05話.[そりゃそうだよ]
今日は明らかに異常だった。
近づいて来てくれるのはいつものことだがとにかくハイテンションで忙しない。
来たと思ったら他のところに、来ないと思ったらこちらにという繰り返し。
「どうしたんだろうな」
「大澤さんも分からないんだ」
「分からないことばかりだぞ、教えてくれることはないからな」
私にもそうだから嘘だとは言えないな。
まあいいか、気にせずにゆっくりと1日を過ごしていれば。
なにかがあるのなら誰かを頼るだろうし、こっちにも言うかもしれない。
結局、相手が持ちかけてくれなければ意味のない話なんだから。
「それは自分で作っているのか?」
「たまに妹に作ってもらうときはあるけど基本はそうだね」
ちなみに、給食がないときなどは若菜のお弁当を私が作ることになっている。
どうせなら自分のではなく誰かに作ってもらいたいからだそうだ。
調理の上手さは一応私も妹と変わらないから頼ってもらえて嬉しかった。
「大澤さんはひとりっ子?」
「そうだな、だから妹とかがいるのは羨ましいよ」
「妹がいてくれる生活は楽しいよー?」
「くっ、……いまからどうにかなることじゃないからな」
もっとも、相性が悪かったりしたら地獄の時間になるだろうけど。
家は安地でなければならない、落ち着く場所でなければならない。
だから若菜がいい子でいてくれて嬉しいと。
これだけでも幸せだ。
「会いたいって言ったら困るか?」
「ううん、会いたいなら家に来なよ」
「ありがとな、七菜の妹か……どういう子なんだろうな」
敢えて言う必要もないか、というか説明が難しい。
分かりやすく教えられる能力と語彙があれば良かったんだけど。
そういうことで放課後には大澤さんを連れて家に帰った。
「ちょっと待っててね、何時になるか分からないけどそんなに遅くにはならないから」
「おう、会えればそれでいいんだ」
幸い、今日は17時半に帰宅してくれた。
いまはもうふたりで話をしている。
コミュニケーション能力が高い人達というのは素直にすごいとしか言いようがない。
だってもう友達のように話をしているんだからね、若菜にだけ名前を呼び捨てでいいと言ったのはちょっと引っかかったけどね。
「へえ、最初は容姿に惹かれたのね」
「ああ、そういうことになるな」
へえ、そうだったんだ、確かに容姿だけはすっごくいいからえ……とはならない。
でも、中身を知ってしまうとなかなか告白まではいけないと思うんだけど。
だって可愛いや綺麗な子を見つけるとすぐ行ってしまうし、なにより、たまに物凄く冷たい顔になるときもあるしで難しい子だからだ。
「私なんかには言われたくないだろうけど千晶は難しい人間よ、他の人間を好きになってしまった方が傷つくことも少ないと思うわ」
「そうだとは分かっているんだけどな、捨てられなかったんだ」
「なら、これ以上余計なことは言わないわ」
話が終わったようなのでここでご飯にすることに。
ちょうどいいから大澤さんにも食べてもらうことにした。
「美味しいな、昔からずっと作っているのか?」
「そうだね、両親は忙しいからそうするしかなくてね」
途中で若菜が覚えようとしてくれて、覚えてくれて楽になった。
他の家事も同様で、ひとりでやらなくてもいいというのは非常に大きい。
でも、私としては3年生間ぐらいはゆっくりしていてくれればいいんだけどね。
それを言ってみたけど断られてしまって、結局いまも交代交代でやっている形になる。
……少なくとも受験が終わるまではやらせないぞ。
「私もできるのよ」
「え、それは嘘だろ、若菜はできないだろ」
「はあ!? できるわよっ、七菜ほどではないけど作れるから見ておきなさいよ!?」
「わ、分かったから落ち着け」
「誰のせいだと思っているのよ!」
若菜はすぐに余ったご飯を使ってオムライスを作って持ってきた。
「ん、美味しいな」
「でしょ!? だったら謝ることね」
「悪かった、知らないのに疑ってしまって」
妹が作ってくれるときもあるけど、って言ったんだけどな。
私が同情とかそういうあれで言ったように感じたのかな?
