03話.[なんかいいなあ]
ご飯を作ってから早2時間が経過しようとしている。
あの後結局すぐに千晶は帰ってしまったからいままでひとりだった。
夕方頃から調理を始めて19時半頃には終えたわけだが、21半現在になっても帰ってこないんだよなあと。
連絡すらないから心配になる、元気ならそれでいいんだけどさ。
「た、ただいまー……」
お、帰ってきたんだ、今日は泊まってくると思ったから少し意外だった。
というか私は今日ある程度調理してしまったが本当なら明日にしておくべきだっただろうかと考えてみたものの、もう遅いから気にしないでおく。
「た、ただいま……って、まだ食べてなかったの?」
「うん、こたつが温かくてさ」
入ったまま食べるのは違うものの、なかなか出られなかったんだということを説明しておく。
いや違う、私にもプライドというものがあるから帰ってこないなら帰ってこないで朝までこのままでも良かったんだよ。
2日連続で泊まることはほぼ不可能だからさすがの若菜も帰ってくるだろうからって――……今度のこれはただの願望かな。
「ごめん、実はもう食べてきちゃったのよね」
「明日食べるからいいよ、お風呂はまだためてないけどお風呂に入って寝なよ」
「そうするわ、あくまで私にとってのメインは25日だから」
いや、このタイミングで言われちゃうとなんか引っかかってしまうからやめていただきたい。
とりあえず少し食べようか、もう冷めちゃってるけど食材に罪はないし。
「美味しい」
冷めても美味しいなんて最強だ。
あの考え通り、ひとりになっちゃったけど気にする必要はない。
ある程度のところで食べるのをやめ、ラップをして冷蔵庫にしまっておいた。
「あ、いま入れば温かいわよ」
「うん」
それなら早くお風呂に入って寝ようかな。
いやでもちょっと待って、どうせならこたつに入ってまだ起きていようか。
昨日も長々と寝ちゃったからね、起きておくことも重要だろう。
「ふぅ」
お風呂から出てリビングに戻ったら若菜はいなかった。
冷蔵庫から買ってきておいたジュースボトルを取り出し、コップに注いで。
「乾杯」
と、誰かがいてくれている計算で飲む前に少し動かしてみたりもした。
もちろん、中身が揺れただけで意味のない行為だったが。
「多分、これが自然になるんだろうなあ」
高校生になったら家にはめったにいなくなるかもしれない。
友達や彼氏、もしくは彼女を優先して姉なんかどうでもいいとばかりにね。
それならいまから慣れておかないと。
「あ、まだここにいたのね」
「もう寝るよ」
ちゃんと電源を落として2階へ。
「おやすみ」
「うん」
部屋に入ったらすぐにベッドに転んで布団の中にこもった。
大丈夫、それに若菜にとっていま大事なのはこれじゃないからね。
「え、今日も呼ばれた?」
「うん……」
夕方頃、急に若菜がそう言ってきた。
準備しようとしていた手を止めて妹を見つめる。
仮に誘われても断るなどと言っていたからだろうか、凄く申し訳無さそうな顔をしながらも行きたいという気持ちをこちらに伝えてきていた。
「行ってきなよ」
「でも……」
「いいよ、一緒にいたい子と過ごして、中学最後の冬休みであればなおさらのことだよ」
ああ、こういう強調の仕方は逆効果かなと反省。
いちいち細かいことはいいんだ、要は若菜が行きたいかどうかということだけ。
「行ってくるっ」
「うん、行ってらっしゃい」
これなら追加で調理しなくてもいいか。
冷蔵庫から取り出して温めていく。
昨日と違って温められたそれはより美味しかった。
なんとなく寂しいから動画投稿サイトを見ながら食べていく。
たったこれだけでひとりって感じがしなくなるのだからすごい話だ。
ホラーゲーム実況を見ながら食べて、暗闇が少し怖くなったりもした。
本当にワンパターンな感じなのに確実に影響を与えてくるから不思議なものだと思う。
怖いのでささっとお風呂に入って部屋に、布団に入ってからはさくさくと上手にプレイをしていく男の人の実況動画を見たりして時間をつぶした。
24日も25日もこんな感じであっという間に終わってしまった。
あくまでクリスマスイブだクリスマスだと言っているだけでただの平日なんだよなってことがよく分かった。これはバレンタインデーのときにも感じること。
「まじか……」
優先してほしい的なことは考えたけど、実際にそうなると少し引っかかるのは確かだ。
当然だけど千晶からのメッセージもなし。
まあ待て、もうクリスマスも終わったんだから早く寝ればいいでしょ?
