君がため ~剣技を完コピする少女と天才剣士の剣戟譚~

ねむるこ

第1話

旅人たちが行き交う宿場で白い着物と赤い袴を履いた女性の集団が舞を披露していた。

鈴を手に一糸乱れぬ動きは神々しさすら感じさせる。鈴の音が動きに合わせて規則正しく鳴る。

そして何より化粧を施され憂いを帯びた表情で舞う女性たちは美しく通りすがる人々を虜にした。

そんな舞を背後から胡坐をかいて眺めているのは二つの小さな影。二人とも女性たちと同じ着物を着ている。


「サヤメ次に行くところは城下町らしいぞ。がっぽり稼げるかもな。」


そう言って悪い笑みを浮かべるのはどっからどう見ても美少女にしか見えない少年

のイツキだった。今年で11歳になるというのに華奢な体つきと垂れ目がちな大きな瞳を細めて笑う姿は少女そのものだった。

イツキの隣でどこを見ているのか分からない呆けた顔をしている少女はサヤメといいイツキと同い年なのだが細身の体なのと髪の毛が肩につかないほど短いせいで少年に見える。釣り目に表情の乏しい顔立ちはイツキとは対照的だった。


「…お腹すいた…。」


イツキの言葉を聞きもせずにサヤメは小さく呟いた。


「また人の話を聞かないで…。」


イツキは軽くサヤメの頭を小突いた。サヤメは微かに揺れるだけでまだどこかを眺めている。何の反応も見せないサヤメにイツキはため息をついた。


「そろそろ俺たちの出番だぞ。」


サヤメは無表情のまま立ち上がると舞を披露していた女性たちの中に入る。

一人の女性が詩を詠い始めるとサヤメは先ほどのぼんやりとした子供とは思えない動きを見せた。先ほどまで女性が躍っていた通りにしなやかに舞始めたのだ。様々な表情を見せる女性たちとは違い表情一つ変えずに舞に没頭する姿は見る者の目を惹いた。

可愛らしさを存分に表現するイツキは隣で踊るサヤメを目の端で捉えながら舞の上手さに心の中で舌打ちした。


(こいつ踊り始めると人が変わるよな。)


舞を終えると沢山のおひねりが旅芸人の女性たちに降り注いだ。

隣で頭を下げるイツキはサヤメの方をちらりと見るとぼんやりと空を眺めていた。


(ほんと変な奴。)


イツキはサヤメの頭を掴むと強制的に群衆に頭を下げさせた。


「今日も皆のおかげで好評だったよ。いい部屋もとれたしゆっくりしな!」


その日の夜。宿では舞を披露した旅芸人たちが羽を伸ばしていた。女だらけの旅芸人を率いるヤマセは酒の入った器を片手に大音量でねぎらいの言葉を述べる。恰幅がよく人のいい笑顔を浮かべるヤマセは舞を踊る一座の母のような存在だった。

旅芸人以外の客もおり踊り子たちはそこからも金を得ようと男性客にしなだれかかったり酒の相手をしている。旅芸人であるとともに遊女でもある彼女らにとっては日常の光景だった。

衣装から普段の質素な服装に戻ったサヤメは紺色の小袖を着てもくもくと出された料理を頬張っていた。


「よお嬢ちゃん。お前さんすごかったよな!」


サヤメの隣にどかりと座ってきたのは酒がまわって顔を真っ赤にさせている男だった。話しかけられてサヤメの箸は止まることは無い。


「迷いのない動き、堂々としたその姿。俺は感動した!」


サヤメは自分が褒められているのに男に対して一言も返さなかったし見向きもしなかった。自分の思っているような反応を見せないサヤメに痺れを切らした男が声を上げた。


「おいっ!聞いてるのか?俺が折角褒めてやってるのに。」


周りの踊り子や宿泊客たちの視線がサヤメ達に集まり始めた時。


「すみません。この子食べることにしか興味がないんです。サヤメばかり見てないで私はどうでしたか?」


上目遣いで男の前に現れたのはイツキだった。いつもより高めの声をだして男の機嫌をとろうとした。桃色の小袖と長く美しい黒髪が後ろで一つに纏められ首を傾げる姿はとても可愛らしい。


「おお…。お前さんも良かったよ。」


大声を上げた男性は赤かった顔をより赤くさせて大人しくイツキの隣に座った。


「ありがとうございます。」


イツキはにこりと男性に向かって優しく微笑んで見せる。騒ぎに気付いた他の踊り子たちが「こちらでお話ししましょう。」と声を掛けて男性をサヤメから遠ざけてくれた。

ここまできてもずっと料理を食べ続けるサヤメにイツキは思いっきり頭を叩いた。


「お前な!もう少し愛想よくできねえのか?少しは人間の会話ってものをしろよ。」


いつもの声色に戻ったイツキをサヤメは無言で眺めていた。サヤメに見つめられて少しどきりとしたイツキは咳ばらいをして続けた。


「旅芸人ってのは客の機嫌をとってなんぼだろ?あねさんたちを見てみろよ!女の色気を前面に使って金を取ってる。そんなんじゃ生きていけねえぞ。」


「…イツキは女じゃない。」


サヤメがぼそりと呟くとイツキがまたサヤメの頭を軽く叩く。


「うるせえな!俺は今こうするしか生きる道がねえから仕方なくやってるの。お前よりも男を手玉にとれるわ!」


「二人はまた仲良く喧嘩かい?いいねえ若くて。」


二人の肩に寄りかかってきたのは楽しそうな顔をしたヤマセだった。

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