ま、千晶はともかく私のことは容姿とかぐらいしか分かっていないだろうから無理もないか。
「わ、分かればいいのよ分かれば、でも、大きな声を出して悪かったわ」
「はは、七菜の妹って感じがするな」
「って、あんたは七菜のことを知らないでしょ?」
「そうだな、容姿と学力と運動能力と友達の数ぐらいしか知らないな」
「え、こわ……」
全部千晶と一緒にいれば分かることだ。
運動能力だって同じクラスなら目にすることができるわけだし、友達の件だって千晶としか関わっていないのだから丸分かりで別に怖いことなどなにもない。
「私はこれまで千晶のことしか見てこなかった、だが、これからは七菜のことだってちゃんと見ておくつもりでいるぞ」
「あくまで千晶から条件を出されたからでしょ? 千晶も向き合いたくないからって七菜を利用するのは許せないわ」
「そういう……ことなのかもな、だから七菜には謝っておいたよ」
利用されるのはいつも私も利用しているようなものだから気にしていない。
ただ、大澤さん的には複雑だろうな。
私がなにかを言ったら逆効果にしかならないからなにも言わないでおくが。
「なっな、なっな、なっななー」
先程から私の周りを歌いながら歩いている彼女。
さすがにこればかりはおかしくなってしまったのかと考えてしまう。
だってもういまので20周目だよ? これで素面だったら逆に驚くよ。
「千晶、今日はどうしたの?」
「昨日、栞理を家に連れて行ったでしょ」
「うん、若菜と会いたいって言っていたから、それでご飯も食べてもらったんだ」
大澤さんは分かりやすいからありがたい、何故なら全てが千晶のためだからだ。
私には興味がないから勘違いしなくて済むし、いまのままでも相手が不満を感じたりすることはないし、変に偽らなくて済むし、気に入られようとしなくて済んでよかった。
「アウトだよ」
「あ、なんだかんだで大澤さんのことを気にしているんだ」
「そりゃそうだよ、七菜が気に入っちゃったら面倒くさいことになるし」
「安心してよ、大澤さんだって私と仲良くしようなんて気持ちはないから」
そんなに気になるならあんな条件を出さなければよかったのでは?
というか、大澤さんも女の子好きなんだからもう選んでしまえばいいのに。
喋り方はともかく綺麗な子なんだから内にある欲も満たせると思う。
「それより帰ろうよ、なっなーって歌っている場合じゃないから」
「まだいいでしょー」
まだいいでしょって、
唯一できるのは勉強をすることだが勉強をやるのはテスト期間だけでいいのだ。
「もういい?」
「まだ」
「家でゆっくりすればいいでしょ? ご飯を作りたいんだよ」
「ぶぅ、若菜ちゃんに甘すぎない?」
「私もお腹空いたのっ、食べることが好きなんだからっ」
言うことを聞かないから腕を掴んで学校から離脱することにした。
下校中もそれは変わらない、もちろん帰りたいと言えば言うことを聞くが。
「千晶のことはよく分からないよ、なんで来てくれるの?」
「なんで来てくれるのって、私達は友達同士だからだよ」
「でも、昔と違って一緒に登下校とかほとんどしなくなったよね?」
遊びに誘ってくることもかなり減った。
それはつまり他に優先したいことができたということだが別に私はそれを駄目だとは言っていない――が、たまにこうして謎ムーブをかましてくるから難しかった。
興味がないわけではないという風に捉えておけばいいのかな?
