第3話 実験現場に向かいました
早速実験室に行こうと、支度の準備をしていたマリュアンゼは母に止められ、侍女に告げ口をされた兄は今床で正座をしている。
「何故人体実験なんて引き受けるの!?」
今日も母のヒステリーは絶好調だ。兄は肩をすくめた。
「人体実験じゃなくて、人間の限界を……」
「同じ事です!!」
「俺に似て強靭で、ゴリラなんて目じゃ無い、森の覇者とも引けを取らない妹だと────」
「噂を増長させるな!!!」
マリュアンゼは一応正座を免れているが、ソファの端で息を殺して成り行きを見守っている。いつとばっちりが飛んでくるかわからない。
「マリュアンゼ!」
「はいい!」
急に母の首が九十度程回転し、マリュアンゼを睨みつけた。恐怖である。
「あなたも何故行こうとしているの!! 少し考えれば分かるでしょう?!」
「……お母様、相手は公爵様だそうですよ」
その言葉に母は固まる。
「オリガンヌ公爵家のフォリム様だそうです」
その家名に母は目をぱちくりと瞬かせる。
「アーノリルズ」
名前を呼ばれ、兄はびくりと肩を跳ねさせた。
「オリガンヌ公爵というのは……あのオリガンヌ公爵で間違いなくて?」
「えーと、あの、現国王の王弟殿下のオリガンヌ公爵……です」
「マリュアンゼ────!!!」
「はははいいい!」
「何をしているの! 早く支度なさい!!」
母は現金だった。
◇
公爵家というのだから、もっと大きな屋敷を想像していたものの、辿り着いたのは、こじんまりとした屋敷だった。
いや、ここに来る前に城のような公爵家の屋敷には寄ったのだが、中には入れて貰えなかったのだ。
そして言われるままに、公爵家の用意した馬車に乗り今に至る。
因みにマリュアンゼの中に怪しいとか疑わしいという類の感覚は無い。何よりマリュアンゼは自身の身体能力の高さを知っていたし、そこに疑いすら無かった。
馬車を降り、はしたなく無い程度に左右を見回し、思わず感嘆する。
(かわいい……)
一応マリュアンゼは十八歳の娘で、その年頃の令嬢が持ち合わせる感覚だって備えていた。
小さくて丸くて色取り取りで、御伽噺に出てくるお菓子の家のようだ。マリュアンゼは頬を紅潮させ胸の前で両手を組んだ。
(ん……?)
けれど、この可愛い作りの屋敷に少しばかり似つかわしく無いものが掲げてある。どうやらエンブレムだ。
二双槍と守護の盾、それに王家の花紋であるカサブランカが添えてある。公爵家の紋章だろうか。
「誰の許可を得てここに入ってきた」
首を捻っていると低く唸るような声が背中を刺し、マリュアンゼは飛び上がった。
慌てて振り返れば眉間に皺を寄せた美青年が腕を組んで立っている。
マリュアンゼはキョロキョロと辺りを見回した。
そういえば、自分を馬車から下ろし、ここまで案内してくれた従者は、公爵を呼んでくると言って立ち去ってしまった。
マリュアンゼは侍女も無く一人だった。公爵から一人で来るように言い付かって馬鹿正直にその通りにしたが、一応公爵家の侍女が付いてきてくれた。彼女は屋敷内にお茶の支度をしに行ってしまったので、今はいないが……
「私は公爵様に呼ばれて来た、アッセム伯爵の娘マリュアンゼです。怪しい者ではありません」
「嘘をつけ」
被せるように青年は切って捨てる。
マリュアンゼは目を丸くした。
「アッセム家のマリュアンゼといえば、ゴリラ女と有名じゃないか。素手で大木をへし折り、手刀で薪を割ると聞いているぞ」
……凄い噂である。いくらマリュアンゼでも流石に大木は斧を使って倒した方が効率的だと思う。やってみたいと思った事はあるが、やった事は無い。
向かいの美青年は、ふんと鼻を鳴らし、じろじろとマリュアンゼを観察する。
「どうやってここを探し当てた? 私が婚約を破棄し引き籠っているからと言って、どうして何の面識もなく、取り柄も無さそうなお前に慕情を抱くと思うんだ?」
「……失礼しました。私の勘違いです。直ぐに立ち去りますから、これ以上はご容赦下さいませ」
マリュアンゼは踵を返した。
何故なら直ぐに察したのだ────こいつ、面倒くさいと。
そそくさと美青年の横をすり抜けようとすれば、さらに別の声が掛かった。
「フォリム!」
マリュアンゼがフォリムの頬が引き攣るのを横目で見たのと同時に、彼に手首を掴まれた。
声を掛けた人物とマリュアンゼ、共にはっと身を竦める。
「何しに来た」
先程自分に問いかけたそれよりも、もっと低い声で少し離れたその女性にフォリムは声を掛けた。
掴まれた手首にぐっと力が込められる。
「あ、あなたが別邸で愛人を囲ってるって聞いて! 私の為に、私が忘れられないからって、そんな!」
マリュアンゼは成る程と得心した。
彼女がヴィオリーシャ。オリガンヌ公爵の元婚約者だ。
(国王の再婚相手)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます