第5話 とある令嬢がアキを推す理由
私は、いわゆるポッチャリだ。
食べる事が大好きだから仕方がない。私のお父様が治める領地は農業と酪農を生業としており、小さい頃から私の周りには美味しいものが溢れていた。両親も食欲旺盛な私を可愛い可愛いと言ってくれたし、体型も親子似たようなものだったので、何も気にした事が無かった。好きなものを好きなだけ食べる。特に、広大な大地でのびのび育った牛達のミルクは私の大好物で、それを使ったチーズやケーキはまさに絶品!自慢じゃないが私は食べる事と同じくらい料理をするのも好きで、大好きなチーズとミルク、それとこれまた大好きな特産品のイチゴを使った苺のチーズケーキは得意料理だった。このケーキは家族もじぃやもメイドさん達も皆んなおいしいと喜んで食べてくれる私の得意中の得意料理。こうして皆んなで美味し物を食べて笑って過ごす日々がとても幸せだった。
けれど、初めて参加する王城の夜会で私は現実を知った。どのご令嬢も綺麗な人ばかりだなとは思っていたけれど、だからといって自分の容姿を比べることはなかった。私は只々、王城のお菓子が食べられる喜びしかなかった。その時までは。
会場には、定番のお菓子から見た事もないお菓子まで幅広くあった。どれもとっても美味しそうで迷ってしまう。とりあえず、目に付いたものから皿に乗せ食べていると、あるケーキが目に付いた。
苺のチーズケーキだ!王城の料理人さんが作る苺のチーズケーキはどんな味がするんだろう。このケーキに関しては私はどんな凄腕料理人さんにも負けない自信がある。変な対抗心を燃やしつつケーキを皿に乗せ一口食べる。口いっぱいに苺ソースの甘酸っぱさが広がり、それを包み込むようにチーズの濃厚さが後を追ってくる。そして、鼻から抜ける香りはまた苺の甘酸っぱい爽やかな香りで一口食べた瞬間から幸福に包み込まれる感覚だった。
「.....おいしい!!」
一度食べだすと止まらない。悔しいけれど私が作るケーキよりも美味しい。ただ....
「嫌だわ...ご覧になってあの方。」
「まあ。なんてみっともない。」
近くで話す声が耳に届いた。気になり声のする方へと視線を向けると、口元を扇で覆い煌びやかな宝飾品をこれでもかと身に付けた四人の令嬢と目が合った。
「ドレスが可哀想だわ。」
「まるで子豚のようね。」
「いいえ、子豚のほうがまだ可愛くてよ。」
「まあ。ひどい言いようね。おほほ。」
扇で口元を隠していても聞こえよがしな悪口は標的が私ということは明白でその時私は初めて自分自身の容姿を気にした。
目の前のご令嬢達はコルセットでしっかり閉めたポキッと折れてしまいそうなほど細い腰に、華奢な首の上にはこれまた小さいお顔。スラッと伸びる腕は細くしなやかで美しく、私とは全く正反対だった。体型も顔も美しくは無いと自覚はあったがここまで馬鹿にされるのか。王都とはなんて怖いところなんだろう。目頭が熱くなり視界が揺らぐ。もう、帰りたい。
グッと堪えて皿をテーブルに置きその場を去ろうとしたその時、綺麗な男の子の声が私を呼び止めた。
「そのケーキ私が作ったんですよ。お口に合いましたか?」
掛けられた声の方へと振り返れば、ふわふわな紫色の髪をした可愛らしい男の子が立っていた。
彼はこちらに近づき私がテーブルに置いた皿を見つめるとあからさまにしょんぼりとし始めた。
「お口に合いませんでしたか?私の自信作だったのですが.....。」
「え?......あ。」
視線を皿に移すとそこには食べかけのケーキがあった。彼はどうやら口に合わなくて残したのだと勘違いしたらしい。
「いいえ!そんな事ありません!大変美味しかったです!私の作るケーキよりもずっとずっと美味しかったです!」
「それなら良かった!安心しました!!お嬢様はケーキをお作りになるのですか?」
「はい。その...私の一番の得意ケーキがこの苺のチーズケーキなんです。味は誰にも負けない自信があったんですけど、見事に負けちゃいました。完敗です。ただ...」
「ただ?」
「この味なら、うちの領地で育てている苺の酸味の方が合うと思うのです。私がその苺の味に慣れているだけかもしれませんが。」
「そうなんですか!それは良いことを聞きました。よろしければ、そのお話をぜひ詳し...っは、失礼致しました。私の様な者が無礼を弁えず話しかけてしまいまして...。」
「あ、いえーーー」
紫の彼が頭を下げた向こう側に先程悪口を言っていたご令嬢達がこちらを睨んでいるのが見えた。鬼の形相で...