「だってさ、朝も行くの早いし、夕方も帰るの早いからさ」
「いや、単純に合わせたくないからじゃないの?」
「は? はぁ、七菜ってたまにネガティブになるよね」
元日も当たり前のように放置されて帰ることになったのですが。
クリスマスイブだって速攻で帰ってしまったし、若菜にしか興味ないだろうし。
「私を見てっ」
「うん」
「あなたの親友の千晶だよ!」
「あはは、親友って」
さすがにそれはない。
ずっといてくれるとも考えてはいない。
「ぐぇ、もうなに?」
「真面目に言っているから」
「分かったから襟を引っ張らないで」
とりあえず、千晶もご飯を食べれば落ち着くよね。
さっさと帰ってご飯を作って若菜を待とう。
大体のことは若菜がいてくれればなんとかなる。
「いまからご飯を作るからこたつにでもはいっ、ぐぇ!?」
「私もやる」
「そ、そう? それならお願いしようかな」
多分、自分が離れることは簡単にするけど離れられるのは嫌なんだろうな。
つまり相手をする側である私みたいな人間からすれば質の悪い存在だということ。
こっちは近づきたくないんだ、なら新しい友達を作って落ち着こう、そういう風にしようとしているのに離れようとしたら追ってくるなんてね。
「なんか最近さ、私のこと避けてない?」
「え? それは千晶でしょ? 別にいいけどさ」
大抵すぐにどこかに行ってしまうのは彼女。
まさか避けてるだなんて判断されるとは思っていなかったから驚いた。
「なんで私が避けててもいいの?」
「そんなの自由だからだよ、来たくないなら無理して来てもらおうとなんてしないよ」
可愛い成分がないから一緒にいてもなにも役に立てないし。
それなら自由に行動してもらっていた方がマシだ。
時間を無駄にしたとか冷たいことを言われずに済むんだからね。
「私は避けていないし、これからもそんなことをするつもりはないよ」
「そっか」
「だから、避けないでね」
「避けてないって」
あ、もしかして空気を読んで行動していることが避けているかのように感じるのだろうか?
もしそうならかなり難しいことになる。
だって相手をしてくれる人のことを縛らないようにしようとするのが人間だろう。
他を優先したがっていたらそうすればいいと言ってあげるのが友達だろう。
「はぁ、逆にどんどんと寒くなっているわねぇ」
「おかえりっ」
「あっ、あんた七菜を利用するのはやめなさい!」
「別にそれは利用したわけじゃなくて、七菜と友達になってほしかっただけ」
千晶だけだったからありがたいことだ。
それがなかったら、千晶といなかったら、私はずっとひとりだったから。
もう3年生になるからいらないやって片付けて過ごしていたと思う。
最初は千晶に気に入られるために受け入れたのかって複雑だったけどね。
「信じてあげるから裏切るのはやめなさいよ?」
「うん、神様に誓ってもいいよ」
変な方に進展してしまう前にご飯を食べることにした。
せっかく温かいんだから冷めてしまう前に食べなければもったいない。
「七菜のばか……」
「えぇ」
温かくて美味しいご飯を食べ終えたらこんな感じになってしまった。
お酒に酔ってしまった女の人みたいに愚痴を言い続けるみたいな感じで。
「七菜のばか!」
「うざ絡みしていないでさっさと帰りなさいよ」
「知らないもんっ、裏でこそこそと栞理を連れ込んだりしてさっ」
「つまり嫉妬しているわけ?」
「そうだよっ」
代わりに聞いてくれるのは普通に助かる。
でも、私としてはそんなにいたいなら大澤さんといればいいのにとしか言えない。
「じゃ、側にいてって言えばいいじゃない」
「だって、そんなの恥ずかしいじゃん、断られたらあー! って叫びたくなるし」
「七菜は断らないでしょ、あんたとずっといてあげているじゃない」
「確かにそうだけどさあ」
ん? これはもしかしなくても私と一緒にいたいってことだよね?
