第19話 ボブとアリス

「いすいす、いす、いすいす。」


「ごぎゃ。」


この気まずい空間をなんとかしようと思ったのか、ゴブリンが身振り手振りを交えながら、男との意思疎通を図る。


「い~す、い~す、いすいすいーすいすー。」


「ごぎゃ……。」


男の目に、そんなゴブリンの姿は映っていない。


(いす。いす。いす。)


あるのは椅子に対しての執着だけだ。


「ごぎゅ、ぐぎゅ、ぐぐ。」


アプローチの仕方を変えたようだ。


「いーす、いーす、いすいすー。」


「ごーぎゃ、ごーぎゃ、ごぎゃごぎゃー。」


男の行動をまねることで、自らに関心を持たせようとしている。


「いすいす。」


「ごぎゅごぎゅ。」


そんな時間が続き、奇跡が起こった。


「いすー!いす。」


「ごすー!いす。」


ゴブリンが、男と同じ言葉を発したのだ。


そこからは早かった。

成長曲線というものがある。

ありとあらゆる学習の効果は、頑張れば頑張った分だけ伸びるのではなく、ある一定の学習量を超えると急激に上昇を始めるという。

指数関数的に伸びるゴブリンの言語能力が、男との意思疎通を可能にした。


「いす、いす。」


男が喋る。


「いす、いす。」


ゴブリンが喋る。


(いすいす。いすいす。)


「いすー!」


理解しがたい会話内容だ。

だが、たがいに何かが通じ合っているらしい。


「「いすいす~、い~す♪」」


歌い始めた。聞いたことのないメロディーだ。おそらく、男の故郷の音楽と、ゴブリンたちに伝わる音楽を即興で組み合わせたものだろう。


「いすっ、いす~。」

「いすいっす~。」


踊り始める。これもまた、独特な踊りだ。椅子の形をまね、崩れ落ちる。椅子が倒れる様子を表現しているようだ。


「なにこれ……。」


ダンジョンコアが地上に戻ってきたようだ。

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