仕事から帰って来た。


「ただいま~アルドお待たせ。」

「エイミ、お帰り。」

「おう、お前の準備ができ次第始めるぞ。」

「ちょっと父さん、アルドが来てくれたのに何も出してないの?」

「悪い悪い、舞い上がっててすっかり忘れてた。」

「全くもう、仕方ないわね。皆コーヒーでいい?」

「「ああ。」」

「コーヒー淹れて来るからちょっと待ってて。」


エイミは一旦部屋を出ると、三人分のコーヒーと軽食を持って帰って来た。


「はぁ~っ。疲れたぁ~っ。」


コーヒーを一口飲んでエイミがほっと溜息をついた。


「あー、エイミ。そろそろ始めていいか?」

「ごめんごめん、遅くなるといけないから始めよう。お腹減っちゃったから、ちょっと摘みながらでいい?」

「ああ。俺も適当な所で頂くよ。ありがとう。」



 アルドは真顔でザオルの方を向き、話し始めた。


「ザオル。」

「お、おう。」

「俺もこういう頼まれ事を普段は受けないんだが、今回はエイミの頼みだ。今回の件、俺とエイミ以外には他言無用だ。ザオル、できるか?このことを約束できないのなら、ここで今回の話は終わりだ。」

「おいアルド、えれぇ怖い顔だな。」

「俺も知り合いが多いから、この手の頼みは結構多くてさ。引き受け続けてたらキリがないから、本当はなるべく受けないようにしてるんだ。それでザオル、ちゃんと約束できるのか?」

「ああ、男に二言はねぇ。約束するよ。そのかわりと言っちゃなんだが、アルドがここに来た時は思い切り喋らせてくれ。」

「ああ、思い出話ならいくらでも付き合うよ。エイミも今回の件は内緒で頼む。」

「ええ、分かったわ。」


エイミもコーヒーをすすると静かに肯いた。


「まずは第一段階クリアといったところか。まずは・・・ザオルって自分の武器は持っているのか?」

「俺はエイミみたく暴れてないから、スチームナックル位しかないな。せいぜい護身用だ。」

「ちょっ・・・父さん、いくら何でも私の扱い酷過ぎない?」

「一応武器はある、と。それからザオル、防具は持ってるのか?」

「ん、これか?」


ザオルは自分の首に掛かっている首飾りを見せてくれた。スチールチョーカーか。武器も防具もエルジオン在住の者なら普通に手に入る一般的な物だ。ザオルの見た目は筋骨隆々としており、とてもがたいが良い。戦士としても十分通用する位なのにこの装備である。


「あーエイミ、ちょっといいか?」

「何?」


アルドはエイミをちょいちょいっと手招きして、小声で話し始めた。


「ザオルってとても強そうだけれど、戦えないのか?」

「ん~昔は戦ってたわよ。私と違って、母さんが亡くなってから戦うのを止めただけ。」

「そうか。要らぬことを聞いて申し訳ない。」

「いいえ、アルドが不思議に思っても仕方がないわ。父さんって、あの見た目でしょ。私だって事情を知らなかったらそう思うもの。」


エイミは自分の席に戻ると微笑んだ。


「アルド、話を続けましょ。」

「まずはエルジオンから王都ユニガンへ行く。」

「アルド、その~ユニガンまではどうやって行くんだ?」

「次元戦艦で行くつもりだよ。」

「前に空に浮かんでたでっけぇ船か?」

「ああ。」

「おお~あれに乗れるのか?やったぜ!」


それを聞いたザオルは一気に機嫌が良くなった。浮かれていると言ってもいいだろう。


「あ~ザオル、まだ話は終わってないから喜ぶのは後にしてくれ。」

「もー父さんってば、はしゃぎ過ぎ。」

「すまん、俺としたことが。」


エイミにまで説教されて照れながらも少し落ち着いたザオルであった。


「それでユニガンで一泊してから、カレク湿原を通って俺の故郷であるバルオキーに歩いて行く。バルオキーで一泊して、また次元戦艦に乗ってエルジオンまで戻る。二泊三日の予定だ。」

「初めて行くんだからそれ位でいいんじゃない。いきなりお店を任せられる方も大変でしょ。」

「そうだな。」


「エイミは現役のハンターだから戦えるよな?」

「ええ。問題ないわ。自分の装備はちゃんと持って行くわよ。」

「ああ、そうしてくれ。それから、俺とエイミはユニガンからバルオキーまで行く間に出くわした魔獣と戦うことになると思うが、ザオルは平気か?」

「う~ん、どうだろう。アルド、そもそも魔獣って何だ?」

「ざっくり言えば自分達を襲ってくる敵だな。動物、植物・・・人型なんかもいるけど、今度通る所は動物と植物が変化したものと思っていればいい。ザオルのことは俺とエイミで守るから、後ろでじっとしててくれ。」

