06話.[近づくと離れて]

 まるで磁石のようだった。

 私が近づくと離れていく。

 みんなが近づくと当たり前のようにそのままで。

 寂しさや悲しみではなく段々とむかつきが大きくなってきた。

 当たり前だ、自分だけ避けられているなんて納得できない。

 それに私は千晶のことを考えて言ってあげたのにこれってありえないだろう。


「千晶っ!」


 逃げようとした彼女の腕を掴んで止める。

 なんで私が止める側なんだ、普通は逆なんじゃないの?

 普段のハイテンションな彼女はどこにいったんだよ。


「……離して」

「離さない、逃げないなら離すけど」

「逃げないから離して」

「信じられないから離さない」

「矛盾してるじゃん!」


 なにをそんな不安になっているのか。

 信じるつもりで手を離してみたら少しだけ彼女は逃げた。

 出っ張りに体を隠して顔だけ出してこっちを見てくる彼女に苦笑。


「なにをそんなに不安になってるの?」

「……自分は関係ないから好きにやれって言われたような気がした」

「そんなことないでしょ、自分が大澤さんがいいかもって言ったんでしょ」


 そこ止まりだとは言っていたがそれは過去のことに引っ張られていたからだ。

 大きなことを得るためには小さいなことに拘るのをやめるしかない。

 完璧なことなんてほとんどない、全部に意識を向けていたら疲れてしまうだけ。

 そういう取捨選択が得意なんじゃなかったのか?

