04話.[いまのままなら]
学校が始まってから数日後、唐突に席替えが行われた。
千晶と隣同士に~なんてことにはならず、話したことがない女の子の隣に移動となった。
よろしくと内で呟いて大人しく席に座っておくことに。
ふぅ、だけど千晶の横じゃなくて逆に良かったのかもしれない。
あの子の周りには人が集まるからうるさ――賑やかになっただろうからね。
盛り上がるのは結構だけど、それはあくまで自分のところから少し距離があったなら、ということだから。
調子が悪いときなんかには殺意――とまではいかなくても嫌な気持ちになりそうだし、いやまあそんなに悪い子はこのクラスにはいないんだけどさ。
「七菜ー!」
「ぐぇ、もう」
「ちょっと離れちゃったね」
あ、そういえばそうか。
これまでは1列だけだったものの、今回の席替えで2列分離れてしまったことになる。
ま、千晶が冬休み以前のように来てくれるのであれば関係のない話だ、同じ教室内なんだから1分もしない内にたどり着くことができるわけだし。
「放課後になったらパフェを食べに行こうよ」
「パフェ? うん、いいよ?」
「よしっ、それじゃあ約束だからねっ」
春、夏、秋、冬、いつ食べても美味しいんだからすごい話だ。
そんなこと言ったら白米とかもそうなんだけどね、食べ物の話じゃなくなるけどお風呂とかも1年中気持ち良く入れるから本当に最強だと言える。
……本当に偶然だけどご飯の量を減らしておいて良かった、これなら大きなパフェだろうがなんだろうが平気で食べることができるだろうし。
「七菜さん」
「え?」
「ですよね?」
「あ、うん」
別に名前で呼んでくれても構わない。
ただ、これは誰であっても驚くことではないだろうか。
「私も、行っていいですか?」
「あ、放課後の? いいよ」
「ありがとうございます」
4人でわいわい過ごすというのが理想ではあった。
それで途中でお店に寄って~みたいなことができればいいなと考えていた。
もしこの子と友達になれたらその理想に少し近づけるわけだ。
でも、あくまで千晶が目的かもしれないから友達になってくださいとは言わずにおく。
「千晶さんとは仲がいいんですか?」
「うーん、あの子が優しいから来てくれてるけど……」
「私からすれば、仲がいいように見えますけど」
仲は悪くはないと思う。
けど、あの子は深く踏み込んでこようとはしないから少し不安になる。
来てくれるものの、間に壁はある……みたいな感じで。
「千晶と仲良くしたいの?」
「はい」
「それなら行ってみたらどう? 拒んだりはしないから大丈夫だよ」
髪の毛が長くて、少し儚い感じがグッとくるのではないだろうか。
改めてよく見てみると綺麗な顔だ、全体的に整っているからなのかな。
あの子的に私といるよりは可愛いや綺麗な子といられた方が嬉しいだろうから少しは役に立てたかもしれない。
こうして隣同士とかにでもならない限りは関わらないままで終わっていただろうから。
自分がなにかをしてあげられているわけでもないのにそんな感じで放課後まで満足感や達成感がすごかった。
「おぉ? あなたは確か……大澤さんか!」
「はい、大澤
「ふふふ、きみも甘い物が好きなのかい?」
「はい、甘い物が好きなんです」
「じゃあ行こうっ、来る者拒まずだからねっ」
コミュニケーション能力が凄く高いから誰も喋らなくて気まずい、なんてことにはならなくて済むだろう。
この調子だと元日みたいにふたりだけで盛り上がる可能性も高い、もしそうなったらただ黙ってパフェを食べることだけに集中しておこうと決めた。
出しゃばらないことがこの子といる時間を増やせるコツだ。
「七菜はどうする?」
「うーん、今日はチョコレートパフェかな」
「分かった、大澤さんはヨーグルトパフェでいいんだよね? うん、すみませーん」
こういうときにまとめて注文してくれる人がいると楽でいいな。
これだけで友達が多い理由が分かった気がした、単純に優しいところもあるからね。
でも、こうしてひとりだけ対面に座っていると仲間外れ感が凄くて虚しい。
「それで、ふたりはいつの間に友達になってたの?」
「私がいきなり話しかけたんです、七菜さんは優しく対応してくれました」
「七菜は怒ったりしないからね」
そういえばそうだ、千晶に怒ったことはないか。
基本的にそういうものだって内で片付けてることの連続で。
喧嘩になるぐらいならこちらから謝って嫌な雰囲気を終わらせるし。
「千晶さん、私と友達になってくれませんか?」
「んー、どうしようかなー」
え、これもまた珍しい反応で意外だった。
だって綺麗なんだよ? いつもなら「お胸揉まして~」とか言って抱きつくのに。
なのに今日はどこか積極的ではない感じ。
録画して残しておいた方がいいだろうか?