「わかった。エルジオンに出るような合成人間や機械みたいなのは出ないんだな?」

「ああ。」

「それなら俺は後ろで大人しくしとくよ。せっかくの機会をおじゃんにしたら勿体無いからな。」

「分かった。宜しく頼む。それから持ち物は・・・着替えがあれば十分かな。」

「ねえアルド、お金は?」

「とりあえず俺が立て替えておいて、後で精算すればいいかな。」

「アルドのお言葉に甘えて、今回はそうさせてもらうわ。」

「それから、来週はエルジオン・エアポート集合でいいか?」

「ええ、いいわよ。」

「ええと、エルジオンからエアポートに出てすぐの所辺り―――」

「ああ、それならシータ区画だな。俺達がシータ区画を出てすぐの所にいればいいんだな?」

「ああ。そこで二人共待っててもらえると助かる。」

「分かったわ。」

「そうさせてもらうぜ。」

「それじゃあまた来週。」

「ええ、またね。」




 一週間後。ついにザオルが憧れのミグランス王朝へ向け、エルジオンを飛び立つ日である。


「おいエイミ、アルドはまだ来ないのか。」

「まだだってば。父さん、はしゃぎ過ぎだって。ちょっと落ち着こう?」


待ちきれないザオルは集合場所で辺りをウロウロしていた。


「お待たせ。」


アルドがシータ区画の方からやって来た。


「じゃあ行こうか。」

「ええ。ほら父さん、行くわよ」

「お、おうっ。」


三人は連れ立ってエルジオン・エアポートの人気がない所へ移動した。


「ええとザオル、ここから次元戦艦に乗り込むよ。」

「おいアルド。船らしき姿は全く見えないんだが、本当にここでいいのか?」

「ああ大丈夫だ。向こうからは俺達のことはちゃんと見えてる。合成鬼竜、頼んだ。」


アルドの声を合図に三人の姿がエルジオン・エアポートから消え、気付くと三人は次元戦艦の中にいた。


「おおお~っ!いつの間にか乗り込んでる。」

「はいはい、父さんは静かにして。」


何回も乗ったことのあるエイミは冷静である。


「とりあえず休憩できる船室へ荷物を置きに行こう。」

「そうね。」

「お、おう。」


アルドを先頭に、三人は次元戦艦の船尾?へと向かった。


 「おっ、これ何だ?」


三人の一番後ろを歩いていたザオルが、突然振り返ると通路の赤いボタンを押した。


ブーッ、ブーッ、ブーッ・・・


「ええぇぇぇぇっ!」

「ちょっと父さん!何やってんのよ!」


エイミが物凄い剣幕でザオルを怒鳴りつけた。


「い、いやぁ・・・あそこのボタンが『押してくれ』って俺に言うからさぁ。」

「ま、まぁ・・・確かに押してみたくはなるけどな。」


実はアルドも合成鬼竜と戦った時に同じボタンを押している。ザオルの気持ちも分かるだけあって、エイミのようには怒れなかった。


 船室に荷物を置くと、あとは王都ユニガンに着くまで休憩時間、即ち自由時間である。


「アルド、折角だから船内をあちこち見て来てもいいか?」

「ああ。色々あるから見て来るといいよ。」


ザオルはいそいそと船室を出て行った。


 「ねえアルド。私、嫌な予感がするんだけど。」


ザオルを見送ったエイミがアルドに話しかけた途端―――


ブーッ、ブーッ、ブーッ・・・


「やっぱりやりやがったっ!あんのクソ親父っ!」


エイミは再びやらかしたザオルを探しに船室を飛び出していった。


「あ~ザオルの奴、大丈夫か?」


起きてしまったことは仕方がない。アルドはのんびりエイミの後を追いかけて行った。


「父さん、何でまたボタン押したのよ?」

「いや、だって、さっきと違う場所にあるから、違うボタンなのかなぁと思って・・・」


アルドがエイミ達に追い付いたのは、怖い顔をしたエイミにザオルが言い訳している時だった。


「そもそもボタンは押すためにあるだろうが!」


エイミに怒鳴られたザオルの反撃が始まった。


「だからと言って、無闇に押していい訳ないでしょう!」


「あー・・・だめだこりゃ。」


白熱する二人を他所に、ひとしきり親子喧嘩が終わるまで待とう、と思ったアルドであった。


その後二人はどうなったかと言うと―――ユニガンに到着するまでエイミが船室で仁王立ちしたまま、ザオルをずっと見張っていたのであった。

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