と、考えては寝れなくて、考えては寝れなくてを繰り返し。
「徹夜なんて久しぶりだー……」
しかもこたつに入ろうとしたら脚につま先ががっとなって涙目になった。
「ただいま」
「おかえりー」
ある程度寝たら洗い物をしないと不味い。
昨日の食器とか流しに置きっぱなしだからなあ。
「楽しかった?」
「そうね」
「なら良かった」
休みなんだからこそ遊んでおこうという考え方も間違っているわけではない。
なので、特なにも言うことはしないでおいた。
若菜もこっちに言いたいことはなにもないのかリビングからはすぐに出ていったから。
「あっという間に1日か」
「明けましておめでとう!」
「明けましておめでとうございます」
23時頃に誘われて外に出てきていた。
意外にも千晶は振り袖を着ていてよく似合っていた。
「可愛いね」
「ありがとうっ」
寒いけど、誘ってくれたことが嬉しくていま私はここにいる。
行ってみたら彼女の友達がたくさんだった、なんてことにもならずに至って平和なふたりきりでの行動となった。
もしかしたら後で合流するのかもしれないが帰ってと言われるまでは隅にでもいれば問題も起きないだろうしいいだろう。
「あ、綺麗な人発見っ」
「行ってきてもいいよ?」
「いやいや、急に話しかけられたら驚くでしょ」
確かに初対面の人にハイテンションで来られたら怖いか。
いまはもう0時を越えているし、恐らく友達か彼氏と約束をしているところなんだろうし。
「あれ、千晶じゃん!」
「ん? おぉっ、寒いの苦手なのに出てきたんだ!」
「まあねっ、友達とここで集まる約束をしているんだよ――って、その子は友達?」
「うん、そうだよ?」
「へえ、なんか千晶とは真反対そうな子だね、真面目そう」
「なんだとこのー! 私だって真面目だよ!」
頭を下げてみたもののスルー。
あ、はい、用があるのは千晶さんにですよね。
「甘酒はいかがですかー」
お、こうなったら甘酒でも飲んでゆっくりしよう。
「ひとつください」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
もう新年なんだから本当は帰っても問題はない。
が、なんとなく盛り上がっている千晶を見ておくことにした。
残念ながらもうなんの意識もされていないようでどこかに行っちゃったけど。
「なんかいいなあ、この雰囲気」
あと、ちょっとだけまだ実感が湧かない。
もう新しい年が始まったのにまだ年末感がすごかった。
って、4日後に千晶の誕生日か。
どうしようと考えて、なにか最新の甘い物でも買って渡そうと決めた。
お洒落な物とかそういうのは無駄だ、なにかあげたという事実だけがほしいのだ。
「っくしゅ、うぅ、帰って寝ようかな」
いまのは自分が離れてしまったから悪いということにしておこう。
さて、こたつに入るか、ベッドで素直にすぐ寝るか、どうすればいいだろうか。
「ただいま」
お? 珍しくリビングの電気が点いてる。
扉を開けて入ってみたら若菜が突っ伏して寝ていた。
「若菜? 風邪引いちゃうよ?」
「……七菜?」
「うん、七菜だけど」
それこそまた友達と初詣に行ってくると言っていたのにどうしてここにいるんだろ。
「喧嘩……した」
「え、そうだったんだ」
結局、こたつに入ることにした。
このまま寝るなんてできなかったからね。
「寒いから帰ろうかなって冗談で言ったらさ、ありえないとか言われて……」
「私も寒いから帰ってきたわけだからその気持ちはよく分かるけど」
喧嘩になるぐらいなら意識されずに忘れ去られた方がマシか。
じゃ、一応考えてくれたのかもしれない、その子達が考えなしだったとは言いたくないし、言える立場にもいないけど。
「違う……、他の子とだけ盛り上がっていたから勝手に帰ってきたのよ」
「じゃ、怒られたわけじゃない?」
「いや……、最後に空気が読めないとか言われてうるさい! って怒鳴ってしまったわ」
それでも勝手に帰るのは悪いことだ。
確かに寒いのを我慢して付き合っているときにそんなことをされれば自分がいる必要がないとか考えて極端な行動をしてしまうときはある、私みたいに精神的に弱い人間であればなおさらのことで。
でも、若菜みたいに強くてもそうなってしまったということは、どんなに強い人間でもネガティブな感情に襲われるときもあるということなのかもしれない。
「新年早々最悪……」
「仲直りした方がいいと思う」
「そんなの分かっているわよ……」
「そっか」