「だってさ、明らかに友達になってほしいだなんて思ってないでしょ?」
「そんなことはないですよ」
「いや、偽っても無駄だから、まさかいまさら話しかけてくるなんて思わなかったよ」
何度も言っているように、千晶にはたくさんの友達がいるからその相手となにがあったのかどうかなんてまるで分からない。
だからなにもついていけなかった、パフェがくるまでの間はふたりとも黙ってしまったから。
「お、おぉ、美味しそうっ」
あくまでパフェが食べられて嬉しいという雰囲気を出しておくことにした。
ギスギスとした雰囲気は嫌だっ、甘い物を食べるときぐらいほんわかとした雰囲気がいいよ!
「……まさかばれるとは思ってなかったけどな」
「口調はともかく、他は綺麗になったと思うけどね」
お、男の子……ではないよね、喋り方が本当はそうだったというだけで。
やばい、帰りたい、パフェを残すわけにはいかないから持って家に。
「あ、七菜は全然分からないよね、この子は私に告白してきた子なんだよ」
「え、じゃあ……付き合っている、とか?」
「振った、だって好みじゃなかったから、そうしたら私のことで自由に言ってくれてさー」
なるほど、すぐに収まったけどあのときのあれはそういうことだったのか。
なんか千晶が遊んでいるとかそういう噂が流れたことがあった。
あ、もちろんそういう純粋で健全な遊びではなく、不特定多数の男の子と、いうことではあったが。
ただ、千晶が好きなのは女の子だということはみんな知っていたのだ、何故なら本人が超オープンだったからね。
その結果、あっという間に収束した形となる。
「問題が解決してからは私を見つけてもすぐに逃げることしかできなかったようだけどね」
「えと、それなら大澤さんはどうして千晶に近づいたの?」
「……まだ好きなんだ、千晶のことが」
「あんなことしておいてよくそんなこと言えるね」
聞くんじゃなかったとすぐに後悔。
最初決めていた通りにぱくぱくとパフェを食べることだけに専念。
が、始まりがあれば終わりもあるということでグラスだけになってしまった。
「この髪は本物だよね? なんで伸ばしたの?」
「単純に切るのが面倒くさかっただけだ」
「私が長い方がいいって言ったからじゃないの?」
「……意地が悪いな」
「適当に伸ばしている割には綺麗だったからさ」
こちらから見ているだけでも綺麗に見える。
って、私はどんなポジションにいるんだよ、ここにいてはいけない感じがするんだけど。
幸い、それ以上雰囲気が悪くなるようなことにはならず、意外にも平和なままお店から退店することができてしまった。
「好きでいてくれるのはいいけどやめておいた方がいいよ、過去のことがなくても受け入れる気はないから」
「チャンスをくれないかっ?」
「そう言われてもねえ……」
誰かこれだという人を決めるのではなく、色々な可愛いや綺麗を見つけて楽しみたいのかも。
恋人ができるとどうしたってそっちを優先しなければならないから。
ただまあ、千晶みたいなタイプは逆に束縛とかしてきそうな感じもするが。
「じゃ、七菜と仲良くして、それですっごく仲良くなれたら考えてあげるよ」
「七菜……さんと仲良くすればいいんだよな?」
「うん、じゃあ私はこれで」
たたたと走っていってしまった。
残された私達、ここに残っても仕方がないから歩き出す。
「巻き込んで悪いな」
「大丈夫だよ」
「七菜さんはどうなんだ? 千晶のことが好きなのか?」
「七菜でいいよ。んー、友達としては好きだけど……」
踏み込もうとしてもずっと一方通行のままで悲しくなるだけな気がする。
あの子と良好な関係を築くコツは踏み込もうとしないことだ。
あの子はそんなことを望んでいないから余計に気をつけなければならない。
結局は自分ばっかりが好きになったりはしたくないということだった。
「それよりやっぱりそれが素なの?」
