8限目同好会(4)

「すぐに座るので、ぼくのことは気にせずに続けちゃってください」


 鼓ヶ浦つづみがうら先輩の発表の出鼻をくじいた犯人は、はぁ、はぁと呼吸を整えながら、教室の前方に進んでいった。

 3年3組の石橋いしばしと名乗ったか。ベビーフェースで身長も僕より低そうに見え、見た目だけなら中学3年生くらいか。しかし、クラスが3組、数字クラスということは、3年制の生徒ということで、つまり高校3年らしい。


「まあ、時間には余裕があるので、待つことにするよ」

「ご迷惑かけます――いてっ」


 教壇の鼓ヶ浦先輩を見ていた彼は足下に注意が行っていなかったのか、机からはみ出ていた椅子の脚に自分の足を引っ掛け、ささやかな悲鳴をこぼした。そそっかしくて全く先輩っぽく見えない。3年生だというのにブレザーの袖を余らせているのもあり、可愛らしいドジっ子キャラっぽく思えてきた。男子だが。

 鼓ヶ浦先輩は、今日何度目かも分からない苦笑いを浮かべながら石橋先輩の動向を見守る。そして、彼が教室中央やや前寄りの席に着いたのを見届けると、空気を切り替えるようにパンと手を打った。


「では改めまして、5-eの鼓ヶ浦知愛ちあです。今日は『創作を行う場合に配慮すべき知的財産権について』というテーマで発表させてもらいますので、お聞きいただけると嬉しいです」


 石橋先輩の闖入ちんにゅうで流れが切れたこともあってか、鼓ヶ浦先輩の口調には先ほどの堅苦しさはなくなっていた。


「さて、まず最初にみんなに質問してみるけれど、今までに創作活動をしたことはあるかな? じゃあ、まずは依宣いのり

「創作ですか? 一般の中学生と同じ程度にはしてると思います。美術の授業で絵を描いたりとか」


 いきなりの質問にも中川なかがわさんは特に驚いた様子なく、用意してきたような回答を返す。リハーサルでもしていたのかもしれない。続いて僕にも質問が回ってきたが、創作の経験は大体同じようなものだ。芸術の選択は音楽だったので、美術選択の人ほど創作と言う創作はしていないかもしれないが。引き続き、石橋先輩に番が回る。


「スマホで手軽に創作できるこのご時世ですから、創作なんて毎日のようにしてますよ? 例えば、今日はこんなのを」


 それがまるで当然という語り口で答えたが、彼の回答はこれまでの2人のものとは随分と異なっていた。こんなテーマの発表を自主的に聞きに来るくらいだから、日頃からイラストなり小説なりを制作しているのかもしれない。

 石橋先輩はスマホを操作しながら席を立ち、教壇へ。つまずくことなく到達すると、鼓ヶ浦先輩に提示する。


「この文章に、このスクショは……」

「ね?」


 壇上で目線を交わす2人。教室の最後方にいる僕からは、苦笑いを超えて若干引きつり気味な表情を浮かべる鼓ヶ浦先輩しか見えない。その様子を見て気になったのか、中川さんも壇上に移動してスマホを覗き込んだ。そして――


「『現代文の授業中にこっそりメッセージのやり取りをする2人。バレバレで先生も気づいてるっぽいけど、慈愛に満ちた目で黙認。昨日晴れて付き合い始めたカップルをクラス全体で祝福するかのような、そんな温かい雰囲気が――ぼくは大っ嫌いです』」


 鳥肌が立ってしまうくらい迫真の演技だった。序盤の心温まるような雰囲気から一転、最後の1文でトーンが急に変わったのが、末恐ろしさを感じさせた。地声より少しだけ低めに、でも男子のものというには高い声で――つまり石橋先輩の声を真似て――中川さんは表情豊かに読み上げていた。

 今日が初対面だとすれば、2、3ことしか耳にしたことがないはずの石橋先輩の声を真似た中川さん。そして、彼女が読み上げた、日常の1コマにもかかわらずここまで感情を詰め込んだ文章を書いたという石橋先輩。2人とも只者ただものではないように思わされた。


