第3話
戸口が開いたのを合図に武装した集団が一斉に宿に入り込むと殺戮を始めた。何のためらいもなく戦で拾ったであろう錆びた刀を手に近くの人間を切りつけ始めた。
宿の中は一気に大混乱に陥った。
「女が多い。これは楽しめそうだな。」
「金もあるな!」
興行の後だったからそれなりの金もありサヤメ達は悪党の格好の餌食になった。あちこちで悲鳴があがり宿は一瞬にして地獄と化した。
そんな混乱の中、サヤメは身を屈めて動けずにいた。
幼い頃見た戦の光景が頭の中に広がっていた。泣きながら両親を探すサヤメ。
そんなサヤメを攫おうとする悪党…。
「サヤメ!しっかりしな!イツキ頼んだよ。」
いつの間に目を覚ましたのかイツキがサヤメの手をがっちりと握っていた。
「分かったよ…。あとで必ず合流しよう!」
そう言うとぼんやりとしているサヤメを引っ張り走り出した。夜の闇が濃く、悪党が手に持つかがり火を頼りに宿の中を移動するしかない。
こちらの動きに気が付いた悪党の一人がイツキの前で通せんぼした。
「おーい子供もいるぞ!しかも高く売れそうだ。」
仲間まで呼び始めたからイツキは盛大に舌打ちをした。
「ちっ。おいっサヤメ聞こえてるか?一気に駆け抜けるぞ。」
サヤメはずっと炎に包まれた村を歩いていた。イツキの声は一言も聞こえていないようだった。
「この子たちは見逃しておくれ!」
出入口付近でヤマセがイツキとサヤメの前に躍り出た。
「はあ?年増に用はねえんだよ!」
そう言うと側にいた男が刀でヤマセを切りつけた。その光景を見てやっとサヤメは炎の中から抜け出した。
「…おおあね…様?」
「
サヤメの呟きとイツキの叫び声が重なる。ヤマセが倒れるのが見えた。薄暗いせいでどれくらい出血しているのか見えないがイツキの呼びかけに答えられないぐらい悪いことだけは分かった。
「大姉様!しっかりしてください!大姉様…。」
イツキが半分泣きながらその場に崩れ落ちた。サヤメの手を握ったままだからサヤメも一緒にその場に跪く。
そんな非情な叫びに対して悪党たちは大笑いしていた。サヤメはぼんやりとした頭で思った。
(この人たちは何が可笑しいんだろう。)
恐怖や怒りよりもまず嫌悪感がサヤメを支配した。早く目の前の異物を取り除きたいとすら思った。サヤメにとって悪党たちは人以外の何かに他ならない。
「大人しくしていれば痛い目にはあわせねえよ。」
悪党がイツキの腕を引き寄せ立ち上がらせると下品な笑みを浮かべた。
イツキはサヤメの手を離すと男に向かって唾を吐いた。
一瞬怯んだ男の手を振りほどき、男の手を蹴り飛ばして手にしていた刀を叩き落とした。
落とされた刀はぴくりとも動かないヤマセの背中に落ちてサヤメの拾える範囲に入った。
「いってえな。この餓鬼!」
武器を無くした男が握りこぶしをイツキの頬に思いきり食らわせる。サヤメ前に倒れこむイツキ。
サヤメはいつものようにぼんやりとどこをみているか分からない表情をしていた。
「あいつ男だぞ。でも器量がいいし殺すには惜しいな。」
「しかたねえ。殺さない程度に大人しくさせてやる。」
そう言って別の男が刀をすらりと抜くとイツキに近づいてくるのが見えた。
「逃げろ!サヤメ!」
サヤメに振り返ってイツキが叫ぶ。
サヤメの鼓動がどんどん早くなる。そして頭の中で幼い頃サヤメを助けてくれた侍の背を思い出していた。悪党に攫われそうになった時サヤメを助けてくれる
(あの時確かこんな動きをしていた…。)
サヤメは無意識にヤマセの背にある刀を手に取った。
深く腰を落とすと刀の刃を上体の左下に構える。静かに息を整えると頭の中で侍の刀の動きを思い描きながら左下から左上へ剣先をなぞった。まるでその侍が自分に憑依したかのように正確に動きを再現する。
