07話.[それになにより]

 バレンタインデー。

 大量の人から求められるということもないのでネットを見てぱぱっと作った物を渡した。

 あげる相手は若菜と千晶、そして今年は栞理ぐらいだからそこまで気を使う必要はない。

 でも、


「若菜ちゃんと同じなのは納得できるけど、なんで最近話し始めたばかりの栞理とも同じ大きさなの!」


 最近の千晶のことだから納得しないかな~なんて考えていたが実際にその通りになってしまったということになる。

 はぁ、気持ちは1番込めたよとか嘘を言っておけば納得するだろうか?

 今年もちゃんと忘れずに渡しただけで感謝してほしい。

 とりあえず文句を言う千晶は放っておいて部屋に引きこもる。

 いまは不安からか若菜も微妙なテンションなので刺激するべきではないからだ。

 とはいえ、いつまでも引きこもっておくことができないというのも事実。

 なので1時間ぐらいベッドでゆっくり休憩してから下に移動して調理を始めた。


「私はまだ納得できてないからね」

「なんで当たり前のようにいるの?」

「あ、当たり前でしょっ」

「しー」

「あ……、もう、七菜のせいなんだから」


 よく言うよ、受け取った瞬間にばくばくと食べ始めたくせに。

 というか、ここのところ毎日ご飯を食べて帰っているけど大丈夫なのかな?

 一応、私は千晶のご両親と話したことは結構ある。

 だが、こういうことが積み重なるとイメージが悪くなってしまう可能性もあるわけで。

 私が文句を言われかねない、例え千晶の意思でここにいるのだとしても。

 けどさあ、この状態の千晶が聞くわけがないよねという考えもあって。

 調理を終え、若菜を呼んで一緒に食べて、食べ終えた後も言うことはしなかった。

 いま自分を守るためにそんなことを言ったらまず間違いなく避けているとか言われかねないしね、そうしたらもっと大変になってしまう。


「七菜、私はお風呂に入ってくるわね」

「うん、私は千晶を送ってくるよ」

「気をつけなさいよ? あと、暖かくして」

「ありがと、若菜も湯冷めしないように気をつけてね」


 来てくれるのはありがたいけどこうして送ることが増えるのはデメリットと言うしかない。

 単純に寒い、暗い、怖いわけではないものの、できることなら家にいて家事ができた方がいいに決まっている。


「千晶、あんまりわがまま言わないで」

「そんなの七菜が私に決めてくれたら言わなくていいんだけど?」

「って、それは嘘でしょ? 私には興味ないでしょ」

「こ、これだけ露骨に近くにいるのに興味がないわけないじゃん!」


 彼女はこちらの腕を掴んで無理やり引っ張ってきた。

 いきなりぐいってされたらそっちの方に傾くのは当然で、そのまま勢い良く千晶に抱きしめられたという流れ。


「七菜が私って決めてくれるならもう少し我慢する、若菜ちゃんにだってわざと悪く言ったりしないで普通に接する、栞理にだって優しくするよ? あっ、別に脅したいわけじゃなくてっ、私はただその……」

「いいから歩きながら話そうよ」


 選ばれるのはひとりだから、仮に好きでも誰かは選ばれないで終わるのが現実。

 ふたりと付き合うのは現実的ではないだろう、世の中には物好きな人がいてそういうのを選ぶ可能性もあるのかもしれないが。


「着いたね」

「……やっぱりだめなんだ、いざ実際に求めると応えてくれないんだね」

「ちょっと待ってよ、勝手にそう決めつけて逃げないで。仮にそういうつもりで動くのだとしても心の準備が必要なんだよ。大体、栞理のことはどうするの? 好きだって言ってくれたのに私といるばっかりで全然あれじゃん」


 どれだよという話だが事実その通りだったから言わさせてもらった。

 

「好きって言ってくれたことは嬉しいよ? でも、私は七菜と付き合い……たいから」

「なら栞理にはっきり言ってよ、結局私と上手くいかなかったときに栞理とか他の子を求められたらやっていられないし」


 精神が微妙に成長しきっていないから自分に損なことがあるのは嫌なのだ。

 自分がその気になったら離れて他の人のところに行きましたじゃふざけるなと怒ることになるから。

 だったらそうなる前に離れてほしい、私が望むことはそれだけだ。


「分かった、そもそも私は七菜が好きなんだからね」

「え、それってなんで?」

「なんでって……優しいからだよ、私がどんなにふざけても怒ったり冷たい反応をしないで接してくれたから」


 この前のも怒鳴ったというより叫んだだけだろうか?

