武器屋の情熱は時を越える

礼依ミズホ

第1話 憧れのミグランス王朝

 曙光都市エルジオン・ガンマ区画。エイミがハンターとしてその日の仕事を終え、自宅でもあるイシャール堂に帰って来た。


「ただい―――」

「エイミィィ――――――っ!」


帰宅するなり両肩をがっしりと父親に掴まれ、身体を勢いよく前後に揺すられる。


「ちょっ、父さん?」


エイミは父親に声を掛けたが、父の勢いは止まる気配がない。


「父さん、ちょっとやめてってば・・・あーもう、やめてって言って止めるような輩じゃなかったわね。スマッシュダウン!」


エイミは軽く息を吸うと、父親の腹にパンチを繰り出した。


ここは自宅兼父ザオルが経営するウエポンショップだ。自分も一応看板娘と言われているし、父やお抱えの職人達が作った商品も陳列してある。大事な商品を壊さないようパンチの威力は敢えて抑えておいた。弱い者なら十分し得るするスキルだが、日頃から異常な程に身体を鍛え上げているザオルなら気絶はしないだろう。


「ああ、すまんすまん。エイミお帰り。」


エイミの一撃で我に返ったザオルは彼女の肩から手を離した。


「もうっ、帰って来るなり何なのよ!」

「いや、ちょっと俺のハートを熱くする話を思い出したからさ。」

「げっ。」


エイミはザオルの言葉を聞いてとても嫌な予感がした。


「私お腹減ったから、とりあえず先に食事にしない?」

「そ、そうだな…食事にするか。」


今日の食事当番はエイミだ。パンはいつも近所のパン屋に頼んで配達してもらっている。パンの他はスープ、肉と野菜を焼いた物に酒場特製の秘伝のたれを掛けた物だ。今回は幸いケシズミにはならず、若干焦げただけで済んだ。


「おっ、今日は黒くないな・・・んぐっ。」


席に着くなり、手酌でエールを飲み始めたザオルが皿の中身をちらりと見て言った。


、ね。」


澄ました顔で答えるエイミだが、テーブルの下で向かい側に座っているザオルの脛を蹴り上げることは忘れていない。素知らぬふりをしてエイミは食事を続けた。


一緒に食卓を囲むがそれぞれのペースで食事を済ませ、自分で使った食器は自分で下げて食器洗浄機に入れる。それが母イシャールを亡くしてからいつしか、家で食事をする時のルールになった。ザオルよりも遅く食べ終わったエイミが食器洗浄機のスイッチを入れ、コーヒーを淹れた。一つのカップをザオルの前に、もう一つを自分の前においてゆっくりと食後のコーヒーを味わった。


 「それで父さん、話って何?」

「ああ・・・。エイミ、お前の仲間にアルド君っていただろう?」

「え、アルド?まぁ最近は一緒に仕事してないけど、仲間なのは確かだわ。で、アルドがどうかしたの?」

「アルド君は初めて会った時から変わった格好をしてただろ。」

「ええ。最初に会った時、エルジオンの事知らないって言ってたから驚いたわよねぇ。」


エイミはアルドと出会った当初を思い出し、あれから色々と沢山の冒険をしたなぁと懐かしく感じた。


「それはそうとエイミ、アルド君が身に着けている装備ってどう見てもミグランス王朝時代のものに見えるんだが、お前、何か知ってるか。」

「確かにエルジオンでは見ない装備よねぇ。でも、アルドはあれが『普通』って言ってたわ。」

「普通、ねえ。」

「ちょっと待って。父さん今、ミグ・・・なんとかって言わなかった?」

「ん?ミグランス王朝のことか?」

「え・・・ミグランス―――?」


エイミの胸中に過去の冒険の記憶が蘇る。


「わ、私―――そう言えばミグランス城に行ったことがあったかも。」

「何だってぇぇぇ~~~っ?!」



 数日後。エイミに呼び出されたアルドがエシャール堂を訪れていた。


「アルド、わざわざエルジオンまで来てもらって悪いわね。」

「エイミの頼みだ。これ位どうってことないよ。」

「いや、実は今回は私のお願いってより、父さんからのお願いなんだけど・・・。」


とエイミが言い淀んでいると―――


 「アルド殿!」


店の奥から凄い勢いでザオルが出て来たかと思うと、いきなりアルドの前で土下座した。


「アルド殿・・・お、俺をアルド殿の時代に連れてってくれ!頼む、この通りだ!」

「・・・え?」


店内を微妙な空気が漂った。


「と、とりあえず二人共、奥で話そうか。ほら父さん、立って!奥へ行くよ。」


エイミは上ずった声でザオルの首根っこを掴んで立たせ、愛想笑いを浮かべると店の奥へ入って行った。アルドは変わらぬエイミ親子の様子を見て苦笑いすると、エイミの後について行った。



