第9話 とある令息がハルを推す理由

今日は、王女アテナ様が我が伯爵邸へとやって来る。緊張はするが、そこまで畏まらずにいれるのは彼女の気さくな性格のお陰だろう。


 先日、王族専用の便箋が我が家に届いた。差出人はアテナ・オルビス。この国の王女殿下だ。彼女とは学友だった。恐れ多くも仲良くさせていただいた方だと思う。


 僕は群れることが苦手で一人で過ごす方が好きだった。だからいつも休憩時間は先生に特別に許可を頂いて裏庭の一部を手入れしていた。僕はガーデニングが趣味だ。令息なのに庭師紛いな事をしておかしいと言われることが多いがそれでも、この趣味は僕の癒しなので仕方がない。植物達は優しい。いつも僕を慰め癒し、そして元気をくれる。僕は植物が好きだ。

 ある日、いつものように学園で土いじりをしていると、一人の少女がやって来た。しゃがんでいる僕の頭上から「何をしていらっしゃるの?」と不思議そうな声がして振り向けば、そこには王女であるアテナ様がいた。驚いて大きな声が出そうになったが、その白く滑らかな手に口を塞がれて何とか抑える事ができた。何でも取り巻きを撒いてきたところらしく、要は逃げて隠れる為にここへ来たそうだ。確かにここは校舎の裏なので、あまり人は来ない。その事を伝えると、その日以来度々ここを訪れるようになった。彼女にとってここは良い隠れ場所になったらしい。アテナ様も群れるのが得意ではないらしく、苦手な者同士特に話をする訳でもなく、僕は土いじりをアテナ様は木陰で読書をして過ごした。たまにコレは何の植物かなど質問をされることもあったが、植物の話をする事は好きなので何の苦もなく話す事が出来た。話をしてもしなくても、そこで流れる時間はとても穏やかで僕はいつしか一人じゃないこの時を気に入っていた。こうしてあっという間に三年間は過ぎていった。卒業してその庭で過ごす時間は無くなってしまったが社交の場で会うことはあるので、寂しくはない。アテナ様も王族であるにもかかわらず、自ら話しかけてくださるくらいには僕を親しい人物だと認識してくださっているようで嬉しい。

そこに、恋愛感情はない。僕は誰にも恋をした事がないから恋愛の好きがどんな感じなのか分からないが、多分アテナ様へのこの好意はきっと友情としてのものだと思う。

アテナ様はとてもお綺麗で成績も良く運動神経も良い。完璧な方だ。おまけに、気取らず気さくだ。彼女の事を好きな男はたくさんいただろう。けれど、いざ親密になる為、話し掛けようとすればなぜか、隣には双子の王子アルテミス様がいて話しかけることが出来ないらしい。隣の席になった男子生徒がそう嘆いていた。

きっと僕が全く恋愛感情を抱いていなかったからこそあの庭で共に時間を過ごす事ができていたのだろう。



お出迎えの為に門の前で立ち、思い出に浸っていると、王族専用の馬車、ではなく馬に跨り二人の従者を連れたアテナ様が現れた。


「お待たせしてごめんね。今日はよろしくお願いします。」

「あ、いえ、えーっと馬車ではないのですか?」


淑女が、ましてや王女殿下がまさか馬に跨ってやってくるなんて思ってもみなかった。


「馬のほうが楽だもの。それに今日は私用だからね、いつもの喋り方でいいよ。」

「そ、そうか。分かった。じゃあ馬はこちらで預かっておくよ。早速、庭園へ案内してもいいかな?」


学生の頃は同級生なのだから敬語はいらないと言われ、大変恐れ多いのだが対等な話し方をさせていただいた。勿論、今は王族と臣下の関係なので、無礼な話し方はしていない。なので、こんな風に話すのは卒業して以来だ。なんだか懐かしい。


馬を我が家の厩務員に預けて早速僕の手入れする庭へ案内する。今日アテナ様が来られた理由は僕が手入れしている庭を見たいからだそうだ。先日、夜会でお会いした時に今の時期は庭の花が綺麗に咲いていると話したら、興味をお持ちになったらしい。それから数日後に訪問の日程などを手紙で確認され、今に至る。

王都の屋敷なので領地の屋敷の庭ほど広くはないが、狭い空間だからこそ身を寄せ合いお互いに尊重し合う花達の美しさをぜひ楽しんでいってほしい。広い庭でのびのび育つ植物達も良いが狭い空間には狭い空間の良さがあるのだ。


「うわぁ!すごく綺麗!!」

「ね。綺麗に咲いているでしょ?連絡をもらってから今日がちょうど見頃になるように整えたんだ。そうだ。歩きながら鑑賞もいいけど、着いたばかりだからまずは花見をしながらお茶でもどうかな?」

