【問2の答え】新幹線【雷直撃】

 今日は俺の記念すべき日になる。

 完全自動運転の新幹線を試験走行させるのだ。その距離120km。減速を必要とするカーブがあるポイントを除いた区間で、速度80kmを保ちつつ1時間半の間なんの弊害もなく走行させられればこのプロジェクトは成功だ。


 駅のホームの上には俺と部下たちが一列に並んでいた。隣の部下の前にあるノートパソコンの画面には【80.00km/h】の数字。これは新幹線の今の速度だ。無人の新幹線からリアルタイムに情報が送られてくる。まったく速度がブレることなく、新幹線は進んでいるようだ。この調子なら予定通りに終われそうだ。

 この試験走行のためにおよそ2時間、路線の片側を封鎖している。定刻に終われなければバッシングに見舞われるだろう。いや、もう既にこうしている間にも一般市民の奴らはギャアギャアと騒ぎ立てているかも知れない。予定していたことにも関わらず、「チケットが取れなかった」「会議に遅れる」などと好き勝手宣っているに違いない。もともとこのプロジェクトは、始まる前から裏金問題を突かれて、やれ『日本一汚い新幹線』だ、やれ『血税特急』だと随分そしられてきた。そのせいで、イメージダウンを嫌った大手製造企業の参入が遅れ、プロジェクトの段取りも上手く行かなかった。しわ寄せは零細企業に行った。圧力を掛けて無理矢理納期に間に合わせたのだ。そこの社員が数人自殺したらしく、それも世間から恨みを買う一因になった。


 ふん。愚か者どもが。最初から騒ぎ立てていなければ救えた命もあっただろうに。それだけやつらの想像力は乏しい。だからこのプロジェクトの偉大さもわからないのだ。100億程度の裏金がなんだ。いちいち取り立てて騒ぐようなことでもないだろうに。……いや、或いは偉大だとわかっているからこその妬み嫉みがあるのかも知れん。道徳心を盾にもっともらしいことを言っているだけで、本当はただ羨ましいだけと言うのも充分に考えられる。プロジェクト成功のあかつきには、莫大な利益を生むわけだからな。


 しかしまあ、俗人の心の内など知ったことではない。俺はこの日のためにあらゆるものを犠牲にしてきた。妻子を捨てて研究に没頭し、プロジェクトの責任者になったのだ。今日この試験走行を成功させれば名誉も富も手に入れることになる。


 新幹線が出発駅を出て約40分。そろそろ俺が居るこの場所まで来るはずだ。


 遠く、新幹線が来る方向を見つめる。山の上に広がった空は清々しいほどに青く、雲一つない。まさに試験走行日和と言えた。運も天も俺に味方してくれているのだろう。


 向こうから、風の壁を壊しながら進む新幹線の音が聞こえた。初めは点だったそれも、すぐさま大きくなり、形を現した。胸が高鳴る。画面には【80.00km/h】の数字。


 希望を載せた新幹線が目の前を通過した。風がホームになだれ込み、白衣がひるがえる。


 中間地点まで一切の問題なし。これは行ける——


 ——ピッシャアアンッ!!


 目の前が真っ白に包まれなにも見えなくなると同時に、轟音が響いた。


「なんだ!?」


 部下たちがそれぞれ声を上げる。

 どうやら目の前に雷が落ちたらしい。

 視力が回復する前に違和感が鼓膜から背筋をすり抜けた。


 ——音がしない。


 新幹線の走行音が消えたのだ。


 バカな。


 何度もまばたきをして、視界に入って来たのは炎。

 レールの上、二本の線になって炎がゆらゆらと揺れていた。炎が途切れている先に新幹線はない。

 慌てて画面を見た。


【00.00km/h】


 は?


「なにが、……どうなっている?」


 消えたのか?

 今の落雷で?


 確かに、目の前で落ちたことを考えると、新幹線が直撃を受けた可能性は高い。しかし、雷が直撃したからと言って、消えるものか。


「ぶ、部長!」


 ノートパソコンの前に居た部下が叫ぶ。画面に目をやる。


【80.00km/h】


 どういうことだ。どこにもいないのに、なぜいきなりこの数字だけ。しかし、この数字が出たと言うことは、新幹線はどこかを走っていると言うことだ。しかもレールの上を。

 が、すぐさまその数字は減少し、一気にゼロとなった。


【00.00km/h】


 なんなんだ!? なんなんだいったい!!


 狼狽と途方が一緒にやってきて、俺はどうしようもなくなって膝を突いた。見上げれば空はおぞましいほどに青かった。



※  ※  ※  ※



 その後の報告で、試験走行中の新幹線はまったく別の路線に入り込み、しばらく走ったあと脱線して止まったらしいとの情報を得た。だがその頃にはもう俺の首は飛んでおり、政界のお偉いさん方から「生きていられると思うな」と脅し文句を吐かれていた。ここから先の人生には死ぬより苦しいことが待っているだろう。雷に打たれて消えてしまいたいと思った。

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