 事実、他人に偉そうに言える人間ではなかったから彼女に怒ったことはない。

 切られるのは私だと考えていたから冷たくもしていなかった、いつか来てくれなくなるけどいまは来てくれるからと考えて。

 だからこそこの前のはむかついたけどね、だって勝手に悲観して勝手に避けていたからさ。


「そっか、じゃあもう帰るね、これ以上外にいたら風邪を引いちゃうから」

「ま、待ってよ、言わせるだけ言わせて自分は帰るって……」

「すぐに出せることじゃないから、だからちゃんと栞理に言ってからはそういうつもりでいることにするからさ」

「……うん、それなら」

「うん、だから今日は解散、それじゃあね」


 ふぅ、……栞理に対しては頑張れとか無責任に応援していないから大丈夫だよね?

 一応、言ったことぐらいは守るつもりでいる人間だ。

 千晶がはっきりしてくれればちゃんと向き合うからと内で呟きつつ家へと歩いたのだった。




 公立受験の日がやってきた。

 私達は休みとなっているので千晶と一緒に勉強をしている。

 こうでもしていないと不安になるし、約束を守った彼女に対して私も約束を守らなければならないから。

 とはいえ、この前よりも逆に不安も少ないというなんとも言えない中途半端状態のまま家で過ごしていた。

 ちなみに、勉強をやっている理由は期末テストが目の前にあるからだ。


「疲れた……」

「確かに朝からずっとやっていたもんね」


 とりあえず若菜が帰ってくるまで頑張ろうなんて無謀なことを言ってしまったのだ。

 そんなこと余程の人でなければできないのに馬鹿なことを言ったと思う。


「七菜ー」

「はいはい、よしよーし」

「へへへ、若菜ちゃんが帰ってくるまでずっとこうしていたい」


 さすがにそれは長すぎではないだろうか。

 トイレとか行きたくなるだろうし、なによりお昼ご飯を作りたくなるから無理だ。


「ね、私はちゃんと言ったよ?」

「だから拒んでないでしょ?」

「……じゃ、このままでもいいの?」

「そもそも呼んだのは私だしね、付き合ってもらっているんだから付き合ってあげるよ」

「ありがと」


 ほとんどない胸に顔を当てている彼女の頭を撫でて。

 若菜が帰ってきたらめちゃくちゃ撫でてあげようと決めた。


「……いま他の女の子のことを考えているでしょ」

「うん、若菜のことをね、帰ってきたら頭を撫でてあげようと思って」


 最近は本当に頑張っていたからなあ。

 それでこたつに半身を突っ込んだまま寝落ちしていたときがあって心配になったぐらいだ。

 合格が分かったらなにか作ってあげたい、飲食店を望むならまた私が払うという前提で連れて行こう。

 そう、あまり頼りないだろうけど私が母親代わりみたいなものなのだ!