これ以上言うとこちらも喧嘩になって終わりだ。
さすがに家に居づらくなるのは嫌だった、それなら適度な放置も大事ではないだろうか。
そう自分に言い訳をしてリビングを出る、眠いから今日はちゃんと寝よう。
それで朝まで寝て、結構早くにリビングにまた戻ってきた。
「って、ここで寝たんだ……」
起こすべきか、それともこたつ内に胸まで入れているから大丈夫と判断するか。
人として、姉としてならまず間違いなく起こすべきだ。
でも、最近の関係が微妙すぎて悩んでしまう。
「ここで寝たのか」
「あ、お父さんおはよう」
「おはよう、こたつはやっぱり人を駄目にするアイテムだな」
「だ、だからって片付けないでよ?」
「しないよそんなこと、俺も誘惑に負けそうなときがあるから気持ちは分かるってだけだよ」
私も寝ようとしたことが数回あるが、その度に電気代とか熱くなりすぎたりするのではないかという不安が勝ってできなかった。
だから若菜が少し羨ましいかも、喧嘩した後だから色々とどうでもよくなって寝られているだけなのかもしれないけどね。
「若菜、風邪を引くぞ」
「うるさい……放っておいて」
「どうしたんだ?」
「夜中に友達と喧嘩した」
「またそれは……微妙だな」
やっぱり喧嘩にならなかっただけ私の方は良かったとしか言いようがない。
とりあえず顔を洗ってしゃっきりとさせる、なるべく不干渉を貫いて刺激しないようにしようと決めた。
ちくりと言葉で刺されると言い返して喧嘩になりかねない、家に居づらくなることだけは避けなければならないのだ。
「七菜、昨日……あ、夜中はごめんね」
「え、別にいいよ、全く力になれなかったからさ」
謝らなければならないのはこちらの方。
若菜でも分かっているようなことしか言えなかった。
「ごめん、余計なことを言って」
「そんなことないわよ、七菜は私のことを考えて言ってくれたじゃない」
「でも、あれで逆効果になっていたかもしれないから――わっ、……あそこで寝ちゃうぐらい嫌だったんだね」
「喧嘩なんかしたくなかった、でも、あのままあそこにいても寒いだけでいいことなんかなにもなかったから」
「分かるよ、私も似たような感じで途中で帰ってきたんだからね」
抱きしめ返したらこちらを抱きしめる力が弱くなって少し楽になった。
もしこれで少しでも落ち着けるということならいくらでもしてくれればいい。
その際はもう少しぐらい力を弱めてくれると嬉しいかな、私も優しく返すから。
「若菜、なにかあったら言ってね、聞くことぐらいなら私にもできるから」
「うん、ありがとう」
「じゃ、戻ろっか、こたつに入ろう」
やっぱりお布団よりもこたつかなあ。
お布団の方は少しでも動くと端からすぐに冷えたりするから。
その点こたつも行動が制限されるものの、下半身を入れておけば十分暖かくていい。
「こっちでいいの?」
「うん」
ちょっと狭いけどいいか。
若菜とはあまりゆっくり一緒にいられなかったことだし、友達と喧嘩になってしまったのはあれだけどいられることを喜んでおこう。
「クリスマスもごめん……」
「いいよ、ひとりで美味しいお肉を食べられたからね」
「実はそのときも他の子だけで盛り上がっていてつまらなかったのよ、それでも我慢して帰ろうとはしなかった。でも、さすがに今日は我慢できなかったの」
何度も積み重なれば誰ってそういう風に選択をするのではないだろうか。
私がもし若菜と同じく中学3年生の元日に喧嘩をしたとしたら、卒業したらもうどうせ関わることもないからと片付けてしまうかもしれない。
が、若菜はそうはできなかったということなんだろう。
そうでもなければ引きずったりはしないから。
「もういいわ、受験にだけ集中するから」
「いや、あくまで表面上だけは仲直りしておくべきだと思う。みんながみんなそうだとは言えないけど、陰湿というか、集中できなくなっちゃうからね」
「そう……いうところはあるわね、昨日まで一緒にいた相手のことを悪く言うなんてところも見たことあるから。一応、去る者追わず来る者拒まずというスタンスだけど、もしかしたらいまごろは私のことを悪く言いまくっているかもしれないわね」
「0じゃないんだよね、だからさ、あくまで仲直りというところまでは頑張ろ?」
そこからは不干渉でもいいから。
でも、不仲のままだったらそれを良しとはしてくれない。
ほとんどの確率で仲間と一緒に若菜の悪口を言ったりし始めるだろう。
こんな大事な時期にそんなことで精神的なダメージを負ってほしくないから姉として言えるのはこれだけだ。
矛盾しているかもしれないけど、うん。
「七菜……」
「なに?」
「今日はこのままくっついていてもいい?」
「うん、ご飯作りのときとかトイレのときとかは勘弁してほしいけど」
やっぱり甘えてくれると嬉しいな。
冬休みはなんにもないまま気づけば1日になっているから余計に。
相手が中学3年生の女の子、というのも拍車をかけている。
なんか中学生=可愛げがない態度を取るってイメージがあるんだよ。
もちろんこれは私が悪いが実際に口が悪かったりもするからあながち間違っているとも言えないのではないだろうか。
「お風呂でも一緒で」
「いいよ、私達は姉妹だから気にならないし」
「うん、七菜がいてくれて良かった」
「ありがとう、私も若菜がいてくれて良かったよ」
喧嘩にならなかったのは我慢できたからだ。
だからちょっと自分を褒めてあげたかった、甘い物を自分にも買ってもいいかもね。
若菜もまた喧嘩腰になったりせずにいてくれたからこうしていい雰囲気でいられている。
「あと1年早かったら良かったのに」
「それって私と2年間一緒に通えるから?」
「そうよ、七菜ともっといっぱい通いたかった」
その場合も他の子を優先して姉のところに来てくれることは少ないだろうなと考えてしまって反省。
なんかネガティブなモードになっているようだ。
妹がこれから大事な時期だというときに変なのを出して余計なことに意識を割いてほしくないから気をつけなければ。
「あとは千晶もそうね」
「千晶が明るいとこっちも明るくなれるからね」
ドライなところがあるから暗くなることもあるんだけど。
ただ、対若菜の場合は本当に親しい友達同士という感じがするから必要以上に恐れる必要はないと思う。
やっぱりあれだろうか、胸のサイズで女の子として見ることができるからだろうか?
「はぁ、受験に集中したいからさっさと謝って仲直りするわ」
「うん、頑張って」
多分、上手くいくよ。
若菜はなんだかんだでなんでも上手にやってしまえる子だから。
周りの子も分かってくれるはずだ、分かってくれなくても謝罪をしたという事実が大切で。
それがあるのとないのとじゃ全く違う、それを選べる時点で十分素晴らしいと言える。
開き直りや言い訳が得意な姉のようにはならないでおくれ。
「お誕生日おめでとう」
「ありがとー」
「じゃ、それだけだから」
選んだのは新発売のドーナツ3つ。
もしかしたら好みではないかもしれないがなにもあげないよりはイメージがいいと思って買ってきたわけだ。
忘れてた、私は願うのも得意だな、大抵は上手くいかなくてひとりになるんだけど。
「待ってー」
「ん? あ、あのときはごめんね、勝手に帰って」
年下の若菜が謝るんだからこっちも謝らないと。
とりあえずは仲直りしておけばいいのだ。
そこから先は相手に任せればいい、それこそ来る者拒まずだからね。
「え? ああ……それは私が悪いんだし」
「それで?」
「あ、いまから行ってもいい? 今日は友達とか来るわけじゃないから警戒しないでほしいなって思うんだけど」
「うん、いいよ? 若菜も会いたがっていたから来てよ」
なので千晶を連れて家に帰って。
飲み物を用意している間にもふたりは楽しそうに話をしていた。
やはり少しだけ悪くというか冗談を言うのがふたりの決まりみたいだ。
素直になれていないだけなのかな? そういうところはありそうだな。
「はい」
「ありがと」「ありがとー」
「ふぅ、こたつは温かくていいなあ」
そういえばいつの間にかいつも通りの形に戻っているじゃないか。
若菜がいて、千晶も側にいてくれる生活。
冬休みのことを考えて、それが凄くありがたいことなのだとよく分かった。
当たり前なんかじゃない、なにかが変われば一気に環境が変わってしまう脆さがあって。
「若菜、千晶、いつも私のところに来てくれてありがとね」
「なんか嫌だなー、お別れの前みたいじゃん」
「そうよ、この前も急にお礼を言ってきたりして」
「冬休みでよく分かったんだよ、ふたりが来てくれることのありがたさを本当にね」
だから言えるときに言っておきたい。
お礼すら言えなくなったら人として終わりだというのもある。
「な、なんかちくりと刺された気が……」
「私も同じよ、だってほとんど……いなかったわ」
「そんなつもりはないから安心して!」
けど、またこうしてゆっくり集まれて良かったなあ。
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