刀を振り上げると同時に腰を上げ全身で刀を振り終えると手に何かを断つ感触を感じた。
「ぎゃああああ!腕が!腕が落ちてる!」
サヤメの切っ先は美しい軌道を描いて刀を持った腕を切断していた。綺麗な切り口の腕が落ちているのをサヤメは見た。
その剣技は余りにも洗練されていてその場にいた者全員が息を呑んだほどだった。それぐらいにサヤメの剣技は美しかった。
「こいつ強いぞ!芸人の中に侍なんかいるのか?」
「お前行けよ!」「やだよ!」
悪党たちがサヤメの力に怯んでいる隙を見計らってイツキがサヤメの腕を掴むと戸口から飛び出した。
「サヤメ!おい大丈夫か?サヤメ!」
サヤメははっと我に返る。左手に持っている刀を見下ろしてうっすら赤黒いものがついているのをみて顔を顰めた。
(汚いな。)
刀を捨てようとしてイツキに「武器捨てるなよ!」と怒られると仕方なく片手に持ちながらイツキの手にひかれるままになっていた。
「お前…。刀なんて使えたのか?いつ習ったんだよ。」
走りながらしゃべっているのでイツキの声はとぎれとぎれだった。いつの間にか雲が散ったのか。外は月が明るく二人の姿をはっきりと映し出していた。
「…。習ってない。見たことがあるだけ。」
サヤメがぼそぼそと答えた。それを聞いてイツキが大きくため息をついた。
「お前ってやっぱり。見たことあるものをそのまま真似するのが得意なんだな…。いや得意というか天才だ…。」
田畑で囲まれたあぜ道は見晴らしがよく二人をすぐに見つけてしまう。
少し遠くからかがり火が見えて何名か此方に向かってくるのが見えた。
「…追ってくる。」
サヤメがイツキに手を引かれながら背後を確認する。子供の足ではすぐに追いつかれてしまう。すでに二人の息は上がっていてスピードも落ちていた。イツキに関しては一度殴られているのでサヤメよりも体力が落ちているのは目に見えて分かる。
「サヤメ…。刀…貸して…。」
イツキが急に立ち止まったのでサヤメはイツキの背中に顔をぶつけた。サヤメは左手に持つ刀を静かにイツキに渡した。イツキが力強く受け取ると真っすぐにイツキを見て言った。
「お前は…先…逃げろ。」
驚くべき発言にサヤメは目を見開いた。月夜に向かい合う二人はお互いにボロボロの状態だった。どうしてか舞を舞って女のふりをしているイツキがいつも以上に美しく見えてサヤメは目を擦った。
「やだよ…。」
サヤメは手を膝に手をついて息を整えながら言った。
「だったらもう一度私が…切るよ。一回思い出してできたんだから…もう一回できる。」
「それ以上…。もういい。俺が…どうにかするから。」
イツキは他にも何か言いたげだったがそれ以上言葉を話すことなくサヤメに乱暴に抱きしめた。本当に一瞬のことだったのでサヤメはされるがままになった。すぐに二人の場所を入れ替えると追手とは反対方向にサヤメを突き飛ばした。
「無理だ…。イツキ…弱いのに。」
サヤメが走るのを躊躇っているとイツキが大声で言った。
「うるせえ!…それにお前よりも強いし!いいから走れって馬鹿!」
そう言ってサヤメにタックルを食らわせる。
近くに追手が見えイツキが馬鹿と叫ぶのでサヤメははじかれたように走り始めた。後ろを振り返らず、ただ我武者羅に走った。
もうどこまで走ったか分からない。川と橋が見えたのでサヤメは橋の下に潜り込んだ。ここに隠れて夜を凌ごうとした。
川の近くは虫が飛び交い鬱陶しかったがサヤメは身を縮めて息を殺した。耳を傾けて此方に悪党がやってこないか神経を研ぎ澄ませた。
(また一人だ…。)
サヤメは喪失感を胸に膝を抱えたまま瞳を閉じた。もうこれ以上残酷な世界を見たくないというように。
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