第6話 とある令嬢がナツを推す理由


男の子なんて大嫌いだ。いつも意地悪を言ってくるの。ほら、今日もまた...


「お前、今日もブスだな!」

「 毎回言われなくたってそんな事知ってます。放っておいてください。」

「俺だってお前みたいなブスなんかと話したくもない。でもあまりのブスさに声を掛けずにはいられないんだよな。」

「〜ッ!!もう二度と話しかけないで!」


自分が可愛くないことなんて分かってる。幼い頃からずっと言われ続けてきたんだから。でも、それと傷つかないことは別の話だ。ブスって言われると悲しい。言われなくても分かってる余計なお世話だ。

その場から走り出し人気のない噴水のところまで来ると息を整えそっと水面を覗く。泣いている顔は余計にブサイクでこれでは会場にしばらく戻れそうにない。


今日は王妃様主催のお茶会に来ている。あまり行きたくなかったのに、お母様がお友達を作るいい機会だからと私の腕を引っ張ったのだ。私は人付き合いがあまり好きじゃない。茶会にでて同世代の子と話すより一人で本を読んでいる方がよっぽど楽しい。けれど、お母様もお父様もそれを良しとはしてくれなかった。少しでも良い家の子息に嫁がせたいと今から気合が入っている。私はまだ11歳だ。来年になれば嫌でも学園に入学しなければならない。そこで沢山の子息達と出会う事になるだろう。じゃあ、それまで好きにさせておいてほしい。なんで、自分のまだ分からない将来の為に今傷付かねばいけないのか。

レオン・バッカーノ。侯爵令息である彼はいつも私をバカにする。そりゃ伯爵令嬢の私は彼より家格は下ではあるけれど、この国はそこまで身分差は激しくない。国王が皆れぞれの役割がある。身分が低いからといって見下す事は許されないと公言したからである。なので、同い年でもある彼にあそこまでバカにされる筋合いはないのである。幼い頃から何かと顔を合わす事が多く、毎回私に直接悪口を言ってくる本当に嫌な奴なのだ。私が男の子を嫌いになったのは奴のせいである。私の初恋を返して欲しい。どうしてあんな奴に一目惚れなどしてしまったのか。


***



「あらら。レオン様今のは良くないですよ。」

「ナツ!見てたのか!」

「そりゃもう、バッチリと。」 


またやってしまったと大反省会を心の中で開いていると、最近聞き慣れた男の声が後ろから聞こえた。振り返ってみると白地に綺麗な刺繍の入ったスーツを着こなした王子王女専属執事のナツが立っていた。最近、王城の茶会に参加したときは友達と一緒にナツの遊び相手をしてやっている。


「っふん。ブスにブスと言って何が悪い!」

「好きなのに?」

「な!?そ、そそ、そんなわけあるか!」

「レオン様は素直になれないんですね。さっきのお嬢様のこと好きすぎて話したいけど、どう話せばいいか分からない。だから悪態をついてしまうんですよね。もしくは、好きな子はいじめたくなってしまうアレですか?要は空回りってやつですね!可愛かったですもんねー!お嬢様。」

「こ、声がでかいんだよ!ちょっとこっち来い!」


少し離れてはいるが、友達や母上がこの会場にいるのだ。話を聞かれたらどうする!

ナツの腕を引っ張ってテラスへと連れて行った。ここまでこれば他人に話を聞かれることもあるまい。


「...で、じゃあどうすれば良いんだよ。」

「お、素直になりましたね。そのままでいいんですよ!そのまま心にある気持ちを素直に伝えればいいんです!」

「それが出来れば苦労しない!」

「そうですよね...あ!そうだ!お嬢様を探しに行きましょう!俺がお手伝いしてさしあげますよ!」

「でも、どこに行ったか分からない。もう帰ってしまったかも知れないじゃないか。」

「大丈夫です!まだ近くに居ますよ。俺鼻が利くんです。」



***


だめだ。全然涙が引かない。これじゃあ会場に戻れない。もう、お母様に伝えて先に屋敷に帰ろうかな。


「お嬢様。どうされましたか?」


噴水をまた覗いていると、後ろから声を掛けられた。まずい。変なところを見られてしまった。それに私は今ブサイクな泣き顔だ。あまり人に見られたくない。


「だ、大丈夫なので。」

「大丈夫だとは思えません。お嬢様から涙の匂いがしますから。どうされたのですか?」


失礼しますと、そっと背中に触れられればその大きな手の温もりに止まりかけていた涙がまた溢れてきた。


「私、今とってもブサイクなので顔をみないで聞いてもらえますか?」

「はい。」

「私好きな人がいるんです。でもその子は私の事嫌いみたいで。いつもブスブスって言われるんです...。」


私だって嫌いになりたいのに。いつも酷いことを言うあなたの事が嫌いよって言ってやりたいのに。男の子は嫌いなのにそのきっかけである彼だけは嫌いになりきれない。どんなに酷い事を言われてもまた顔を見れば心はときめいてしまうのだ。本当は仲良くなりたかった。でもきっと彼はそれを望んでいない。私の事が嫌いだから。

誰にも言っていない、むしろ溢れてくる言葉で自覚した自分の気持ちを未だに顔も見れていない人に話すなんてどうかしてる。きっと私も限界だったのだ。


「お嬢様、言いつけを守らなかったことお許しください。」


背中に当てられていた手はそっと肩に移動し優しく体の向きを変えられた。

突然の事で顔を隠す間もなく話を聞いてくれていた人と向き合うことになってしまった。目の前にいる人物を見て驚愕した。

話した事は無いけれど知っている人だ。黄金の瞳に爽やかな緑色の髪をしたとてもかっこいい執事さん。ナツさんだったかな?今話題のアテナ様とアルテミス様の専属執事四人のうちの一人。特にナツさんは私達みたいな子供に人気で、茶会では彼とも遊んでいるところを見かけた事がある。