 店のカウンターの横を抜け、ソファーが置いてある部屋に入った。さしずめ、店の応接室といった感じだろうか。


「エイミ、ここは・・・?」

「店の応接室よ。オーダーメイドや特別な物を作る時は、依頼主の希望を詳しく聞けるよう、こちらで商談するの。」

「まあ最近はほとんど使ってないけどな。はっはっは。」

「もう、父さんってば・・・実は父さんの前でうっかり私がミグランス城に行ったことがある、って言ってしまったの。ごめんね、アルド。」

「あ~それでか。エイミ、俺達がミグランス城に行ったことがあるのは事実だ。それで、エイミの親父殿―――」

「―――ザオルだ。」

「ザオル殿。」

「ザオルでいい。」

「それならザオル、どうしてまたミグランス王朝の時代に行きたいのか教えてくれるか?」

「それは、アルド殿が使っているような装備が欲しいからだ。」

「え、ええと・・・装備って、まさかこれじゃないよな?」


アルドは腰の魔剣オーガベインを指してエイミーの父に尋ねた。


「まさか!そんな恐ろしい物、この目で拝めただけで十分だ。俺も鍛冶屋の端くれだから、そいつが偉い恐ろしい物だということは見ただけで分かる。」

「じゃあ、どんなのが欲しいのよ?」

「いわゆる普通の装備って言えばいいのか?」

「俺達が普段戦う時に使ってる武器や防具ってこと?」

「ああ。あの時代の物は普段使いの物でさえ十分美しいじゃないか。」

「は?美しい?」

「う~ん、美しさねぇ。」


アルドとエイミがザオルの言い分に驚き、目を瞠った。


「エルジオンの装備は機能性重視で、ロマンの欠片も一つもないだろう!」

「だって、戦うのに美しさとかロマンとか必要ないでしょう。倒すべき敵を倒し、自分の身体を守るための物なんだから。」


エイミはハンターとして活動してはいるが、ウエポンショップの看板娘でもある。エイミは今までの実戦経験と知識を踏まえて反論した。


「いや、美しさも兼ね備えてこその機能だ。機能美って言う言葉があるだろう!」

「何それ?ドレスじゃあるまいし。戦場では怪我を防いで生き残ることに価値があるわ。」

「俺も生きていくために売れる物を作っている。エルジオン風に洗練されていても、俺の美しいとは違うんだ。俺だって美しい物を作りたいんだよ!」

「美しくたって売れなかったら仕方がないでしょう!」

「そ、そうなのか・・・?」



 アルドは元々己の装備に強いこだわりを持たない方である。故郷バルオキーで警備隊に入った時も、同僚達がお金をコツコツ貯めて装備を自分好みの物に少しずつ買い替えていく中、別に使えるから問題ないと言って隊から支給された装備をそのまま使っていた位である。アルドが魔剣オーガベインを手にしても、それは変わることがなかった。装備に大したこだわりを持たないアルドが、エイミ親子が目の前で繰り広げている論争について行けるわけがない。


「あの~、エイミ?」


アルドはエイミの肩を軽く叩いた。


「あ~ごめん、アルドのことすっかり忘れてた。」

「久しぶりに白熱してしまったな。アルド殿、申し訳ない。」


親子で頭を下げてアルドに謝ってくれる辺り、こだわりを持った似た者同士なのだろう。


「なあ。一つ聞いていいか?」

「おう、何でも聞いてくれ。」

「もしザオルがミグランス王朝の時代に行くことができたとして、その間この店は誰が切り盛りするんだ?」



・・・・・・・・・・・・



沈黙が三人の周囲を覆った。


「おい、もしかして何も考えていなかったのか?」


アルドが冷汗をかきながら沈黙を破った。


「え、エイミが店番してくれるんじゃないのか?」

「父さん、冗談はよしてよ。私だってハンターの仕事があるんだから、そんな急に言われても困るわ。いつも店頭にいる人かお店に来てる職人さんじゃダメなの?」

「あいつは決まった素材の買い取りと商品の販売しか任せてない。残念だが、それ以上の仕事をできるかどうか分からねえ。職人の奴らは接客をしなくていいっていう条件でうちに来てるんだ。今更条件を変える訳にはいけないだろ。」