「素敵だね。そうさせてもらおうかな!丁度手土産に、お菓子を持ってきたの。アキ。」

「はい。アテナ様。」


アキと呼ばれた従者が手に持っていた箱をアテナ様に差し出した。受け取ったそれを今度はどうぞと渡されたのでメイドにお茶の席で出すように頼んだ。


「このお菓子すごく美味しいね。」

「そうなの!これはね、アキが作ったんだよ。彼は本当にお菓子作りが上手なの!ね、アキ。」

「恐れいります。」


紫色の髪の従者はあどけない顔でアテナ様へと微笑んだ。なるほど、ここまで間近で見たのは初めてだ。確かに噂通り令嬢達が夢中になるのも頷ける。

そして、もう一人の従者へと視線を移す。桜色の髪に女性のように美しい顔をしているがたしか、彼は男性だったはず。

実は先程から桜色の彼が少し気になっていた。ずっと僕の庭を眺めているのだ。そこまで夢中になってくれているのか。


「ふふ。ハルはね植物が大好きなの。城の庭の手入れも手伝ってくれているんだよ。実は今日はハルをここに連れてきてあげたかったの。もちろん私も見たかったんだよ?あの裏庭の景色が大好きで今でも思い出すくらい。だから今日はここに来られて嬉しい。本当にありがとう。」

「そうだったんだね。こちらこそ、そう言ってもらえて嬉しいよ。そうだ、よかったらハルくん?庭を案内しようか?僕が開発した品種を育てている温室も奥にあるんだ。どう?」


ハルと呼ばれた従者は大きくクリっとした目を見開いた後に、すぐ主人であるアテナ様へと視線を向けた。主人をおいて自分からは返事が出来ないのだろう。


「良かったねハル。行っておいで。私とアキはもう少しここからの眺めを楽しんでるよ。」

「いいのですか!?ありがとうございます!」


ドクンッ

花が綻ぶようなその笑顔に胸が痛くなった。この子はそんなに植物が好きなのか。


「よろしくお願い致します。」


僕にそう丁寧に挨拶をした彼を連れて、庭を案内する為に歩き始めた。


しばらく説明をしながら歩いていたが、正直僕はすごく驚いていた。彼は本当に植物に詳しい。そして、植物が心から好きなのだと伝わってくる。

植物オタクと言われて、誰も耳を貸してくれない僕の話も楽しそうに聞いてくれる。彼の知らない事を教えてあげている事がいつの間にか僕の中で大きな喜びになっている。

彼とこの庭を歩く時間にいつの間にか僕は夢中になっていた。この時間がずっと続けばいいのに.....。

けれど、時間は残酷だ。楽しい時ほど早く過ぎてしまう。もう、この案内もここで最後。本当はだれもここに連れて来る予定は無かったが彼は特別だ。


「ここは一体?」

「ここは、実験の為の温室だよ。僕が品種改良した種を育てる為の場所。ここへ僕以外の人間を入れたことはないんだけどね。まあ、実験途中で見応えはあまりないんだけど良かったら見ていって。」

「いいんですか?」

「ああ。君は特別だ。」

「ありがとうございます。嬉しい。」


ドクンッドクンッ.........


い、痛い。胸が痛い。顔が、体が熱い。なんだこれは.....。

さっきから彼が、可愛く見えてしまって仕方ないのだ。男性だと分かっている、分かっているが可愛く見えるものは仕方がない。中性的な顔立ちのせいだけではない。仕草や言葉、性別という外側など関係なく、彼の心という内側に可愛らしさを感じてしまう。彼と会ってまだ僅かな時間しか経っていないが、彼との時間は僕に癒しを与えてくれる。ハルくんは僕にとって花のような人だ。


「あの。この鉢には何を?」


何の芽も生えていない鉢をハルくんは指差していた。指先まで可憐だ。


「ん?あぁこれは、ノービスチェリー。僕が品種改良した花のひとつだよ。小さな、でも鮮やかな真っ赤な花が咲くはずなんだけど、どうも育て方が合わないのか、なかなか芽を出さないんだ。」


大切に育ててきた僕好きな品種を掛け合わせて理想の花を咲かせるはずだった。けれどこの種だけはなかなか上手くいかないのだ。


「僕に少し分けていただけないでしょうか?」

「え?」

「少しだけ、少しだけでいいんです。....貴方の種を僕にくれませんか?」


種、タネ、たね....


「あ....えぇと、もちろん!構わないよ!君が育ててくれるのかい?」

「ありがとうございます。嬉しい。貴方のノービスチェリーを育ててみたいのです。」


それからタネを小さな袋に入れて渡すと彼は嬉しそうに微笑んだ。


「あなたの花を僕が咲かせたい。」


独り言であろう、その言葉はしっかりと僕の耳に届いていた。



ドクンッドクンッドクンッドクンッ.....


今日はやけに心臓がうるさい。

僕は生まれて初めて病を患ってしまったかもしれない。









今日も僕は趣味を満喫している。今日植える種は美しい桜の様な花を咲かせる。花言葉は初恋を貴方へだ。







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



きっとハル喜んでるだろうなぁ。ふふ。二人とも好きなものが同じだからきっと話が弾んでいることだろう。


「あ、アテナちゃん戻ってきたみたいだよ。」

「あ、ほんとだね。」


ほら、やっぱり二人とも楽しそうな顔を......




まずい。





「.....ねぇ、アテナちゃん。」

「.....ナニ?アキ。」

「はーちゃん.....またイケナイ扉開けたんじゃ...」

「アキ。」

「ん?何?アテナちゃん。」

「私達は何も見てない。」

「え?」

「私達は何も見てないし、何も知らない。いいね?」

「は、はい!!」






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