 それとも、それは取捨選択とは言わないのだろうか。


「帰ろ? というか、逃げないでよ」

「七菜のせいでしょ」

「いいから帰ろうっ、ご飯なら作ってあげるからっ」

「うん……、帰る」


 若菜の言うように彼女もそこら辺にいる女の子と変わらないということだよね。

 彼女は怯える側じゃなくて怯えさせる側だと思ったけどなあ。

 切られてもいいとか考えたけど、いつか切られるんだという恐れはあった。

 残念ながら強い人間ではないから仕方がないことだ。

 でも、結局は彼女も――何度同じことを考えるのかと呆れた。


「私は突き放すためにああ言ったわけじゃなかったんだよ?」

「……信じられない」

「それでもいいから避けるのはやめてよ、段々とむかついてきていたからね」


 これまで怒ったことはないものの、今回ので爆発しそうだった。

 そうしたら彼女はもっと避けるだろうからどうしようもなくなっていたことだろう。

 だからこれも私なりの優しさだ、無駄に怒って自分が傷つく必要もなくなるし。


「七菜……」

「逃げたりしないよー」


 調理しているときに来られると危ないからやめてほしい。

 この家は私の家なんだからどうやったって逃げられないんだからさ。

 利用するようにして悪いが、やはり若菜がいてくれた方がいいな。

 千晶も若菜がいてくれた方が安心するだろう。

 ひとりだからこっちにきてしまっているわけだから。

 ただ、何時に帰ってくるか分からないんだよなあと。

 あの子は大体17時半から19時半の間で帰宅するからなかなかに対応が難しいときもある。


「ご飯できちゃったなあ」


 が、帰ってくる気配はなし。

 先に食べるような薄情な姉ではないから千晶にだけ食べさせておくことにする。

 一旦家に帰ってゆっくりした方がいい。

 だっていまは冷静じゃないだけだから。


「美味しい?」

「うん、美味しい」

「良かった、どうせならできたてを食べてほしいからね」


 本当なら若菜の帰宅時間に合わせてご飯を作るべきなんだろうけどさすがにそこまではできないから後で温めてもらうしかない。

 だからそのかわりに待つということで姉力を見せていこうと考えていた。

 偽善なのかもだけどね、後に回すとこたつから出られないかもしれないから許してほしい。


「泊まってもいい?」

「ん? あ、じゃあお風呂溜めてくるよ、着替えは私のやつを貸すから大丈夫だしね」


 下着は……使ってもらうしかないな、残念ながらサイズが違うのでね。

 ぐぅ、ご飯を見ていると食べたくなる、湯気が下から上に昇っているところを見ると余計に。


「ただい――」

「遅いよ!」

「ははは、ごめんごめん」


 もったいないけど1品ずつ温めて出来たてに似たレベルにしてもらう。

 本当に電子レンジってすごい、あってくれて良かった。


「「いただきます」」


 ああ、美味しい。

 で、少し満たされると別のことが気になってくる。

 それはあれだ、受験勉強は捗っているのか、ということ。

 ただ、直接聞くとプレッシャーになりかねない、姉がするべきではないことだ。


「おかえり」

「うん」

「って、なんであんたいんの?」

「今日は泊まって行くんだって」


 無駄にマイナスに考えてまた避けられるぐらいなら近くにいてくれた方がいい。

 食べ終えたら若菜には先にお風呂に行かせて、私はいつも通り洗い物。


「七菜……」

「まだお風呂に入ってないから抱きつくのは後」

「けち……」


 せっかく綺麗な状態なんだから汚したくないと考えるのが自然だろう。

 何度も言うが、この子の相手をするのは大変だ。

 大澤さんさえ良ければよく見ておいてあげてほしい。

 そして、上手く彼女を振り向かせてくれれば――とまで考えて、これが原因で避けられることになったんだよなと考え直した。

 というか、言われなくても大澤さんはそのつもりで動いているんだろうからね。

 で、約束通りこちらがお風呂に入った後は自由にさせていたんだけど……。


「あんた七菜に甘えすぎ」

「い、いいでしょ、そういう約束なんだから」


 千晶は左腕を、若菜は右腕を抱きながら言い合いを続けているからうるさい。

 なんでこのふたりは自然と言い合いになってしまうのだろうか。

 そのことが私はよく分からない、仲良くしたいなら素直になればいいのに。


「若菜ちゃんはもうちょっと受験勉強を頑張ってきた方がいいんじゃないかな~」

「あんたこそもうちょっと遠慮した方がいいんじゃない? 年上なんだから」


 どっちの言い分も分かる気がする。

 ただまあ、そのことに関しては言うつもりもない。


「む」

「は?」

「それ以上続けるなら離れてもらうよ?」

「「それは嫌なのでやめます」」


 ただしこちらは別だ、少なくとも人を挟んですることではないから止めた。

 私が単純に仰向けが辛くなってきて若菜の方を向いたら今度は私に文句を言い始める千晶。

 贔屓しているとか言われても困る、いつも寝るときは横を向いているからこれが癖になっているというだけなのだ。

 ……意図的に若菜の方を向いたのはあるからあれだけど。

 それからふたりはすぐに静かになってくれたうえに、静かな寝息を立て始めた。


「おやすみ」


 そう、仲良くしておけばいいのだ。

 恥ずかしいのかもしれないが照れ隠しのための偽物のキャラクター性はいらない。

 ずっとこうして仲良くしてくれていればいいなあ。




「お、仲直りできたんだな」

「うん、いい加減にしてって叫んでね」


 べったりになってしまったことはいいのか悪いのか分からない。

 少なくとも横の席の大澤さんにとって悪いことだということは分かっているが。


「それなら3人で飯でも食べに行くか」

「じゃ、若菜も連れてきていい?」

「ん? おう、いいぞ」


 もう私立受験が近いからなんでもやる気維持のために利用してほしい。

 今日はこのお姉ちゃんが代わりに払ってあげようじゃないか。

 その後は残念なことにはなるものの、若菜が喜んでくれるのならそれが1番。

 妹が喜ぶ=私も嬉しいだから悪いことはなにもない。


「なんかファミレスに来たのは久しぶりな気がするわ」

「そうだね、基本は私が作った物を食べてもらっているから」


 放課後にやって来ました、学校近くにあるファミリーレストラン。

 色々な種類の物の中から選べるからなかなかにいいお店だと考えている。


「え、七菜が払ってくれるの?」

「うんっ、任せてよっ」


 私は「お、お姉ちゃんっ」と言って抱きしめてくれるものだと思っていた。

 昔は呼び捨てではなくそう呼んでくれていたから淡い期待もあったのだ。

 だが、若菜はあくまでも無表情のまま「それなら任せるのはやめるわ」と言ってきた!?

