08話.[なりそうだけど]
「千晶、1年間ありがとね」
「……なんかお別れみたい」
「3年は一緒になれるか分からないからね」
終業式もHRも終わった後のため教室には私達の他に突っ伏している栞理しかいない。
みんなはお腹空いたとか、ただ早く帰ろうとか、そういう感じであっという間に解散ムードになって出ていった。
「栞理もありがとね、2ヶ月間ぐらいだったけど」
「おーう……」
「ん? 今日は調子が悪いの?」
「いや……実は今日父親が帰ってくる日でな、あんまり仲良くないから微妙な気持ちになってしまってな」
そうか、そういう人もいるよね。
父(母)と仲が悪くてできるだけ一緒にいる時間を減らしたいとかもあるよね。
「私のことは気にせずに帰ってくれ」
「あ、急ぐ必要はないから残るけど?」
「いや、明らかに向こうのお嬢さんが嫌そうな顔をしているからな、大丈夫だ、こっちこそありがとな」
「じゃ、なるべく遅くならないようにね」
「おう、それじゃあな」
明日から春休みだということを考えるとどちらにしても急ぐ必要はないな。
たまには千晶の家にでも行こうか、若菜はまだ学校だから家に帰ってもひとりだし。
「待って、どこに行くの?」
「え、千晶の家にだけど」
やはり来てもらうばかりなのは申し訳ないから。
寧ろ積極的にこちらから行ってあげるべきだと思う。
側にいてくれている時点で千晶はやることをやってくれているから。
「いいよ、七菜の家で」
「そう? いつも来てもらってばかりだからたまにはって思ったんだけどな」
いやまあ確かに自宅にいられた方が気楽でいいけどね。
突然彼女の親御さんがやって来て話をすることになっても緊張するし。
「で、家に着いた途端にこれ?」
「……好きなんだもん」
「いいよ、でも、ちょっと転んでいい?」
「え、いいけど」
なにがあったというわけじゃないけど疲れた。
まだまだ活躍してもらわなければならないこたつくん内に胸まで突っ込んで目を閉じる。
「3年生になっても同じクラスがいいね」
「あ、そ、そうだね」
「え、もしかして一緒のクラスになりたくないの?」
「そうじゃなくて、なんかいきなりで……」
いきなりではないだろう。
いつか離れると分かっていても、私はこの子に期待をしていたんだから。
なんだかんだで来てくれるって、どれだけうざ絡みをされても構わないってね。
その結果がこれだから過去の私は悪くない選択をしたのではないだろうか。
「栞理とも一緒がいいな、話せるようになったんだからせめて卒業までは絶対ね」
「うん、栞理はいい子だから」
「その前に」
「わっ、め、珍しいね、七菜から抱きついてくるなんて」
「うん、千晶に触れられているのは好きだから、だから自分から触れたらもっといいかなって」
結果は少しだけ分かったような、そうではないような。
私が甘えるよりも千晶から甘えられた方がいいかもしれない。
「いいよ、自由にしてくれれば」
「え、自由っ?」
彼女は大袈裟にがばっと上半身を起こしたから離しておいて良かった。
だってもう受け入れると言ったんだからなにをされようが構わないわけで。
「じゃ、じゃあ、キスも?」
「んー、それは付き合ってからかな」
「なら付き合おうよ」
えー、寝転んだままそう言うのはなんだかなあ。
じゃあ起きればいいじゃんという話だが本音を言わせてもらえばもっといい雰囲気であってほしいんだよね。
「私は好きだよ?」
「私だって千晶のこと好きだよ、なんだかんだで来てくれていたからね。千晶がいなかったら乗り切れなかったこともあるから」
逆にどうして来てくれていたのかが分かっていなかった。
でも、確実に私は彼女に支えられていて、彼女のことを求めていた。
どうせいつか終わりにされるなどとマイナス方向に考えていたのは、実際にそうなった場合のダメージを少なくするため。
強くないから仕方がない、あれが私なりにできる唯一の自衛策だったのだ。
あ、もちろん、いつか終わるからって考えて冷たくしたり避けたりはしていないが。
「って、いまのはそういうことでいいの?」
「もうそれでいいよ」