「でも、これって創作なんですかー? ただの裏アカに吐き捨てた愚痴にしか見えませんけど?」


 そんな疑問を投げかけた中川さんは、ついさっきまで石橋先輩を演じていたとは思えない通常運転だった。


「うん、著作権法上の『著作物』の定義まで詳しく話すつもりは無かったのだけれど、せっかくだからその話から始めようか」


 鼓ヶ浦先輩がチョークを手にすると、壇上にいた残りの2人は元の位置に戻り、彼女の発表が再開された。


 その後、鼓ヶ浦先輩が話した内容はこうだ。

 『著作物』とは、『思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの』と著作権法第2条に定義されている。文芸と言う文言を見ると小説のようなものを想像するかもしれないが、決してそれに限られず、批評や作文、ブログの記事、SNSの投稿など、文章表現であれば該当すると考えていい。ただ、創作的な表現ではなく、単に事実を述べただけの文章は除かれる。

 だから、単に教室の情景を描写しただけではなく、それに対する感情を交えて紡がれている、先ほど石橋先輩の文章は著作物に該当すると考えられる。それどころか、その文章を感情豊かに読み上げた中川さんの演技さえ、著作隣接権の実演家の権利の保護対象になると解釈できる。


「という訳で、実は著作物は世に溢れている訳なのだけれど。ただ今回のテーマで話したかったのは、小説やマンガ、映画と言った、元々みんなが想像していたような創作をする際の話なんだよね」


 黒板には、著作権法第2条の条文だという文章が、所々の文言がマークアップされた状態で記されている。ここまで何も見ずに話していたあたり、彼女は今回の発表範囲だけでなく、著作権全般について随分と詳しいようだった。

 話を一区切りさせた鼓ヶ浦先輩は、チョークを置いて手元の資料に目を向けた。ここから本来の発表内容に戻るようだ。


「作品を創作する際には、実在の人物や動物、もの、あるいは架空の場合もあるかもしれないけれど、そういうものをモデルにしたり、そういったものから着想を得たりして制作することがあるっていうのは、本格的な創作をしない人も認識していることだと思うけれど。そういった作品、例えばどんなのがあるかな、南ヶ丘みなみがおかくん?」

「んー……、えふごとか?」


 クエストを回すのが面倒になって最近プレイしていなかったが、咄嗟に思い付いたのはそれだった。しかし言ってから気づいたが、鼓ヶ浦先輩はFGOを知っているだろうか? テレビでよくCMもやっているし、そこそこ知名度はあると思うが。


「おー、Fate/Grand Order。なかなか説明しやすい作品を挙げてくれたね。神話に出てくるような神々から、歴史的な革命家、著名な物語の登場人物、そして幼女まで、実在架空を問わず様々な人物をモデルにしたキャラクターが登場するそうで」


 幼女って誰だろう。伝聞調で話しているが、実は彼女、相当FGOに詳しいのではないだろうか。説明しやすいと言っているし、今回の話のために予習していたのかもしれないが。とにかく、先ほどの心配は杞憂きゆうだったようだ。

 その後、石橋先輩はスポーツゲーム(ウイニングイレブン)、動物の例を要求された中川さんは競馬ゲーム(ダービースタリオン)を挙げた。きっと中川さんにはカンペが渡されていたのだろう。彼女が競馬ゲームと縁があるようにはあまり思えない。


「このような作品で実在の存在を使うのには、いくつかのメリットがあるんだよね。例えば、サッカーのゲームを作るだけなら、選手を実在の人にする必要はない訳で。後で話すパブリシティ権などの兼ね合いもあるから、実在の選手をモデルにしたキャラクターを使うのにはかなりのコストが掛かるんだけど――」


 そこから鼓ヶ浦先輩が版権、IPについての話を嬉々として話し始める。

 しかし1分ほどした頃、僕の胸ポケットに入れたスマホがブルブルと震えた。どうせいつもの宣伝メールだろうと思って無視するが、なかなかバイブレーションが止まらない。

 これはもしや、僕のスマホには滅多に掛かってこないはずの電話と言うやつだろうか。緊急事態かもしれない。急いで取り出して確認すると案の定、着信中の文字。そして相手は――美旗みはた希実のぞみ

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