ナツさんはそっと私の頬に伝う涙を拭ってくれると優しく微笑みかけてくれた。


「さあ、こんなに可愛い事を聞いてしまってはこちらも素直に成らざるを得ないんじゃないですか?レオン様?」

「え?」


ナツさんが後ろを振り向きながらそう言えば、その向こうからレオン様がこちらに歩いてきていた。途端に、顔が熱くなっていく。あんな話を聞かれてしまった上にこんな泣き顔を見られてしまうなんて...またブスだって言われてしまう。

こちらに近づいてくる彼から逃れられる術もなく仕方なく何か言われることを覚悟して目を瞑って身構えた。

しかし、予想とは裏腹に言葉の変わりに目尻に柔らかい布が少し乱暴気味に押し当てられた。

驚いて目を開けると眉間にシワを寄せたレオン様がいた。頭が混乱して状況がイマイチ理解出来ないが彼は怒ってる?


「お前やっぱりブスだな。」

「.....」

「お前みたいなブスは結婚できないだろうから仕方なくお前を俺の婚約者にしてやるよ。」

「...え?」

「だから、お前を俺の婚約者にしてやる!」

「....いやです。」

「な!?何だと!」


いきなり何を言い出すかと思えばまたブス。もう聞き飽きた。挙げ句の果てに何なのその上から目線は!もう怒った。今まで言えなかった分この際思いっきり言ってやる!


「何ですか急に!自分の事をブスブス言ってくるような人と結婚なんてしたくありません!そもそもなんでレオン様にブスだなんて言われなきゃいけないんですか?わざわざ言って頂かなくても自分の容姿の程度くらい理解しています!余計なお世話です!私は貴方の言葉に毎回傷付いているんです!そんなに人を馬鹿にして楽しいですか?婚約者だなんて絶対にイヤです!どうせ、毎日会う度にまたブスブス言ってくるんでしょ?何が嬉しくてそんな日々を過ごさなければいけないのですか?それに貴方は私の事嫌いでしょ!?嫌いな相手と婚約なんて頭おかしいんじゃないですか?」


言った!言ってやった!なんてスッキリ!こんなに大きな声でたくさん話したことないから呼吸は乱れているが、心のモヤが少し晴れた気がする!


「....じゃない。」

「はい?」

「だから嫌いじゃないって言ってんだよ!」

「は?」


「レオン様。素直になるんじゃなかったんですか?思ってる事をただ言葉にするだけです。ほら、頑張って。」


そうだ、ナツさんも居たんだった...。ずっとレオン様の後ろにいたはずなのに。さすが執事。気配を消していてすっかり存在を忘れていた。暴走してしまって恥ずかしい。

それにしても頑張る?何を?

ナツさんから視線を戻すと苦虫を噛み潰した様な顔をしたレオン様と目が合った。何だろう?


「...ん。」

「へ?今なんて?」

「ごめん。」

「え?な、何がですか?」

「今までの事。ブスとか言ってごめん。..

.本当はブスなんて思ったことない。」


最後は蚊の鳴く様な声ではあったけれどちゃんと聴き取れた。もしかして謝ってるの!あのレオン様が!?いつもブスしか言ってこないのに。

目の前の彼は顔が真っ赤で少し震えてさえいる。


「ふふふ。」


何で急に謝ってくれたのか分からないけれど、その言葉が嬉しい。

それに初めて見る彼の態度がちょっぴり面白くて思わず笑ってしまった。


「わあ!お嬢様の笑顔とっても可愛いですね!」

「え!?私?」

「もちろん!泣いているお顔も可愛かったですが、笑ってるお顔はもっともっと可愛かったです!どうかいつも笑ってください。貴女はとっても素敵なお嬢様です。」

「.....はい。ありがとう。」


可愛いだなんて言われたのは家族や屋敷の者以外初めてかもしれない。しかもこんなにカッコいい人に。顔が火照っていくのが分かる。レオン様のこと笑えないかも。


「おい!ナツ!俺のセリフとるな!」

「レオン様が早く言わないからじゃないですか。俺は思った事はすぐ言葉に出ちゃうんです。可愛いと思ってるなら素直に言わないと。」

「だからそれが出来たら苦労しないんだよ!」


***


私は男の子が嫌いだ。だけど好きな男の子が二人だけいる。一人は王宮に住まう緑のキューピット。もう一人は素直になれない私の婚約者。


今日も王宮でお茶会。ドレスのリボンをさりげなく緑色にした。あくまでさりげなく。でないと婚約者がやきもちを焼いてしまう。それでも、彼は目敏く気が付くだろう。彼は私が緑のあの人を推す事がどうやら気にくわないらしい。それでも私はあの人を推す事をやめられない。あの人は私と貴方を結んでくれたキューピットだから。


それに今なら貴方の気持ちちょっぴり分かる気がするわ。



ーーーーーーーーーーーーーーー


「レオン様!」

「何だよ、ナツ」

「そのハンカチ宝物ですね!」

「何で?」

「だって好きな子の涙が付いたハンカチですよ?」

「それが?」

「好きな子の涙の匂いとか絶対堪らないじゃないですか!!!」



「・・・・・・・え?」

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