第4話
サヤメはギシギシという橋がきしむ音で飛び起きた。いつの間にか眠っていたらしい。
日差しが川を照らし美しい光の粒が見えた。自分が無事に朝を迎えたことにほっとしたサヤメは安堵のため息をついた。
(これからどうしよう。)
サヤメは川で顔を洗うと今後の自分の身の振り方を考えた。ずっと旅芸人の踊り子として生きてきたので何をすればいいのか分からなかった。
(城下町…。城下町に行こう。)
サヤメはヤマセ達と城下町を目指していたことを思い出して立ち上がった。着物の袂で顔を拭うと温かな日差しのもとに出る。
日の温かさを感じてサヤメは昨夜の出来事が夢のように思えた。土手を上ると橋を渡っていた行商人らしき男性が驚いたように声を掛けた。男性は背に大きな荷物を抱えている。
「お前さん橋の下にいたのか?昨夜は大丈夫だったのか?近くの集落が悪党に襲われたそうじゃないか。宿場が大変なことになってるらしいな。死体がわんさかとあるんだと。」
その言葉にサヤメは固まった。一緒に旅してきた踊り子たち、ヤマセやイツキの顔が浮かんだ。
「…生き残ってる人は?」
行商人の男性はため息をついて手を横に振った。
「いないだろう。今守護人が死体を片付けて事情を調べてるところだろうよ。」
守護人とはその土地の軍事・治安維持を城主から任された者のことを言う。サヤメは行商人の言葉を聞いてあの宿場へ引き返すのを辞めた。死体を見たくもなかったし、イツキがどうなったかこの目で確かめることもしたくなかった。
サヤメはこういった別れには慣れている。旅芸人だったころも出会いと別れの繰り返しだったのだ。もっと幼い頃には両親とすら分かれているのだ。だからここでも感情を少しも乱すことなく前を見据えていた。
「ところでお前さん一人か?これからどこに行くんだい?まだ子供だろう。」
男性の言葉にサヤメは決意めいたように答えた。
「城下町に。」
「おお奇遇だな。そしたら途中まで一緒に行こうや。あともう少しでカミシロ様の御領地だぞ。」
近くの城下町はカミシロという人物が治めているらしい。突然の誘いにサヤメは眉を顰めた。その表情を見た男性が声を上げて笑う。
「そんな嫌そうな顔すんなや。旅は道連れっていうだろう!」
そう言ってサヤメの背中を乱暴に叩く。城下町に向かうまでサヤメは渋々男性の隣を歩いた。城下町が近くなってきているからだろうか徐々に人の往来が増え始めた。
「ところでお前さんは何を生業としてるんだ?」
「…旅芸人。」
「一人でとは珍しいなあ。何をする芸人なんだ?」
「…舞をやります。」
サヤメは今の自分が旅芸人と名乗っていいものか迷ったが他に答えることがなかった。
男性がへえーと感嘆の声を上げると何かを思いついたように手を打った。
「町に有名な舞姫がいるんだ。カミシロ様が庇護している神楽舞の名手キヨイ様を見たらいいさ!」
「キヨイ…様?」
「ああ。とても美しい舞を披露するらしい。舞だけじゃなくて大層見た目も美しいらしい皆舞姫って呼んでる。俺も見たいねえ。」
無一文のサヤメは食い扶持を稼ぐためにキヨイの元で働く算段を立てた。権力者に庇護されている旅芸人なんて珍しい。身分の低い旅芸人が優遇される立場にいることにサヤメは純粋に驚いていた。
(どうなるか分からないけど。行くしかない。)
「お。そろそろ城下町の関所だ。旅芸人なら通行許可証がなくても通れるな。」
「…。」
サヤメはその問に黙り込んだ。今までは確かに旅芸人の一座として関所を難なく通りすぎていたが今は自分一人しかいないし旅芸人らしき格好もしていない。一抹の不安を抱えながらもサヤメは男性と歩みを進めた。
関所が見えてくると武装した男が門の近くに立っているのが見えてきた。
「許可証を見せろ。」
商人の男性は着物の重ねから許可証を取り出して見せていた。
「そこの餓鬼は?」
「ああ。この子は旅芸人なんです。」
商人の男性が説明しても関所の兵は納得していない様子だった。
「怪しいな。普通の餓鬼にしか見えないが。」
サヤメは顔を俯かせた。その間にも商人の男性があれやこれやと関所の兵に話しかけていたが険悪な雰囲気は変わらなかった。やがてもう一人どうかしたのかと兵が増えてしまった。
(これ以上人が集まったらだめだな。城下町に行くしか私に生きる道は…ない。)
一瞬で判断を下すとサヤメは商人の男性と関所の兵の間を走り抜けた。
「こら!待て!!」
関所の兵が血相を変えて叫ぶ。周りの往来が何事かと門兵に視線を集めた。関所の周辺では市が開かれておりそれなりに賑わっていた。その中に紛れてしまえば子供のサヤメはやり過ごせると考えた。
サヤメは静かに出店と出店の間に隠れると関所の兵が大声を上げながら通り過ぎていくのを待った。
(行ったかな?)
出店の店主たちは不思議そうな顔でサヤメを見ていたが声を掛けられる前にサヤメは人混みに紛れた。
一人で人の往来の中を歩くと何故かとても心細く感じた。一座のみんなと歩いていた時は一度もこんな気持ちになったことはない。イツキが絡んできて、他の踊り子たちが笑う。ヤマセが優しい顔でサヤメの頭を撫でてくれた光景を思い出した。
(私はまた居場所を探せるんだろうか。)
暫く歩いて行くと木造の建物が所狭しと立ち並ぶ大通りに辿り着いた。
(…凄い。)
サヤメは思わず目を見開いて辺りをキョロキョロと見渡してしまう。目の前に美しい街並みが広がっていたのだ。民家も立派な木の平屋建てでサヤメが辿ってきた農家の家や小さな集落とは大きく違った。
「おい!あそこにいるぞ。」
「そこの紺色の着物を着た子供!止まれ!」
後ろから警備の兵達が声を上げてサヤメを指さしているのが見えた。サヤメは冷や汗をかくと正面をむいて再び走り始めようとしたのだが息が切れて肺が痛痛むのを感じて立ち止まった。思えば昨夜から体を酷使しているし食べ物も夜ご飯から何も口にしていない。
その場に倒れこみそうになった時、何者かがサヤメの体を支えた。
「こっち。」
そう言って優し気な笑顔を浮かべたのは長い黒髪を頭の中間部で乱雑に一つに纏めた青年だった。そのままサヤメを建物の影に引き寄せると外套の中にサヤメを覆い隠してくれた。
サヤメは青年に力なく寄りかかりその間に深呼吸を繰り返し息を整えた。訳がわからないまま青年の腹にしがみつく恰好になってしまう。自分が小さい子供になったような気がしてサヤメは変な心地がした。
「上手く撒けたみたいだね。君、どうして追いかけられてんの?人でも殺した?」
その言葉を聞いてサヤメは青年の外套から飛び出した。見知らむ人とこんな近距離で話すのは落ち着かない。そして外套の中で青年が腰に刀を差しているのを見つけて警戒心を強めた。
「…。腕を切り落とした。でも悪党の腕。」
サヤメが素直に質問に答えると青年は驚いたような表情を見せた。周りに花でも咲いているかのようにおっとりとした雰囲気を纏った青年は興味深そうにサヤメを見た。その目の奥に宿る光は意外に鋭くてサヤメは一瞬怯んだ。
「へえ。…嘘言ってるわけじゃなさそうだね。」
サヤメはその場にうずくまってしまった。その様子を見た青年が慌ててサヤメの側に近寄る。
「どうしたの?具合でもわるいのかな?」
青年が慌てていると次の瞬間大きなお腹の音が路地に鳴り響いた。
「…お腹…空いた。」
その様子を見て青年は瞬きを繰り返すと声を上げて笑った。笑うと少し幼げに見える青年をサヤメは黙って眺めていた。
「笑いごとじゃない…。」
サヤメがお腹を抱えてぎろりと青年を睨み上げると青年は「ごめんね」と言って笑うのを辞めた。
君がため ~剣技を完コピする少女と天才剣士の剣戟譚~ ねむるこ @kei87puow
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。君がため ~剣技を完コピする少女と天才剣士の剣戟譚~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます