第8話 とある補佐官がフユを推す理由


私にはライバルがいる。ライバルとは言ったものの私が一方的に思っているだけだけど。


貧乏伯爵家の長女として生まれた私は可愛い弟妹達の為に働く事を決めた。一生懸命働いて、弟達には将来のためしっかり勉強をさせてあげたいし、妹達には可愛いドレスを着させてあげたい。結婚だってしてる暇はない。ほとんどの貴族令嬢は若くして結婚してしまうが、私は別にしたいとも思わない。だって、私の憧れであるアテナ様も結婚されず、国民の為に日々働いていらっしゃるのだ。私と同じ年にも関わらず、その仕事ぶりは大変素晴らしい。要は出来る女ってやつだ。なんてカッコいいんだろう。私もアテナ様のように働くカッコいい女性になりたい。

だから、毎晩寝る間を惜しんで勉強し政務官の試験を受けた。政務官になれば、憧れのアテナ様のいる王城で働けるし、何よりお給料がいいのだ。

一度は試験に落ちてしまったが、その悔しさをバネに二回目の試験では合格することができた。同じことを二度勉強し、学習内容を完全に自分のモノにできた事と、何かの役に立つかもしれないとさらに勉強の幅を広げたことが功を奏し、順調に出世することが出来た。今は宰相の補佐官の一人として仕事をさせていただいている。因みに私は負けず嫌いだ。この出世はその性格のお陰でもある。政治の世界は男性が多い。女性もいるがその数の差は明らか。男性を優先して採用されているわけではないけれど、そもそも女性が政務官を目指す事自体少ない為どうしても男性が多い職場になってしまうのだ。

そのせいか、先輩に面倒な仕事を押し付けられたり嫌な同期に陰でこっそり嫌がらせをされたり、バカにされたり...日常茶飯事だった。

陛下は差別がお嫌いなので、男女平等を掲げておられるが、やはり、皆んながみんなその考えになれる訳ではないらしい。

ただ、そういう小さい事をする奴に限って仕事がイマイチなのだ。本当にあの試験受かったのか?と思うほどに。


やられた分は仕事で返す!

今にみてろ!私はお前らなんかに負けない。絶対出世して頭を下げさせてやる。


なんて事も思いつつ毎日精一杯仕事をがんばった。勿論、仕事はとてもやりがいがあって頑張ってたのが一番だ。決して今や部下になったアイツらをコキ使ってほくそ笑んでたりなどしない。決して。



ある日、宰相の執務室の扉がノックされ一人の執事らしき男性が部屋へと入ってきた。

水色の涼しげな髪を丁寧に結い銀縁の眼鏡の奥に見えるのは切れ長の目。鼻筋はスッと通り肌はとても白い。もし雪の精霊がいるのならこんな人なんだろうなと書類仕事の手を止めて魅入ってしまった。


「失礼いたします。殿下より急ぎの書類を預かって参りました。」

「あぁ。フユくんありがとう。...なるほど、この件か。この件ならば、あの資料が必要だな。誰か、環境省に行って.....」



宰相のお遣いだろうかと誰よりも先に立ち上がる。こういう素早さも出来る女には必須なのだ。


「こちらをどうぞ」


誰よりもはやく仕事を引き受けようとした時、何の感情も感じられない、けれど低く心地いい声に私の動きは止まった。そのまま視線を彼の手元に移す。彼の手には宰相が求めていた資料が既に準備されていた。


「おお。さすがフユくんだな。仕事が早い。助かるよ。すぐ書類を作成して殿下の元にお届けすると伝えてくれるか?」

「畏まりました。」


またも抑揚のない返事をした彼はサッと執務室を後にした。

と、同時に立ち上がろうとして中途半端に上がっていた腰をドスンと椅子に戻す。


あの胸のエンブレム。きっとあの人は噂のアルテミス様とアテナ様の専属執事ね。

それに宰相は「フユ」と言ったか。そうか、あの人がフユさん。

この名前には聞き覚えがある。何でも殿下が欲するくらいの優秀な人材と噂を耳にした事があるのだ。

その噂を聞いて正直悔しかった。ッポっと出の奴が何故、そんなに評価されるのか。いや、本当に仕事が出来るのだろうが、仕事は自分も誰にも負けないくらい一生懸命していると自負している。この噂を聞いた時、何故だが無性に私の中の負けず嫌いな性格が騒ぎ出したのだ。ここへ来た時期もほぼ変わらない。言わば同期!まだ見ぬ彼は私の中でライバル的存在になったのだった。