 なので、残念ながら姉力というやつを見せられませんでした。


「いつまでヘコんでいるのよ」

「だってぇ、少しは頼ってほしいからさぁ」

「いつも私のためにしてくれているじゃない、改めて追加でしてくれなくていいのよ」


 なんか……言いくるめられた気がする。

 そう言われたらでもとは言いづらい、あまりに押し付けになりすぎるのも問題だし。


「おい七菜、千晶の相手もしてやれよ」

「あ、そうだった」


 何故か私達は3人で座っていた。

 対面に座っている大澤さんは広くて自由で羨ましい。

 通路側には若菜、窓側には千晶。

 挟まれている身としてはいますぐにでも大澤さんの横に行きたいぐらい。

 が、千晶に裾を掴まれているのもあって移動はできないし、もう料理が運ばれてきたから食べることに専念していればいいということで諦めた。


「美味しかったわ。七菜が作ってくれるご飯も美味しいけどたまにはこういうのもいいわね」

「そうだね」


 レジ前でわちゃわちゃするのも迷惑をかけるからとみんなの分をまとめて私が払うことに。


「七菜、まとめて払ってくれてありがとな」

「ありがとー」


 若菜の分は約束通り私のお小遣いから払うことに。

 たーだ、千晶さんの方が返してくれようとしないんだけどどうしよう。

 今日は明らかに口数も少ないし、私の裾を掴んだままだから強気にも出づらいし。


「あ、私はこっちだから」

「今日はありがとね」

「こっちこそありがとな」


 大澤さんと別れても、いつもなら別れる道のところまでやってきても千晶はそのまま。


「あ、友達に呼ばれたから行ってくるわね」

「それなら気をつけてね」

「うん、七菜は千晶の対応をしてあげてよ」


 それでもとりあえずは家に帰ろう。

 まだまだ寒いからこたつに入ってからでも遅くはない。


「……さすがに今日は泊まらないけど21時ぐらいまでいてもいい?」

「やっと喋ったか、うん、それはいいよ」

「ありがと」


 これを見ると、これまではただ我慢してきただけのようにも判断できる。

 けど、いざ実際に私がその気になったらこの子は離れてしまうんだろうなあ。

 実際に振り向かせられたら目的が達成されたということだし。

 はぁ、怖いなあ、頑張って意識しないようにしておこう。




「そんな顔をしないでよ」

「だって……」


 2月6日。

 ついに私立受験の日がきてしまった。

 これから戦わなければならない若菜は平気そうなのに、私の方は朝から吐きそうになるぐらい緊張していた。

 メインは公立であり私が通っている高校とはいえ、こればかりはさすがに……。


「やっぱり付いて行ってもいいっ?」

「はぁ、七菜は今日も普通に学校じゃない、公立受験のときは休みだけど」

「うっ……」

「私立がメインというわけではないのにそこまで緊張している方がおかしいわ、ひとりで大丈夫だから七菜は家に帰って準備をしなさい」


 若菜は「それじゃあね」と言って建物の中に入って行ってしまった。

 外は時間も時間で寒いから大人しく帰ることにする。

 いまこの場所に留まったところで人の邪魔になることだけしかできないから。

 家事をしたりしてある程度の時間をつぶしてから学校へ向かう。


「おはよう」

「あ、大澤さんおはよ」

「今日は千晶がいないんだな」

「うん、なんかゆっくり寝たいからとかでね」


 ある程度の時間つぶしが少なすぎたのもある。

 やばい、今日は1日落ち着かなさそうだ。

 私立受験でこれなんだからメインの公立受験になった際には……。


「そうか、七菜がおかしい原因は若菜の受験か」

「うん、落ち着かなくてさ」

「でもそれを表に出してしまったのは失敗だな、下手をすれば若菜の足を引っ張っていたかもしれないぞ?」


 わ、分かってる、逆効果にしかなっていないことは。

 何度も送らせてと言って駅の前まで付いて行ったのも迷惑でしかないだろう。

 私は自分のことを優先して行動してしまったから。

 が、無理だったのだ、大人しく玄関先で見送ることだけに留めておくことが。

 少しでも一緒にいたかった、もしそれができなかったら間違いなく吐いていたと思う。


「ま、七菜が1番分かっているよな、余計なことを言って悪かった」

「ううん……、大澤さんの言う通りだから」

「あ、こんなときに言うのはあれだが、名前を呼び捨てにしてくれればいいぞ」

