赤い傘

岡田 夢生

第1話

 教室から出て階段を下りる。そのまま外に出ようとしたら土砂降りの雨が降っていた。


「結構降ってんなぁ……」


 今日天気予報で雨なんて言っていただろうか。勿論そんな俺は傘を持ってきていない。走って帰るしかないか……


 そんなことを考えながらぼんやりと降りしきる雨を見つめていた。


「これは当分止みそうにないねー」


 いつの間にか俺の隣には女の子が立っていた。綺麗な黒髪が彼女の胸あたりまで伸びており、背は小さめ。見たことのない顔だった。


「傘、持ってる?」


 俺はその子に話しかけた。


「持ってない!」


 元気よくそう言うとニコッと俺に微笑みかけた。もしも傘を持っていたら相合傘でもして帰れたのにと思う。


「ちょうど傘貸しちゃっててないんだよねー」


 やけに馴れ馴れしいなと思いつつ、雨も止みそうにないので近くのベンチに座った。


「雨宿り?それなら私も付き合うよ!」


 そう言って女の子は俺の隣にちょこんと座った。どうせ一人だったら暇だし、ちょうどいいか。


「名前なんて言うの?」


 俺は隣にちょこんと座った女の子に尋ねた。


「私、松本 麻美あさみ

“アサミ”って呼ばれてる」


 まぁそのままだけどねと言ってアサミはクスッと笑う。


「俺は佐藤 貴史たかし

 みんなから“タカ”って呼ばれてる」


「タカ、ね」


 そう言うと分かったと俺の方を見てはにかんだ。


「アサミは何組なの?」


「私は三組だよ、タカは?」


「俺は二組、だから隣か」


 隣のクラスにこんなやついたかなぁ……隣のクラスなら見たことあるはずだが全く記憶が無い。


 見覚えがないから転校生かなんか?


 いや、新学期でもないこの時期に転校も考えにくい。何だか分からないけど俺はアサミの事がとても気になった。


「タカは何部なの?」


「俺はサッカー部」


「それっぽい!運動神経良さそう!」


「運動神経いいかは分からないけど体動かすことは好きかな」


「へぇ!そうなんだ!私、運動出来ないから羨ましい!」


 アサミは何部なの?と聞くと美術部と答えた。言われてみると美術部っぽい。


「それっぽい」


「ほんと?初めて言われたよ」


「どんな絵、書いてるの?」


「今はこの校舎を描いてるんだけど、これがまた難しくって」


「へぇ、見たい」


「下手だから見せられないよ」


 俺がどうしても見たいと言うとまた今度ねと言ってくれた。アサミと話していると初めて会ったとは思えない安心感があった。


 楽しくて時を忘れて話し続けた。まだ雨は降り続ける。


「雨……止まないね」


「これはなかなか止まねぇだろうな」


 もう外は暗くなりかけていた。


「時間、大丈夫?」


「うん。大丈夫だよ」


「このまま止まなかったらどうしようかな。濡れて帰るしかねぇか」


 止みそうにない雨を見ながら言う。


「……止まないといいなぁ」


 なんでそんな事言うのだろうと隣のアサミを見るとぼんやりと降り続ける雨を見つめていた。


「何で?」


「だってタカと話してるの楽しいからこのままずっと話してたい」


 胸をぎゅっと掴まれるようなそんな感覚がした。それは俺にとって初めての感覚だった。


「タカは私と話してて……楽しい?」


「うん。楽しいよ」


「ほんとに?嬉しい」


 アサミを見ると本当に嬉しそうに微笑んでいて俺まで嬉しくなった。


「また明日会いに行くから話そう?」


 俺は気がついたらそう言っていた。


「また……会えるかな?」


 そう言ってアサミは少し寂しそうに笑う。ただ、雨の音が響いていた。地面に打ち付ける雨を見ながら俺は言う。


「え?会えるでしょ?隣のクラスなんだし」


 そのまま視線をアサミの方に向けた俺は唖然とした。







「……あれ?」




 そこにアサミの姿は無かった。


「なんで……」


 さっきまで隣にいたはずなのに姿かたちもない。


「アサミ、アサミ……!」


 隠れているのかと思い名前を呼びながらアサミを探す。俺の声だけが校舎に響く。辺りはもう真っ暗だ。


 しかし、どれだけ見渡してもアサミは見当たらない。


「アサミ……?」


 結局いくら探してもアサミが俺の前から現れることは無かった。




 気がつけば雨はあがっていた。

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