....それより幾ら仕事が出来るからといって、何だあの愛想の無さ!愛想も仕事をする上で大切なことだと私は思っている。それに相手はよりによって宰相だぞ。私は宰相を心から尊敬している。仕事の鬼だけれど、一歩仕事から外れれば、本当によくしてくれるのだ。心の中で職場のお父さんと呼んでいるほどに。そんな私の(私のではない)宰相に向かってあの澄まし顔!笑顔の一つでも向けたらどうだろうか!


「どうした。難しい顔をして。」

「は!いえ!何でしょうか!」


一人で悶々と考えてたせいで宰相が隣に来ていたことに気がつかなかった。慌てて佇まいを直し、立ち上がる。


「悪いがこの書類を殿下に届けてくれるか?」

「もう、書類を...。畏まりました。行って参ります。」


さすが宰相!仕事が早い!



そして私は今王太子殿下の執務室に来ている。何度か来たことがあるが毎度尋常じゃないくらい緊張する。

服の中の冷や汗が止まらない。さっさと退室させて頂こう。


「では、私はこれにて失礼致します。」

「ああ、君待ってくれるかい?城下町には詳しい?」

「城下町ですか?

はい。休日は友人と出掛けたりしますので。」

「では、悪いが遣いを頼まれてくれない?」

「わ、私ですか?」

「そう。皆んな出払ってて頼める人がいなくてね。女性一人で行かせるのも危ないからフユと一緒に行ってきてくれる?宰相には僕から連絡蝶を飛ばしておくから。」





どうしてこうなった。

結局お遣いの内容は城下町で今話題のケーキ屋シュミールのケーキを買う事だった。何でもアテナ様が食べてみたいと仰っていたからだそうだ。それはそれで、大変光栄な事であるし、殿下がアテナ様を溺愛していることは城で働く者なら誰でも知っていることなので、その兄妹愛はとても微笑ましいことなのだけれど.....状況がよろしくない。

ケーキを無事購入した帰り道。無言。

正直息が詰まりそうである。

城からこのお店に来るまではせめて少しくらい会話でもと思って話しかけてみたが、返ってくるのは「はい」「いいえ」「そうですね」など、絞り出した話題が全く続かない返答ばかりだった。これじゃあ、黙っているほうがまだマシだと話題を振るのをやめたが、次に襲いかかるのは人々の視線。

彼はとても目立つ。背は高く顔立ちも綺麗でカッコいい。すれ違う子達だけでなく色々な方向から女の子達の視線を感じるのだ。きっと皆んなフユさんに見惚れているのだろう。

そして私には別の視線が。言葉にされなくても分かる。お前誰だよ。みたいな視線。

正直苦痛だ。

確かにすっごくカッコいいけれど愛想が無さすぎて一緒に居て息が詰まりそうなんですよ?と乙女達に教えてあげたい。どうぞ、隣を歩きたいのなら代わりましょ...?


街の賑わいを抜けて城まであと少し。人通りも少なくなってきた時、細い路地から突然がたいのいい二人の男が出てきた。格好はお世辞にもキレイとは言えず、悪そうな顔をしている。物盗りだろうと予測ができた。