「まあ!あの方!アキ様とあんなに馴れ馴れしくして!」
「彼はアテナ様の執事なのよ!そんな彼にダメ出しするなんて不敬よ。」
「醜い上に身の程知らずにだなんて。」
「最低。」
そうか、彼は最近話題の王女アテナ様の執事だったのか。噂は地方の夜会で聞いた事があった。どうりで、他のお給仕の方々と雰囲気がまるで違うはずだ。彼と話した事で少し紛れていた辛さがまた蘇ってくる。やっぱりすぐ帰っていればよかった。彼女達の火に油を注いだ様なものだ。
辛さや恥ずかしさ、色々な感情で胸がぐちゃぐちゃになり、耐えていたものが頬を伝う。それを誰にも見られまいと俯いた。
「いいえ。確かに私はアテナ様にお仕えしておりますが、お嬢様方にそう言っていただける様な者ではありません。僕自身はなんの身分もありませんから。あぁ。でも一言だけお許し頂けるなら。
お嬢様方の様な綺麗な方がそのような言葉はいけません。私は貴女方のその愛らしい唇で、その鈴のなるような綺麗な声で愛を囁いてほしいのです。」
言葉とその暴力的な甘い微笑みに四人の令嬢たちは卒倒し退場していった。
そして、残った私はまた別の意味で顔を上げられないでいる。さっきまで泣き顔を見られまいと俯いていたのに今は顔が熱くてあげられない。見なくても分かる。私の顔は今真っ赤だ。
「お嬢様?体調が優れませんか?」
彼女たちを休憩室まで運ぶように指示をして戻ってきてしまった彼はどうやら私の体調を気遣ってくれるらしい。
「いいえ、大丈夫です。.....ッ!?」
顔を見られまいと必死に下を向いていたのに本当に?なんて聞きつつ彼は下から顔を覗き込んできた。その上目遣いが余りにも綺麗で可愛くて、かっこ良くて。
思わず顔を上げてしまったではないか。こうなってしまえば元気に振る舞ってこの場を早く離れよう。色んな感情がごちゃ混ぜになっておかしくなりそうだ。やっぱり王都は恐ろしい。
「本当に大丈夫です!」
「それなら良かったです。...あはは。お嬢様お顔が真っ赤です。」
やっぱり!恥ずかしい。帰りたい。
顔を手で覆い今更だとは思うが顔を必死に隠した。
「隠さなくてもいいじゃないですか。」
そう言うと、指の隙間から見えていた彼の顔がどんどんと近づいてくる。そして耳のそばまでくると.....
「まるで苺みたい。お嬢様、とっても甘そうですね。食べてしまいたいくらい。」
それからの記憶は曖昧だ。屋敷へ戻って数日後。王城から苺の注文が来たと父は大喜びだった。そして、私の身の回りの物はいつの間にか紫色に染まっていた。そうだ。今度王城で行われる茶会に着ていくドレスに紫色の刺繍を刺してもらおう。
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「いいえ。確かに私はアテナ様にお仕えしておりますが、お嬢様方にそう言っていただける様な者ではありません。僕自身はなんの身分もありませんから。あぁ。でも一言だけお許し頂けるなら。
お嬢様方の様な綺麗な方がそのような言葉はいけません。私は貴女方のその愛らしい唇で、その鈴のなるような綺麗な声で愛を囁いてほしいのです。」
こう言うセリフは得意だ。
おまけに、アテナちゃんへのお菓子作りに使える情報も手に入れた。どうやら僕は気分がいいらしい。
少し顔を近づけ四人のご令嬢にしか聞こえないよう声量を気をつける。
「なんてね。アテナ様が居られる夜会で空気を悪くしないでもらえますか?あの方はお優しい方なのです。こんなくだらない事で心労をかけたくないんですよ。
分かったらさっさと散れ。このブスども」
不敬罪?そんなの知らない。
*
後日別の夜会で、あの時のご令嬢達が恐る恐る近づいてきた。めんどくさいと思いつつ微笑みを貼り付ける。
「あの〜アキ様?」
「はい、何でしょうか?」
先日の謝罪でも要求してくるの?
「あ、あのぉ....」
「どうかされましたか?」
用件があるなら早く言って
「も、もう一度罵ってもらえませんか?」
・・・・・・え?
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