夜中に散歩するだけの話

ナカノユトリ

第1話


深夜一時。散歩に出たのは、夜風にあたりたかったとか、気分転換をしたかったとか、そういうのじゃなかったと思う。


ふと自分がしたいことがわからなくなって、無性にさみしくなってしまって、ふらっと外に出た。ただそれだけだった。


部屋着にしていた学生の頃のジャージに上着だけ羽織って、裸足にサンダル。財布と鍵だけポケットに突っ込んで、私は夜の旅に出た。


スマホはなんとなく、置いてきてしまった。多分、いま私が見たいものを見せてはくれないと思ったから。


「さむ」


白い溜息交じりに呟く。もう10月だ。夜は冷える。すでに青白くなった足を見て、靴下をはいて来ればよかったと思ったけれど、引き返すのも癪なのでそのまま行くことにした。


歩きながら、いろんなことを考えた。明日はハンバーグが食べたいとか、来週発売のゲーム楽しみだなとか、とりとめのないこと。でもそのうち、昨日言われた嫌な言葉や、うまくいかない現実なんかが流れ込んできて、もう一つ溜息をついた。


人は忘れる生き物である、とよく聞くけれど、そんなの嘘じゃないかと思う。傷つけられた言葉や過去の過ちを忘れられたことなんて一度もない。今まさに、妄執から逃れられずに夜道をさまよっているというのに。


しばらく歩くと、急に周りが明るくなった。視線をあげると、学生時代に友達とよく通ったコンビニがあった。学校帰りには、よくお菓子や肉まんを買い食いしていたものだ。


懐かしい、と思うと同時に、卒業してから足が遠のいていたことに気づいた。そこに行くと、いやでも思い出してしまうのだ。友達はみんな就職して上京したけれど、私だけ地元に残って夢を追い続けている。夢を追う、なんて言えば聞こえはいいけれど、つまりはただのフリーターなわけで。自分は自分だとわかってはいるけれど、どうしても比べてしまう。


「なんか買ってこうかな」


また出そうになった溜息を誤魔化すように呟いた。




「らっしゃあせー」


やる気のない店員の挨拶を受け流して、そそくさとお菓子売り場へ。最近のコンビニスイーツは気合が入っていて、専門店と比べても遜色ないほどだ。どれにしようか迷いながらふとポケットの財布を開けると、100円しか入っていなかった。そういえば明日給料日だから、とゲームを買ってしまったんだった。100円では駄菓子しか買えない。今度は遠慮なく溜息をついて、とぼとぼとコンビニを後にした。


ちょっとついてないことが重なるだけで、自分が世界で一番不幸なんじゃないかと疑ってしまう。ぜんぶ自分のせいなのはわかっているけれど、あまりにも狭い世界で生きている私にとっては目の前の出来事がすべてなのだ。


寒さといら立ちを誤魔化すためにあーとかうーとかうなりながら、コンビニ横の自販機に100円玉を突っ込んだ。ぴっ、という音とともに光ったのは、私が飲めないブラックコーヒーのボタンだけだった。


やっぱり私は世界で一番不幸だ。


「うりゃ」


中指を思いっきり立て、思いっきりボタンを押した。唇を噛んでしばらくうつむいて、あまりにも痛くてちょっと泣いた。


近くの公園のベンチに座り、両手で包み込むようにしてコーヒーを飲んだ。温かいので最初はおいしく感じたけれど、すぐに苦味がきて顔をしかめた。


「……にが」


やっぱり飲めないと思ったけれど、寒いのでまた口をつけた。そしてまた顔をしかめた。何度か繰り返すうち、どうにか缶は空になった。大きく溜息をついて空を見上げると、木々の隙間から白い星がいくつか見えた。


「わぁ」


いつも下を見て歩いているから気づかなかったけれど、この辺りでもそこそこ星が見えるらしい。綺麗な星空、というわけじゃないけれど、単純な私はそれだけで気分をよくしてしまった。さっきまでの憂鬱な気分もいら立ちもぜんぶ忘れて、しばらく小さなプラネタリウムに浸った。


「いつかみんなで見たいな」


今日はさんざんな一日だったけれど、なんだかこういうのも悪くないかな。今度久しぶりにみんなに連絡してみよう。立ち上がった私は少しかっこつけて、空き缶をゴミ箱に放り投げた。カコン、と小気味良い音を立て、空き缶はゴミ箱の外に転がった。ちぇっと舌打ちをしてゴミ箱まで歩いたけれど、たぶん私は笑っていた。



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