「身なりの良いにいちゃんとねえちゃんじゃねぇか。金持ってんだろ?俺たちに分けてくれよ」


カサっと地面を踏む音が聞こえて後ろを振り向けばさらに一人、奴らの仲間だと思われる人物がニヤニヤと笑って立っていた。


やっぱり物盗りだったか。

それにしても...どうしよう...。

急に恐怖心が沸いてくる。勉強ばかりでずっと机に向き合ってきたせいで荒ごとは苦手だ。ものすごく怖い。


「フ、フユさん。どうしま....え?」


いきなり私の手首は大きくてなめらかな手に掴まれた。


「行きましょう。」



フユさんはそう言うと一度立ち止まった足を再び動かし始めた。


顔をチラリと覗いてみても表情も先程までと何も変わらずただ真っ直ぐと前を見据えて歩いて行く。私は強張って動きにくい足が絡まりそうになりながらも必死について行った。

手首を掴んでる手は少しひんやりとしていて、緊張で上がっていた体温が少しだけ下がった気がした。



物盗りを無視して通り過ぎようとしたけれど、やっぱりそこまで甘くは無い。


「おい、無視してんじゃねぇ!!」


前方の二人と後方の一人が一斉に襲いかかってくる。その瞬間掴まれていた手首は解放され、その直後、体全体に圧迫感が襲った。あまりの恐怖に目を固く閉じていると今度は体がクルクルと揺られはじめる。

あまりの揺れに気持ち悪さを必死に我慢しているとしばらくしてから揺れがピタリと止まった。


頭の中はまだグルグルしているけれど、いつまでも目を瞑っている訳にはいかない。頭を軽く振って目を開けると、少し距離を置いた前方に物盗り三人が息を切らしながらもニヤリと笑っている姿が見えた。

その姿に全身鳥肌がたつ。


ゾワゾワする肌をさすろうと腕を動かせば体は圧迫感から解放された。

抱えられていた事さえ忘れていた私は横にいる高身長の男を見上げる。


どうやら、フユさんが私を抱えながら襲撃を避けてくれたらしい。その事実に心臓の音が速くなる。


物盗り三人衆がジリジリと近づいてくる。後ろに下がろうと足を一歩引けば硬いものにカカトが当たった。まさかと思い後ろを振り返ればそこには赤いレンガの壁。

追い詰められてしまった。どうしよう。今度こそ終わった....


恐怖でカタカタと鳴る自分の歯の音がどこか他人事のように聞こえながらも近づいてくる三人を茫然と見つめているとトンッと軽く肩を叩かれた。ビクリッと肩を跳ね上げ隣を向けば、少し乱れ、こぼれ落ちた水色の髪の毛を涼しげに風に靡かせ、掛けていた銀縁の眼鏡は外れたのか外したのか、そこには煌びやかな黄金色の瞳が収まった切れ長の目が顕になっていた。


「ッ!?」


なんて、綺麗なんだろう.....


あまりの綺麗さに今の状況を忘れて、まるで時が止まったかのように魅せられてしまう。

目と目が合えば恐怖で高鳴っていた鼓動が更にドクンドクンと大きく速くなっていくのがわかった。


「これを。」

「え?あ、はい。」


差し出されたのはお遣いで頼まれていたケーキの入った箱だった。

その箱を受け取るとフユさんは私を背にするように一歩前へと出る。


「貴女は私が守ります。」



それからはあっという間だった。

何処からか出した小型のナイフの柄を使って相手を死なせる事なく気絶するまでに留めていた。


あまりに一瞬の出来事に頭がついていかないながらも、一つだけ思う事があった。


この人に敵うわけがない。

ライバルだなんだと、勝手に彼を敵対ししていたけれど、こんな人に敵うわけがなかったのだ。



その後町の警備兵へと物盗りの身柄を渡し、城までつくと無事ケーキを届けることが出来た。

フユさんは遣いの終わった私を宰相の執務室まで送ると、また無愛想に去っていった。







私にはライバルがいる。ライバルとは言ったものの私が一方的に思っているだけだけど。

目標は高い方がいい。今日も私は水色の万年筆を片手に仕事に励むのだ。













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フユの脳内


「お姉ちゃんのケーキだけは何としても守らなければ。お兄ちゃんのクッキーも無事でありますように。これが終わって城に帰ればお姉ちゃんのところに行ける。はやく帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたいかえr.....」












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