「そっか。それなら仕方がないわね。」


アルドは二人の様子を見て、何かひらめいたようだ。


「それなら、とりあえず二、三日試しに行ってみるか?」

「二、三日?」

「ここエルジオンと違って、移動は全て徒歩だからバルオキーと王都ユニガン位しか行けないと思うけど。」

「王都ユニガンって、確かミグランス城がある所よね。」

「何、ミグランス城?!」

「ああ。」

「あのミグランス王朝の中心と名高い城だろ?俺も入れるのか?」

「あ~王族のいる所は流石にザオルは無理だろうけど、王国騎士団に俺の知り合いがいるから、そいつに連絡しておけば騎士団の訓練位は見学できるんじゃないかな。」

「アルド殿、それは本当かっ?」

「ああ、ユニガンに行った時に俺から頼んでおくよ。」

「父さん、アルドは知り合いが多いから大丈夫だと思うわ。」

「騎士団ということは皆甲冑を着てるのか?」

「多くの連中はそうだねぇ。」

「それなら、何日後に出発できるか二人で相談してもらえるか?俺は酒場にでも行って時間を潰してくるよ。エイミ、決まったら酒場まで来てくれるか?」

「アルド、それ位お安い御用よ。ありがとう。」

「アルド殿、感謝する。」


 アルドはイシャール堂を出ると、酒場へと向かった。


「父さん、本当に大丈夫なの?」

「身体は鍛えてるんだ。問題ない。」

「父さんの身体についてはそこまで心配してないわ。私が心配してるのはお店の方よ。誰が店番するの?」

「いっそのこと、休みにしちまおうかな。」

「は?」

「前もって掲示しておけば大丈夫だろ。うちの店は毎日客でごった返してる訳でもないしな。」

「んーまあ、お店の方は父さんがそれでいいならそれでいいわ。それで、いつから行くの?」

「う~ん、二週間後なら大丈夫か?」

「二週間後・・・そうねぇ。それ位先なら、私も今やってる仕事が片付くから、新しい仕事を入れなければ大丈夫そうね。私も心配だからハンターの仕事を休んで父さんについて行くわ。それに、久しぶりに誰かに会えるかもしれないもの。」

「まあ、連れて行ってもらう俺の口からはエイミについて来るなとは言えないな。」


ザオルは肩を竦めたが、その表情はとても嬉しそうだ。


「それなら二週間後に出発で大丈夫か、アルドに聞いてくるわ。お店の人に色々説明するのは父さんだからね。」

「おう、任せとけ。ついでに積もる話でもして来いよ!」

「ええ、分かったわ!」


エイミは頷くと慌ただしく店を出て行った。




 酒場に着いたエイミは、ぐるっと中を見回してアルドの姿を探した。アルドはカウンター席に座って一人静かに何かを飲んでいた。


「アルド、お待たせ。」

「ああ、エイミ。思ったより早かったな。」

「何飲んでるの?」

「え、ジュースだけど?」

「ふふっ、相変わらずそこは変わってないのね。マスター、私もアルドと同じの一つちょうだい。」

「畏まりました。」


程なくアルドの隣に座ったエイミの前にジュースが置かれた。急いで来たエイミはグラスに口を付けると、ゴクゴクっと半分くらい一度に飲んでしまった。


「はぁ。父さんと話がついたわ。二週間後にエルジオンを出発でどうかしら。アルドの都合はどう?」

「二週間後ね。俺の予定はどうにでもできるから、問題ないよ。」

「アルド、ごめ・・・いいえ、ありがとう。実は父さんが心配だから私もついて行こうかと思ってるんだけど。」

「ああ、エイミが来てくれると俺も助かるな。」

「父さん・・・はしゃぐと何やらかすか分からないから。」

「あ~、確かに暴れられたら俺一人じゃ抑えきれなさそうだな。」


二人はザオルが興奮した姿を想像してげんなりした。


「それはそうと、ユニガンまでどうやって父さんを連れて行くの?」

「次元戦艦で行こうかと思ってる。」

「嘘でしょおぉぉぉ!!!」

「ほらエイミ、声が大きいって。」


慌ててエイミは両手で口を押えたが、酒場中の客の注目を浴びてしまっていた。

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