「え、なんで本当にこんなときに?」


 私にだけ許可してくれていなかったから嬉しくはあるが。

 自分だけ仲間外れにされている感じがしてこれまで複雑だったからね。


「なんか壁を感じて嫌なんだよ、それに七菜は私がまだ千晶に振り向いてもらうために一緒にいるって考えているんだろ?」

「うん、そうだね」

「そうじゃないと分かってほしいからかな、嫌ならそのままでいいが」

「あ、じゃあ、呼ばせてもらうね」


 少しだけ落ち着くことができて良かった。

 というか、私が心配すればするほど若菜としては複雑になるということなんだからじっとしておけばいいか。

 若菜は私よりしっかりしているんだからね。


「お、最近は大人しい子が来たみたいだぞ」


 いま教室に入ってきたのは千晶さんだ。

 机に鞄を置いたと思ったらこっちにやって来ていつものようにくっついてくる。


「ははは、磁石みたいだな」

「なんかずっとこうなんだよね」


 と言ってすぐにはっとなった。

 栞理は千晶のことが好きなんだからこれじゃ面白くないよなあと。

 でも、謝るのもそれはそれで煽りみたいになってしまうので黙っておくことに。


「ま、七菜と千晶はずっと一緒にいたんだから違和感はないけどな」

「そ、そうだねー」


 そのまま続けようとするから困る。

 ……もしかしてこれで圧をかけてこようとしている……わけないか。

 あくまでこれまで見てきたことを言っているだけ。


「七菜、廊下に行こ」

「廊下に? 寒いからやめようよ」

「行きたい」

「……というわけだからいいかな?」

「おう、付き合ってやってくれ」


 はぁ、しょうがないから付き合うか。

 席でじっとしていると再発するから利用させてもらおう。

 なんか千晶の場合はそれでもいいって考えてしまうんだよね、なんでだろうか。

 とにかく、他の人を相手にしたときもそうならないように気をつけておこうと決めた。


「それで? どうして私は廊下に連れ出されたのかな?」

「……栞理は見たくないだろうから」

「え、そういうことを考えて行動してあげられるんだ」

「む、ナチュラルに人を屑扱いしているよねっ?」

「そういうの気にしないと思ってた、でも、私としてもありがたいけどね」


 特になにもしたわけではないのに千晶はこうして来てくれている。

 が、先程も言ったように千晶を好きである栞理にとっては辛いことだと思うから。

 まず間違いなく好きじゃないのなら離れてほしいと考えているだろうなあ。

 なのに私にも普通に接してくれる栞理は本当にいい子だった。


「それより自然とくっついてくるのなんとかならないの?」

「……こうでもしておかないと七菜は勝手に栞理を家に誘うから」

「あ、そのためだったの? 別にそうなったら言うから大丈夫だよ」

「そうやって逃げようとしてもだめ」


 無理やり頬を引っ張られて微妙な気持ちに。


「ま、それ以外のことで心配する必要はないんだけどね」

「私は栞理か千晶としか――痛いよ」

「なんで名前呼びになってるの?」

「壁があるような感じがして嫌だったんだって」


 こっちになんて興味がなさそうな感じでいたのに最近の行動には違和感しかない。

 でも、これもまたやはり私を落ち着かせてくれたから感謝しかなかった。

 じっとしているとすぐに不安になってくるからね。


「やだ、私はしてほしくない」

「まあそうわがまま言わないでよ」

「七菜のばか」


 ああもうすぐにくっついてくるんだから、寧ろこっちが甘えたいよいまは。

 少しだけ、本当にすこーしだけこっちもくっついてみた。

 まあ、千晶がくっついてきていたんだから大して変わっていないが

 私が自分の意思でこうしたというのはいまの千晶的には大きいのではないだろうか。

 

「あ、戻らないと」

「ね、いまって……」

「ん? 休み時間だよ、まだまだ授業はあるよー」

「ち、違うよ、いまのって……七菜から」

「私もたまには甘えたくなるときがあるってことだよ」


 このままでは教室前の廊下にいるのに遅れてしまうからさっさと戻る。

 一応、千晶がいてくれてありがたいんだから少しぐらいは……ね。

 ……これだけで相手のためになっていると考えてしまうのは悪いかもしれないけど。

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