第2話

大姉おおあねさん!こいつと仲良くなんてやめてください。」


イツキが少し顔を赤らめながら顔を顰めた。サヤメは相変わらず無表情だった。ヤマセはこの集団の中でまとめ役でもあるため大姉さんという愛称で呼ばれていた。


「サヤメも。せっかく人があんたの舞を褒めてくれたんだ。ありがとうの一言でもいいな。」


肩にヤマセの体温を感じながらサヤメはこくりと頷いた。


「よしいい子だね!イツキもサヤメが好きだからってあんまり苛めないの。」


ヤマセに頭を撫でられ表情に出さないもののサヤメは心の中で上機嫌になった。


「なっ…。だから違うんです大姉さん!」


そう言ってわはははと大声で笑うヤマセを間近に感じながらサヤメは平和なひと時を噛み締めていた。


「なにー?イツキ照れてるの?」

「私たちに相談してもいいのよ?」


他の踊り子たちがイツキをからかい始めるとヤマセが真剣な表情でサヤメと向かい合った。


「あんたは踊りの筋がいいんだ。あともう少し笑顔があればいいところだけど…。城下町でお偉いさんの目に留まれば身請けしてもらえる。」


そう言って優しくサヤメの髪の毛を撫でた。サヤメは寂しげな表情のヤマセを眺めた。


「最近また戦が始まって城下町に近いとはいえ物騒だからね。こうやって旅芸人やってるよりそっちのほうが安全だろうよ。」


「私はずっとここにいるよ。」


サヤメは表情一つ変えずにヤマセにそう言い放った。そしてまた箸を動かし始める。その様子を見てヤマセは嬉しそうに顔を綻ばせた。


「嬉しいこと言ってくれるじゃないの。拾ったときはちびだと思ってたのに大人になっちゃって…。まあここにいる皆私の子供みたいなもんだけどね。」


ヤマセの率いる旅芸人の踊り子たちは皆戦で行き場を失った者たちの集まりだった。サヤメとイツキはもっと幼い頃にヤマセに拾われた子供だった。前までもっと子供がいたのだがヤマセの考えで移動がてら養育してくれそうな人がいれば子供を引き渡していた。

サヤメは愛想がない子供だったから声が掛かることはなく本人もどこかの家の子供になる気もないようだった。イツキは器量の良いため幼いころから引き取りたいという声が多かったが自らの意思でヤマセの元に残っていた。

踊り子の女性たちも移動先で残りたい場所ができればヤマセの元から自由に離れることができた。ヤマセを慕って長年付き従っている者も多い。

ヤマセ自身も戦で住む場所を失った女性だった。子供や夫もいたが戦で侍に殺されたのだと他の踊り子が話しているのを聞いたが詳しい素性は分からない。

ただサヤメはヤマセのことを信頼しており側にいて皆でわいわいと過ごせればいいと考えていた。


(私はここにいれればいい。あとは何もいらない。)


今日もこうして一日が平穏に終わるのだと思っていた。

宿の広間は踊り子たちや旅人たちが寝静まりさっきまでの賑わいが嘘のような静けさに包まれた。

何故かサヤメは眠りにつくことができないでいた。右隣りにヤマセが豪快にいびきをかき左隣にいつの間にかイツキが小さな寝息を立てて机に突っ伏していた。

部屋の奥に座っていたサヤメは外の空気でも吸おうと立ち上がろうとした時だった。此方に近づいてくる複数の足音が聞こえてきた。


(この音は…。)


サヤメは反射的に身をかがめた。この足音を聞くと村が一面の炎に包まれた光景を思い出す。

時折聞こえる男たちの声、ガシャガシャと鎧がこすれる音、かがり火…。


悪党あくとうだ…!)


最近ここから少し離れた場所で戦があったという話を聞いではいたが民家までやってくるとは思わなかった。戦が起きればそれに乗じて悪い考えを持った者も動き出す。

武装した集団は侍が起こした戦に乗じて暴れまわり家財を盗み、女子供をさらった。サヤメが息を殺して様子をうかがっていたところ乱暴に宿の戸口が開かれた。


「いい宿があるじゃねえか。」


かがり火を持った悪人面の男がにんまりと笑ってそう言った。

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