無駄に保留期間を長引かせるのは悪いことばかりしかない。
いまさらになって他の子にしたとか言われても困るから。
「キス」
「あ……私はしたことがないから」
「私はあるよ」
「は? ……じゃ、しない」
「お母さんと、小さい頃とかいっぱいされていたから」
いまそういうのはいいんだ。
簡単に相手を絶望に似た感じの気分にさせる天才だな。
「というかさ、過去にしていたかどうかを気にするんだね」
「あ、当たり前でしょっ」
「女の子とはしていないし、男の子となんかなんにもないよ」
「……し、したければすれば?」
仰向けにして目を閉じる。
別にこっちが積極的にしているというわけではないのなら耐えられる。
で、彼女は躊躇なくくっつけてきたわけだけど、
「んー!」
長い、目を閉じていたのが馬鹿だった、接近をちゃんと見て息を多く吸っておくべきだった。
「ん! んー!」
肩を何度もタップしていたらやっとやめてくれたものの初回からぶっ飛ばしすぎだろう……。
「はぁ……はぁ……」
「はぁ、どうだった? いまの私だったら素潜りも結構できそうだけど」
単純にすごすぎる、運動能力の高さがここにも影響が出ているということなのだろうか。
でもまあいいか、満足そうな顔をしているからこっちも同じように考えておけば。
「ふぅ、長すぎ」
「これまで散々我慢させてきたんだから開放するでしょ」
「我慢させてきたって言うけどさ、勝手に千晶が無理だって考えていただけじゃない?」
そのせいで変にすれ違いになったりもしたからね。
やる前から無理だって考えてしまうのは私もそうだけど勝手に私がそうするって決めつけられるのは心外だった。
せめてぶつけていざ実際にそうなってからでいいじゃないか――と、考えるのは告白される側だったから?
ま、こんなことを考えているけど自分がそうなったらまず間違いなく彼女と同じ選択をしただろうからね。」
偉そうに言うべきではないね。
「七菜を何度も諦めようとしたんだよ、いざ実際に求めたら嫌われると思ったから」
「そんなこと考えないでよ」
「いいの、もう変わったんだから」
確かにそうだな、これ以上前のことを話しても意味はない。
「ただいま――って、いいわね、七菜も千晶もゆっくりできて」
「へへへ、若菜も高校生になったらこうだよ、夏休み前とか冬休み前とか終業式前とかにね」
「なんか七菜も千晶に似てきたわね、ま、千晶じゃなくて七菜が姉で良かったけど」
若菜の方は旧態依然といった感じのようだ。
千晶には必ず言葉で刺す。
とはいえ、そこまで酷いものではないから気にする必要もないだろう。
「それより若菜ももう卒業だね」
「今年は、今年もあまり変わらなかったわ、受験勉強もほとんど学校でやっていたし」
「受験前は私達の前でも見せてくれたよね」
「なにもしていないと不安になるから、家事とかをやってくれたのは実はすごい嬉しかったわ」
「はは、それなら良かった」
少しは大切な妹の力になれて良かった。
家事ぐらいしかしてやれないのはなんとも言えないところだけど私にはできないから動かない方がいいって開き直ってなにもしないでいるよりはよっぽどいいと思うから。
「で、今日はやけに甘々な雰囲気が漂っているけど、なにかしたの?」
「あ、受け入れたんだよ」
「七菜が決めたなら仕方がないわね、おめでとう」
「ありがとう」
私との約束があるから千晶の方は若菜に対して自由には言えない。
でも、千晶ばかりに我慢させるのは違うから一応若菜に言っておいた、納得してくれるかどうかは期待せず。
「……七菜の彼女を悪く言うのは良くないわよね、気をつけるわ」
「あ、あんまり無理しなくていい……った! 痛いよっ」
「……若菜ちゃんに甘すぎ」
「違う、だから対応の仕方を少し考えてねって言ったでしょ」
この先他の女の子と話をしていたりしたら毎回つねられそうだ。
だから気をつけようと決めた。
守ろうとしたって結局は駄目になりそうだけどね。
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