第2話

 次の日、俺は“アサミ”を探しに、三組へと向かった。


 見たところ、アサミの姿は見えない。教室の中をキョロキョロしながら見ていると入口に立っている男子達にどうした?と声をかけられた。


「アサミって子、いる?」


 そう聞くとみんな首をかしげた。


「松本 麻美、知らない?」


「そんな名前の子、このクラスにいないけど」


 確かにアサミは三組だと言っていた。俺の聞き間違いだったのかと思い他のクラスを回ったり、名簿を見たりした。


 しかし、松本 麻美という名前はどこにもなかった。


「どういうことだよ……」


 もしかして俺の勘違いで学年が違ったのかと思い、サッカー部の一個上の先輩と一個下の後輩に聞きにいった。


「松本 麻美なんて子、俺の学年にいないと思うけど?」


「俺の学年にもいないっすよ」


 しかし二人とも知らないと言う。


「一体誰なの?その子」


「昨日、帰ろうと思ったら雨降ってたから一緒に中庭のベンチに座って雨宿りしてて……」


「何なんですかそれ、怖い」


「いや、怖くねぇよ」


 二人から見てはいけないものを見たんじゃないかと心配された。


 確かにこの学校は出るなんて噂は聞いたことがあるが俺には霊感なんてものはないはずだ。


 昨日俺が見たアサミは何だったんだ?幻だったのか?それにしてもリアルだった。


 頭を悩ましているとふと掲示板が目に入った。いつもは素通りするのにこの時だけは何かに引き寄せられるように俺は掲示板の前に立つ。


 そこには絵のコンクールで入賞したと何人か写ってある写真が貼ってあった。



[ 二年 三組 松本 麻美さん ]




 その写真に写っているのは、紛れもなく昨日俺が会ったアサミだった。





 しかし、その写真の日付は……


「十年前……?」


 アサミが映っていた写真はなんと十年前の日付だったのだ。


 昨日、確かに俺はアサミに会ったのに。


 嘘だ、これは何かの間違いだ。





 俺はすぐこの学校に十年以上いる先生を探した。


「何だ?そんなに焦って?」


 俺の様子を見てびっくりしている先生に俺は尋ねる。


「松本 麻美って知ってますか?」


 そう聞くと驚いた顔で俺を見る。


「お前、松本のこと知ってるのか?」


「知ってるも何も……」


 昨日のことを話すと先生はゆっくりと口を開いた。


「忘れもしないよ……松本は美術部でとても絵が上手かった」


 それから俺は信じ難い出来事を聞くこととなる。



 十年前、アサミはこの世からいなくなった。


 昨日のような土砂降りの雨の日、信号無視のトラックに跳ねられたらしい。


「先生、松本さんの絵って残ってますか?」


 ダメもとで聞いてみると先生は探してくれた。


「一枚だけ残ってたよ」


 その絵は校舎とサッカーゴールが描かれていてとても上手だった。コンクールで入賞した時のものらしい。


「上手いじゃん……」


 下手だから見せたくないって言ってた癖に。


 絵のことは分からないけど俺でも分かるくらい上手くて何よりとても綺麗だった。


 何とも言えない気持ちのまま、俺はフラフラとあてもなく歩いた。気がつけば俺は、昨日アサミと初めて出会ったベンチまで来ていた。


 ここで確かにアサミと喋ったのに……アサミは俺を見て顔をくしゃっとさせて笑っていたのに……


 ベンチに座れば自然と涙が溢れてきた。


「……何なんだよ!」


 この気持ちをどこにぶつけたらいいのか分からなかった。やり場の無い思いを感じながら、暫くベンチに座り、泣き続けた。


 もうその頃には部活も終わっており、他の生徒は少なくてよかったと思った。


 ふとベンチのすぐ横の柱を見る。


“タカ、自分らしく生きなよ?

 もう一度会えてよかった。

 アサミより”


 昨日はこんなメッセージなかったはずなのに……


 なんで……こんなにも君は……俺の心を掴んで離さないのだろう。


 昨日少し話しただけのアサミのことを俺は好きになってしまった。


 でもアサミはもうこの世にはいないのだ。


 涙がポロポロと流れて止まらない。




 これ以上泣けないと思うくらい泣いた俺はもう一度アサミのメッセージを見た。


「もう一度……会えてよかった?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る