第3話
あれは確か十年前のある日のこと。まだ俺が小学生だった時だ。
下校中、激しい雨が降ってきたことがあった。突然の雨に傘を持っていなかった俺は公園のすべり台の下で雨宿りすることにした。
いつも一緒に帰っている友達がいたのだが、今日はたまたま先に帰ってしまっていて一人だった。
ゴロゴロと雷が鳴る中、雨も激しく降っていた。
段々と夜も近づいて来て少しずつ暗くなり始めていた。俺は一人不安を感じていた。
「君、傘ないの?」
そんな俺に話しかけてくれたのは赤い傘を差した女子高生だった。
俺が何も言わずに頷くとニコッと笑った。
その笑顔を見て安心した俺は思わず泣いてしまった。そんな俺を見てそのお姉ちゃんは大丈夫だよと優しく慰めてくれた。
「暗い中、一人で怖かったね」
「うん……」
「お姉ちゃんの傘、貸してあげるよ」
そう言ってお姉ちゃんは俺に赤い傘を手渡した。
「でもお姉ちゃんは?濡れちゃうよ?」
俺は受け取るのを躊躇った。
「お姉ちゃんの家、すぐそこだから大丈夫だよ」
お姉ちゃんは俺を見て微笑む。
「……ありがとう!お姉ちゃん!」
「どういたしまして」
俺は手渡された赤い傘を受け取った。
「傘返したいから……また会える?」
「会えるよ!きっと……」
そう言ってそのお姉ちゃんは俺に小指を差し出す。
「約束ね!」
「うん、約束!」
そう言って俺達は指切りをした。
それから数日後、俺が学校から家に帰ると母が誰かと電話していた。相手はきっと近所のおばさんだ。
[……この前、土砂降りの日あったでしょ?あの日家の近くの交差点で交通事故があったらしいわよ……
女子高生が亡くなったんだって……]
赤い傘が玄関先には立てかけてあるままだった。
手渡された赤い傘とくしゃっとした笑顔……
指切りをしたあの日……
俺の中で全てが繋がった。
土砂降りだったあの日、雨宿りしている幼い俺に赤い傘を貸してくれた女子高生はアサミだった。
そして、その日アサミはこの世からいなくなったのだ。
俺があの時、傘を借りていなければ……タイミングが少しでもずれていたら……アサミは生きていたのかもしれない。
そう思うと胸が張り裂けそうだった。
でもアサミはこんな俺との約束を守る為、俺に会いに来てくれたのだ。
それは紛れもなく真実だった。誰が何を言おうが本当のことだ。
「アサミ好きだよ……もう一度会いたい……」
俺は何度も叫んだ。何度も何度も名前を呼んだ。
しかし、この想いは赤い傘と共にもう君に届くことはない。
赤い傘 岡田 夢生 @y_okada
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