第10話 再会

「ヴェリアス様、一体どうすれば……」


 近くの騎士が泣き出しそうな顔でヴェリアスからの指示を求めている。

 分からないことが多すぎる。ヴェリアスは知るかと怒鳴りたいところだったが、騎士団長の身としてはそういうわけにもいかなかった。


「魔法大隊はどうした?」

「ほぼ全滅の様相です」

「騎士団は?」

「まだ半数は残っているかと」

「残った騎士団と兵を至急まとめて順次、左右の魔導師と堕天使に突撃させろ。何、奴らにしても魔力は有限。魔力が尽きたところで、奴らを叩っ斬れ!」


 指示を受けた騎士の目がこれ以上はないくらいに開かれる。

 そんな玉砕めいた絶望的な戦法は御免だとその目が語っている。


「馬鹿か! 既に城内に進入された以上、あの無茶苦茶な化け物相手に他の策などない。近くで戦うのが怖ければ、遠くから矢でも射ってろ。だが、何としてでも奴らの足を止めて魔力を使わせ切るのだ。さっさと行け! 俺は中央の魔王を止める」


 そう怒鳴られて、近くの騎士は蹴飛ばされたように走り出す。

 ヴェリアスは長剣を抜き払うと一歩、二歩と歩みを進める。するとクアトロが近づいて来るヴェリアスに気づいたようだった。魔族特有の赤い瞳をヴェリアスに向ける。


「我が名は、ベラージ帝国騎士団長、ヴェリアス。魔族の王、魔王クアトロ殿とお見受けするが、何ゆえにこのような暴挙をなさるおつもりか!」


 クアトロはその問いかけには何も答えず、一気にヴェリアスとの間をつめて来た。ヴェリアスの長剣とクアトロの長剣が宙で重なり合い、金属音が響き渡る。


「舐めるな、魔王!」


 ヴェリアスは一声吠えると、長剣の連撃を繰り出す。クアトロはその連撃を捌くものの一歩、二歩と後退する。どうやら剣技ではヴェリアスに分があるようだった。

 ヴェリアスが繰り出す連撃を捌きながら、クアトロは一瞬の隙を突いて、手のひらをヴェリアスに向けた。


「爆炎!」


 ヴェリアスに向けられたクアトロの手のひらから、炎の渦が吐き出され、瞬く間に炎の渦がヴェリアスを包む。

 だが……。

 炎の中でヴェリアスは、高笑いをしてみせた。事実、ヴェリアスは熱さも痛みも感じない。


「馬鹿め。この神々が鍛えたと言うこの鎧。魔族如きの魔法などは全てを弾き返してくれるわ!」


 魔族の王、クアトロが魔法剣士であることはヴェリアスも聞き及んでいた。だが、この鎧を着込んでさえいれば、例えどのような魔法であろうとも必ず弾き返す。そして、剣技は先程の一戦で自分の方が技量は上であることが明白だった。


 この勝負、貰ったと思うヴェリアスであった。

 因みにこの時ヴェリアスは気がついていなかった。上空の右上から堕天使スタシアナが、むーっと言った顔でヴェリアスを見ていたことに。

 ヴェリアスの言葉を聞き、クアトロは薄く笑った。


「面白い。神が鍛えた鎧とはな。ならば、こいつはどうだ?」

「馬鹿が! 魔法は無駄だ」

「神炎!」


 ヴェリアスが浮かべていた余裕の笑みがクアトロから放たれた炎に包まれた瞬間、絶叫に変わった。


「ふん。神々の国にしか存在しない炎だ。その鎧もこの炎で鍛えたのだろうよ。鎧ごと消滅しろ」

「クアトロ、ぼく、少しだけ心配したんですよー」


 上空からスタシアナが、のんびりとそんな言葉をクアトロにかけていた。

 ヴェリアスは消えゆく意識の中、そんな彼らの言葉を聞いた気がした。





 大きな爆音を皮切りとして断続的に爆音が続いていた。城の城門がある方向からは幾重にも黒煙が立ち昇っている。

 加えて城内外を問わずに人々の悲鳴や怒声が聞こえ続けていた。


 一体、何事だろうかと自室でアストリアは思っていた。最初の爆音が起こった時、ダースは直ぐにアストリアの自室に駆けつけてくれたのだった。彼はアストリアの安否を確認すると、状況を調べて来ると言ってすぐさま部屋を飛び出して、まだ戻って来てはいなかった。

 城門がある方向からの黒煙。その状況を見る限りでは、他国からの襲撃ではないかとアストリアは思っていた。だが、一体どこの国がとも思う。


「アストリア様!」


 部屋の扉が叩かれてダースが転がるように部屋の中に入って来た。


「魔族です。魔族の襲撃です!」


 ダースは息を切らせながら言う。


「魔族が?」


 思いもよらない言葉だった。魔族が何故、何の前触れもなくこの国を襲撃してくるのだろうか。


「それで、ダース卿、状況は?」

「城門は既に破られ、騎士団長ヴェリアス様は戦死。騎士団、魔法大隊は共に壊滅。城内は大混乱となっております」

「敵の数は?」

「それが、ほんの数名であると」


 数名? 

 情報が錯綜しているのだろうか。流石に数名でベラージ帝国の帝都を襲撃するとは思えない。ただ、いずれにしても小規模の軍勢であることは間違いなさそうであった。


「お父様、皇帝陛下はご無事で?」

「はっ。陛下は皇后陛下、皇太子殿下と共に無事、城を脱出されたとのことです」

「そうですか、それはよかった……」


 自身は捨て置いて行かれたという事実がありながらも、アストリアはそう安堵したのだった。


「アストリア様も急ぎお逃げになりませんと……」


 ダースのその言葉にアストリアは俯いた。その姿に不穏なものを感じてか、ダースはアストリアの名を再び呼んだ。


「アストリア様?」

「ダース卿、もうよいのです。危険を賭して逃げ延びたところで、私にさしたる運命が待っている訳ではありません」

「アストリア様、何を……」

「ダース卿も早く逃げなさい。足手まといの私がいなければ、生き残る可能性も高いはず」

「アストリア様、一体、何を仰って……私はアストリア様に騎士としての身分を頂いた時からこの剣をアストリア様に捧げております。アストリア様を置いて落ち延びるなどできる筈もありません!」


 ダースが放つ言葉の最後は絶叫に近かったかもしれない。ダースがそう言わざるを得ない程、アストリアの顔には決意めいたものが浮かんでいるのかもしれなかった。


「ダース卿、これは命令です。それに、ここに残った所で私が死ぬと決まっているわけでもないのですよ」

「ならば、私も残ります。ここに残り、アストリア様をお守り致します」

「ダース卿……」

「アストリア様には名ばかりの貧乏貴族であった私の家族を救って頂きました。更に私を騎士にまで取り立てて頂いた御恩、私ごときの命だけでは賄えませんが、それでもこの命は既に差し上げておりますゆえ……」


 ダースは片膝を床に着け、頭を下げて必死にそう言う。アストリアは両膝を床に着けるとダースの両手を取り、そっと自分の両手で包み込んだ。


「ダース卿、だからこそ生きてダース卿の母上様や妹君、弟君と再会してほしいのです」


 ダースは無言で黒い頭を左右に振る。


「ダース卿、ごめんなさい。物分かりがいい振りをしていましたが、本当は婚姻などは嫌なのです。ジスガリタの国王と婚姻を結ぶのであれば、一層このまま……」

「ならば私とお逃げ下さい。逃げて私の家がある田舎でひっそりとお暮らしになられれば……」


 今度はアストリアが明るい栗色の髪を左右に振る番だった。例え生き延びてそんな生活を手に入れられたとしても、いつかはアストリアがこの国の皇女であると周囲の者に知られてしまう時が来てしまうかもしれない。その時にダースたちが被る悲劇を思うと、そんな決断などアストリアにできる筈もなかった。


 そう言えば、同じようなことをあの時も言われたとアストリアが思った時だった。


 アストリアの自室の扉が勢いよく開けられ、部屋に乱入して来た影があった。

 瞬時にダースが抜刀して立ち上がる。

 

 部屋に乱入してきた影を見てアストリアは深緑色の瞳を見開いた。即座に飛びかかろうとしていたダースをアストリアは押し止める。

 

 乱入して来た影は濃くて赤い瞳をアストリアに向けた。


「さらいに来たぞ、アストリア!」

「……クアトロさん」

「さあ、来い。アストリアは魔族の王、この魔王クアトロの花嫁となるんだ。さあ、一緒に来い!」


 クアトロはそう言い、あの時と同じく片手をアストリアに差し出す。突然の出来事にアストリアは言葉の処理が追いついていなかった。


 魔族の王……。

 魔王……。

 花嫁……。

 一緒に……。


 少しだけ時が流れる。

やがて、アストリアはゆっくりと自分の片手を伸ばした。


「……はい。私、アストリアは魔族の王、魔王クアトロさんの花嫁になります」


 アストリアは微笑み、少し頬を赤らめて差し出されたクアトロの手を握る。手を握られたクアトロの頬が少しだけ赤みを帯びたような気がした。それはアストリアの気のせいだったのだろうか……。

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