「私はお母さんだからね」

「お母さんじゃ嫌だよ、それだと付き合えないじゃん」

「もう、どれだけ私のことが好きなのさ、元日だって当たり前のように私を放置して友達と遊びに行っちゃったのに」

「あれは気づいたら七菜がいなかったから誘われたから付いて行かなければならないって思ったの、一応そっちも大切なわけだし……」


 ま、私を見失いかけているときに友達から誘われたらそりゃそっちを優先するだろうなとしか思えなかった。

 大体、私は自由にしてくれればいいと考えていたんだから今日わざわざ口にしてしまったのが悪いとしか言いようがないので謝っておいた。


「ああ、お願いします、何事もなく無事に終わってください」

「若菜ちゃんなら大丈夫だよ、七菜と一緒でしっかりしているし」

「いやあの子がしっかりしているのは確かだけど私がしっかりしているわけないでしょ」


 すぐに正当化しようとするしね。

 家事をしているのだって感謝してほしいからかもしれない。

 と言うよりも、甘えてほしいからやっているだけだ。

 なにかをやるのは基本的に若菜の方が上手いからありがた迷惑な可能性もある。

 良かれと思ってやっていることが相手にとってもいいことだとは限らないんだよね。


「そういうネガティブな思考は禁止」

「千晶がそれを言うの? ちょっとおかしいね」

「私が無駄にそうしちゃったからだよ」

「そうだよね、そういう風に考えたところでよりマイナスになるだけだからやめておくよ」


 いまはただただ若菜が無事に帰ってくることだけを願っておこう。

 それでたまにトイレに行ったり、ご飯を作って食べたりした以外は千晶に自由にさせて時間をつぶしていた。

 もう16時ぐらいだからそろそろ帰ってくると思うんだけどと考えたときのこと。


「ただいま」

「お、おかえり!」


 若菜が至って普通の雰囲気をまとったまま帰ってきて期待と不安が綯い交ぜになる。


「なんで七菜がそんな顔をしているのよ」

「あ、で、できた?」

「できたわよ、明日もまだあるけど少し安心できたわ」

「それなら良かった」


 受験が無事に終わってくれると凄く助かる。

 何故なら不安になることもなくなるからだ。

 自分が受験生のときはここまで緊張しなかったんだけどな。


「千晶どきなさい」

「えー、反対側に入ればいいでしょ」

「いいからどきなさい」


 机の幅が大きくないからそういう風に入ると足がどうしても当たる。

 同じ方向に足を向けているのであれば、つまり並んで入っているのであればいいんだけど。


「やっぱりこたつがまだ最強よねー」

「3月でも寒いよねー」

「って、あんたは朝から入っていたんでしょ?」

「と言っても、勉強をしていたからね?」

「嘘ね、千晶は絶対に七菜に甘えるだけで集中できていなかったわよね」


 私も全く集中できていませんでした。

 だって1度休憩してからは現在までなにも勉強をしていなかったんだから。


「若菜ちゃんもぎゅー」

「って、足に触れないでよ」

「だってただ靴下を履いているだけで寒そうだから」

「こたつで十分暖まっているわよ」


 ま、若菜をゆっくり休ませるためにも私は我慢――はしないで千晶を追い出して入った。

 わーわーと文句を言ってくる千晶は無視して、暖かさに触れつつまったりとしたのだった。




「期末テストも終わったからもう2年生も終わったようなものだね」

「確かにね」


 若菜も無事に合格となったことだし、今回ばかりは千晶の言う通りだ。

 大学に行こうとするのであれば来年は――というか今年は受験生ということになる。


「千晶、七菜、ちょっといいか?」

「あ、栞理……」

「おいおい、いちいちそんな反応をしてくれるなよ」


 こうしてふたりが話しているところは久しぶりに見た気が。

 テスト週間中は千晶も栞理も別の子達と多く一緒にいたから新鮮に見える。

 でも、ふたりの間には色々あったんだろう。

 だって振った、振られたの関係だからね。


「コーヒーショップの割引券を貰ったんだけどさ、ふたりがいいなら一緒に行かないか?」

「栞里がいいなら」

「私も」

「よし、それなら行こうぜ、実は今日までなんだよ」

 

 こっちが気を使うまでもなく自然とふたりは並んで歩き始めた。

 最初は少しぎこちなかったものの、すぐにいつも通りになり始めて一安心。


「お、少し賑わっているな」

「平日の微妙な時間なのにすごいね」


 こういうお店は利用しないから詳しそうなふたりに任せておくことに。

 お金を渡して席を確保、……意識が高い系の人がいっぱいいる気がして居づらいぞ。


「七菜、ほら」

「ありがとう、お砂糖は……あった」


 残念ながらブラックを飲めるような大人ではないから入れた。

 そうしたら元が分からないもののマイルドな味になっていい気分に。

 3月とはいえまだ寒いから温かい飲み物を飲むとほっとする。


「それでふたりはどうなんだ? もう恋人同士とか?」

「こっ、……まだそうなってはいないよ、そういうつもりで一緒にいるけど」

「頑張れよな……って言おうとしたけど、頑張るのは千晶の方か」


 またなんでこういうことを自分から口にしてしまうのか。

 実はMだったとか? 容姿は整っているから逆にというパターンもありそうだけどさ。


「そんな顔をするなよ、別に責めたりしたいわけじゃないぞ?」

「でもさ、栞理にとって面白くない話だから……」

「私から言っているんだから気にするな。どっちにしろ私は好きになってもらう資格なんてなかったんだよ、上手くいかなかったからってあんなことをしたんだからな」


 本人が同性好きを公言していたからなんとかなったことだ。

 あとは単純に男の子といようとしていなかったことが大きい……かな?