分からないな、来なかったりするのは千晶なのに。
私は必ず相手をする、その際は適当にしたりしないでちゃんとね。
なのに避けてる的な言い方をされるのは複雑だし、私が断ると思っているのも嫌だった。
「ほら、本人にちゃんと言いなさい、私はお風呂に行ってくるから」
「うん……」
多分、彼女はいま1番若菜にいてほしかったと思う。
とはいえ、行ってしまったからには仕方がない、私は千晶の方を向いて座り直す。
「七菜、私はあのとき七菜にそういう対象に選ばれたら嫌だろうから的なことを言ったよね?」
「うん、そうだね」
「で、私は好きになっても一方通行だってことも言った」
「そうだね、勝手にそう考えた理由はよく分からないけど」
もし好きだといってもらえたら。
そうしたら凄く嬉しいし、テンションも上がると思う。
けど、千晶は絶対にそういう意味では求めてくれないと思う。
って、これは一緒か、勝手に悪い方に考えて行動しているのか。
私達は似ているのかもしれない、悪い方がだから若干微妙な気持ちになるけども。
「その点、栞理ならいいかもって考えたことはあるよ、あの子は私に告白してきてくれたんだからね」
「うん、お似合いだと思うけど」
綺麗で女の子が好きで。
他の綺麗な子を見つけることはできても恋まではいかないかもしれない。
その点、大澤さんであればいますぐにでも付き合うことができてしまうわけだ。
変なプライドで見ないふりをしたところで悔やむことになるのは後の自分で。
「素直になりなよ」
「でも、そこ止まりなんだよ」
「そりゃ変な噂を流されたのは嫌だろうけどさ、好きだって言ってくれている内に動くべきだと思うよ、なかなかないよこんなのこと」
何度も言うが自分好みの可愛いや綺麗を見つけることは恐らくできる。
が、その人達の中に同性も性対象として見られる人がいる可能性はほとんどないだろう。
何故なら男の子が放っておかないからだ。
彼氏がいるとか夫がいるとか、仮にひとりであっても興味のない人ばかりだろうから。
「……少しも考えてくれないんだ?」
「え?」
「もういい、帰る」
「あ、ちょ」
最後まで扉をゆっくりしめるのが千晶らしかった。
私は千晶のことを考えて言ったはずなのになんでだろう。
「どう考えても七菜が悪いわね」
「え、なんで?」
「あれは明らかに七菜にも考えてほしかったのよ、そういうつもりでいてほしかったのよ」
つまり、私に受け入れてほしかったということ?
いきなりじゃなくてもいいから、もっと仲良くしたかったということ?
「別に私は拒絶してないんだけど」
「ま、怖いことなんでしょうね、本気で求めたら冷たくなる人間もいるかもしれないから」
あの異様なテンションもそういうことだったかな。
私が言いたかったのはそういうことじゃない。
私は無理だけど大澤さんなら、という風に言ったわけじゃない。
不安な人間には全てを言ってあげないと駄目なのか。
「さっきの千晶を見て分かったけどあの子もただのひとりの人間ね、それどころか七菜よりも臆病かもしれないわ」
「え、千晶が? それはないと思うけどな」
「私達はあくまで表面だけを見て判断しているからね、実際はどうか分からないわよ」
若菜は「ちゃんと話し合いをしなさいよ」と言ってリビングから出ていった。
こっちはとりあえずどうしようもないから洗い物を開始。
今月から家事をやらせないようにしているから私がやらなければ溜まっていくだけだし。
「すぐに帰っちゃったら考えることもできないじゃん」
言ってくれなければ踏み込むことなんてできない。
恐らく逆の立場だったら容赦なくあの子はこちらを切り捨てていた。
友達でいいでしょって片付けていたと思う、そういうイメージは容易にできる。
「はぁ、難しい子だ」
とにかく、明日学校に行ったら話しかけよう。
「どうしてこうなったのか」
朝から放課後まで計20回以上話しかけたのに避けられて終わった。
いまは意味もなく放課後の教室に残ってゆっくりしていることになる。
ちなみに大澤さんは用事があるとかで放課後になった途端に出ていった。
千晶の方はもう言うまでもないという感じだ。
「帰るか」
いつまでもぼうっとしていたってもったいないだけだ。
「若菜ー!」
「あれ、残っていなくて良かったの?」
「うん、なんか学校でやってても集中力続かないから」
お、あれが若菜の友達か。
誰かひとりとでも仲良くできているようで良かった。
一緒に帰るのは仲良い証拠……だよね?
「若菜ってお姉さんと暮らしているんでしょ?」
「え、あくまで両親が遅いだけよ?」
「あ、そうなんだ、で、お姉さんは優しい?」
ま、待て待て、普通に会話を聞いてしまっているのは駄目だろう。
慌てて別道に移動し、最低な人間であることはやめることができた。
危ない危ない、若菜とまで喧嘩になってしまったら嫌だからね。
千晶はともかくとして、それだけは避けたかった。
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