「ああ……、そういうことになるな」
「ギャップがあっていいね、大澤さんは綺麗だから」
「髪は頑張って手入れしているけどな」
女子力というやつも高そうだ。
だって今日のお昼にはとても可愛いお弁当を食べていた。
私はそれを彼女が作ったお弁当だと考えているのでそれもギャップがあっていいなって。
「利用する形になって悪いが仲良くしてくれ」
「でも、それって千晶に見てもらいたいからだよね? なんか複雑だなあ」
「じゃ、単純に仲良くしよう、隣同士になったんだからな」
「うん、じゃあそういうことで」
これも同じで踏み込みすぎないようにしないと。
彼女の目的はやはりというか千晶だった。
私は経由というか、いてもいなくても変わらない人間。
単純に仲良くしようとは言ってくれたが、これも千晶に見てもらうための作戦でしかない。
千晶が◯◯と仲良くしたらいいよと言えば相手が誰だろうとそうするわけだ。
「ただいまー」
すぐにネガティブな状態になるのは最近の悪い癖。
こうなったらご飯でも作ってすっきりとさせよう。
若菜は部活動もないのに毎日早く帰ってこないからひとりでだけど。
「たっだいまー!」
手を洗って食材を切ろうとしたタイミングで珍しく帰ってきた。
しかもやけにハイテンションだ、こういうときに構えてしまうのも悪い癖だろうか。
「お、いまから作るのっ? 私も手伝うわっ」
「うん、よろしくね」
まあいいか、暗いよりはずっといいからね。
その後は若菜と協力してご飯を作ってふたりで食べた。
お風呂にもふたりで入って、ふたりで寝る準備をして。
「って、今日もここで寝るの?」
「ん? あ、そうね」
最近は私の前でも勉強をするようになって若菜も変わった。
年下の妹が受験勉強を頑張っているということならと私も広げて復習をしていく。
「なにかいいことでもあった?」
このタイミングで彼氏ができたとかそういうのではなさそうだから、友達となんらかの約束をしたのかな。
受験が終わったら旅行に行こうとかそういうの。
「別になにもないわよ? それどころか私立受験が近づいてきてて緊張しているぐらいだわ」
「そうなんだ」
じゃ、あのハイテンションな感じはなんなんだあ?
若菜はハイテンションになったりはあまりしないから違和感しかない。
家に帰れて幸せ? 学校にいたくない? あ、もしかして仲直りできていなくて意地悪されているとか? もしそうなら困るが。
「ね、ねえ、意地悪をされているとか……ないよね?」
「え? ないわよ、謝って仲直りしたし」
「……嘘はついてないよね?」
「ついてないわよ、ちゃんと仲直りはしたから安心しなさい」
結局、裏で起こっていることなんてなんにも分からないから不安になるのだ。
千晶達のことはともかくとして、相手が大切な妹であればなおさらのこと。
「隠さないで、私にはちゃんと言ってほしい」
「はぁ、なにを不安になっているのよ」
「だってさ、若菜が帰ってきたときにすごいハイテンションだったから……」
千晶がたまにやる偽物のあれによく似ていたから。
そうではないということなら証拠を見せてほしい。
例えば友達に喧嘩していないよねって電話で聞くとか。
「なんでハイテンションでいたのに不安になるのよ」
「若菜はそうやってテンションを上げたりはあんまりしないから……なにか隠しているのかと思って不安になって」
「なにもないって言っているじゃない」
若菜はペンを置いて寝転んでしまった。
姉が率先して勉強の邪魔をしてどうするんだと反省をする。
「ごめん、邪魔をしちゃって」
「いいわよ、あんまり集中できていなかったから」
「あ、それなら下に行っていようか? ひとりだったらできるよね?」
「いいわよ、集中できていなかったって言っているじゃない」
難しい、だからっていつものように接するのはなんか違う気がするのだ。
って、こういうのが嫌なのかな、いつも通りでいいのかな。