 あ、でも、その場合でも裏で会っているとか適当に言われたら終わりか。

 とにかくあれだな、他人に引かれようと女の子が好きとかお胸を揉みたいとか言いまくっていたことがいい結果に繋がったことになるね。


「というわけでだ、気にせずに仲良くしてくれ」

「うん、そういう約束だからね」


 ここで引っかかって前に進もうとしない方が問題か。

 それになにより、私がそれならはっきり言ってと頼んだのだから私が振らさせたようなもの。

 あまり長居してもあれだから退店することになったがその間も切り替えることだけに専念していた。

 また喋っていない千晶の相手をちゃんとしてあげなければならない。


「それじゃあな、付き合ってくれてありがとう」

「ううん、私の方こそ安く飲めて良かったよ。ああいう場所を利用することもないから誘ってもらえて良かった、ありがとう」

「おう、じゃあな」

「うん、ばいばい」


 黙ったままの千晶の手を掴んで家までの道を歩いていく。

 どうせ大人しく帰る子ではないからこれでも構わないだろう。

 私が作ったご飯が食べたいってよく言ってくれているし、作って食べてもらえばいい。

 いまはまだお昼、軽くでも食べればすぐに満足できるしね。


「千晶、なにが食べたい?」

「ご飯とお味噌汁」

「え、それでいいの? それならすぐ作るけど」


 あ、そういえば若菜の卒業式ももう目の前にあるのか。

 さすがに両親ふたりとも休みにしてもらうみたいだ、だから少し悩んでいる。

 私も制服を着て行くかどうかを。

 一応在学中であれば制服でもいいみたいだけど……浮かないかなとずっと不安になって前に進まないのだ。


「あっ、ご飯はすぐにできるからあっちに行ってて」

「やだ」

「じゃ、とりあえず油揚げと玉ねぎを切るまでは抱きしめるのやめて」


 背後から抱きしめたり、側面から抱きしめてきたりするから大変で。

 単純に動きづらいのも嫌だった、触れられることは別に嫌ではないけど。

 で、当たり前のように切って水の入った小鍋に入れてからはくっついてきて。


「私は約束をちゃんと守ってるよ」

「うん、守ってないなんて思ってないけど」

「だから、応えてよ」

「あ、それって好きってことに対するあれか」


 そういうつもりで動くと決めてからもう1ヶ月ぐらいか。

 実際に甘えてくれるから千晶と一緒にいたけど無意味な気がする。

 だって嫌じゃないから、好きになってもらえるのは普通に嬉しいのだ。


「とりあえず、ご飯を食べよう」

「……とりあえずで逃げるの好きだよね、でも、お腹空いたから食べる」


 なんでもそう、ご飯を食べるなどで区切りをつければなんとかなる。

 嫌どころか嬉しいけどそれとこれとは違う、勢いだけでは駄目なんだ。

 私が作ったお味噌汁を「熱ー」とか言いながら飲んでいる千晶を見て余計にそう思った。

 

「七菜? 全然食べてないけどどうしたの?」

「千晶、不安にならなくていいからね、私はただ雰囲気を大事にしたいだけだから」

「えっと……?」

「だからさ、受け入れるからちょっと待っててってこと。普段と同じ雰囲気のときにそのまま済ませたくないってことだよ、いただきます」


 改めて挨拶をしてご飯を食べて。

 単体でも意外と食べられるものだ、お味噌汁があったらもっと捗る。

 味噌さえあればもう十分だ、自分ひとりだけだったらわざわざ具材は入れなくてもいいかな。


「ごちそうさまでした――あれ? そう言ってきた千晶こそ食べてないじゃん、洗い物をしたいから早く食べてくださーい」


 って、その理由を作ったのは私なんだからこれ以上は言わないけど。

 とにかく気にしないふりをして洗い物をすることだけに専念していた。

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