「七菜、手を貸して」
「うん、はい」
「大丈夫よ」
姉が励まされていてどうするんだという話だろう。
でも、どうせこうしてくれているならって甘えておくことにした。
姉でも甘えたいときはある、今日はこちらから抱きしめて安心を得ることに。
「布団の中に入るかこたつに入るか、どっちにする?」
「うーん、お布団でいいかな」
「分かった、じゃあもう寝ればいいわよね」
床に寝転がって抱きしめているよりかは暖かくていい。
「今日ね、千晶のことを好きな子と知り合ってさ」
「へえ、まあ意外ではないわね、千晶はたくさんの人といるわけだから」
「うん、ちょっと驚いたけど違和感はなかったよ」
ただ、大澤さんの方は違和感がありすぎたかな。
ギャップがあっていいなんてことを考えたが見た目に合っていなさすぎる。
自由でいたいということなら間違っていないものの、うーん、もったいないという感じ。
「本当は少しいいことがあったのよね」
「やっぱりそうなんだ」
「うん、だから家に帰ってきたときは少しテンションが上がっていたのよ」
いいことがあってテンションを上げちゃうの、可愛いな。
私がしてもうざムーブにしかならないから虚しいな……。
というか、今日のことをいいことなのだとカウントしていいのかが分からない。
私になんかどう考えても興味がないのに、仲良くする気なんかないくせにと考えてしまう。
「若菜ぁ……」
「反対を向いて寝るわ」
おぉいっ、はぁ、うざ絡みしていないで寝ようか。
こっちも反対を向いて寝ることに集中して。
大体、朝の5時ぐらいに起きて下に移動した。
「やっぱりいつだって大切なのは食事だ、美味しい物を食べれば複雑さもどこかにいくよ」
なにより調理しているときが好きだった。
自分の手で食材がもっと美味しくなるって考えると、へへ、いまからでも涎が出るね。
「おはよ……」
「おはよう!」
「うるさい……顔を洗ってくる」
「はーい!」
普通に生きていれば自然と上手くいくようになっているだろうから気にする必要はない。
寝癖がすごい妹の髪を櫛で梳いて、ふたりでご飯を食べてから家を出た。
「じゃあ、また家で」
「うん」
中学校の校門前で若菜と別れて私は高校を目指して歩き出す。
「七菜ー」
「お、ちあ……じゃないか、おはよう大澤さん」
「おう、おはよ」
これまで私のことを名前で呼ぶ人は家族を除けば千晶しかいなかったから勘違いしてしまって恥ずかしい。
明らかに声音が違っていたし、なにより期待しているみたいで嫌だし。
「千晶と一緒に行くわけじゃないんだな」
「うん、本当にたまに一緒になるときがあるけどね」
あの子が好きだったということはこれまでもずっと見てきたというわけだよね?
ほとんど毎回千晶は私に近づいていたがそれは不満ではなかったのだろうか。
誰だって好きな子には意識してもらいたいと考えるものだろうし、気が気じゃない毎日となりそうだけど果たして。
「勘違いしないでくれ、千晶に見られたいから七菜と仲良くしたいわけじゃない、昔から七菜のこともよく見ていたから興味があったんだ」
「そ、そっちこそ勘違いしないでね、千晶を狙っているとかそういうのはないから」
「仮にそうでも別に構わないぞ、もう1度告白するチャンスがほしかっただけだから」
「でも、付き合いたいんだよね?」
「まあ、どうせなら付き合えた方がいいけどさ、七菜が好きだって言うならその告白の前に告白させてほしい」
毎回千晶は来てくれていたからそれでそういう風に考えているのか。
あの子を好きになるのは自ら茨の道に足を踏み入れるのと一緒だ。
そんなことにはならないように自衛しなければならない、感謝はしても好きにはなってはならない。
いまのままならそれができる気がした。
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