猫とビーズと占い師

きさらぎみやび

猫とビーズと占い師

 私は占い師だ。


 占い師といえば運命を探り当てることが仕事だけれど、そのための道具は私の場合は色とりどりのビーズだった。なんでなのだろうと疑問に思うこともあったけれど、たぶんそれに深い理由なんてものはない。それが道具として選ばれた事自体がきっと運命の導きなのだ。人によってはそれがタロットだったり水晶玉だったり筮竹(ぜいちく。あのじゃらじゃらした竹の棒の束だ)だったりするのだろう。


 ただ問題なのは、ビーズを用いた占いをしている様子は、端から見ればただただビーズで遊んでいるだけのように見えるということ。別に見栄を張りたいとかそういうことじゃないけれど、占い師にはそれなりの『らしさ』が重要だ。なんていうのかな、権威付けみたいなものがとても大事であって、それで言ったらそれなりの年齢なのに童顔でどうにも子供っぽく、ときどき学生に間違えられることもよくある私のビジュアルは風格なんてものと縁遠くて、占いを生業にするにはほとほと向いていない。もっとこう、「◯◯の母」的な見た目の方が頼む方もなんとなく信頼がもてるというものだ。


 そんな訳で毎日街角に出てやっている辻占いも厳しい状況だった。特に最近はめっきり寒くなったから、道行く人の足取りもせかせかとしたものでそもそも足を止めてもらうこと自体が難しくなっている。


 今日もまた、寒空の下で頑張ったのだけど足を止めてくれる人は皆無だった。溜息をつきながら折りたたみ式のテーブルを片付けていると、占いに使うビーズが一個、回収しそびれていたのかテーブルを畳んだ拍子に転がり落ちていった。


「あっ」


 しまった、と思ったものの私の両手はテーブルを掴んでいるので塞がっている。ビーズは回収することも出来ず、ちょうど建物同士の間の路地に転がっていってしまう。視線だけでビーズを追いかけると、その先には野良なのだろうか、偶然にも黒猫がいた。その黒猫さんは目の前に突然転がってきた謎の物体に驚くこともなく、前足の先でちょん、とビーズを押さえると、顔を上げて視線をこちらに向けてきた。続けてまるで「これを落としたのは、貴方かな?」とでも言いたげに一声「にゃあ」と鳴く。思わず返事をしていた。


「あ、はい。えと、それ私のです」


 なぜか敬語で返した私の返事を理解しているかのようにその黒猫は前足でビーズをこちらに転がすと、ぷい、と振り向いて去って行こうとする。どうしてそんなことをしたのか、未だに自分でも分かっていないのだけどそのとき私はその猫に声をかけていた。


「ねえ、暇なんだったら明日もここに来るからさ、見に来てよ」


 私の言葉に反応して黒猫さんはちらりとこちらを振り返った。その頭がわずかに頷いたように見えたのは、寒さが見せた幻だったのだろうか。

 私はすぐに建物の陰に入ってしまい姿が見えなくなった黒猫さんにダメ押しのように「待ってるからね」と小さく声をかけると、両手で抱えていたテーブルを地面にいったん下ろしてから、その場にかがみ込んで先ほど黒猫さんがこちらに返してくれたビーズを拾い上げる。それは黒猫さんの瞳の色を思わせるエメラルドグリーンをしていた。


 黒猫を不吉に思う国は多い。日本でも少し前までは黒猫が前を横切ると不吉、なんて言われていたものだ。外国でも例えばベルギーやイタリアでは魔女の使い、不吉の象徴として扱われている。一方でイギリスでは幸運の象徴ともされていて、評価がこんなに分かれている生き物も珍しい。占い師なんて魔女みたいなものなんだし、黒猫とは相性がいいはず。そんなことを思いながら、私はその日の家路についたのだった。



 ***



 翌日は朝から今年一番の冷え込みになるとニュースで言っていた通り、吐き出す息もそのまま白く凍って地面に落ちてしまうんじゃないかと思うぐらいの気温となっていた。


 いつもの街角。


 折りたたみ式のテーブルを広げながら今日の準備をしていると、どこからか視線を感じた。振り向くと建物の角から昨日の黒猫さんが顔を覗かせていた。

  

「見に来てくれたの?」


 嬉しくなった私は微笑みながら声をかける。黒猫さんは恥ずかしがり屋なのか、こちらにちらりと視線を寄越したあと、ぷいとそっぽを向いてしまった。私は普段通りにテーブルを組み立て、その上に布を敷いて占い盤を設置する。「ビーズ占い」と大きく書かれた看板を立ててお客さんを待つ。建物の間をぴゅう、と木枯らしが吹き抜けた。


「うわ寒っ」


 ぶるりと体を一回震わせて、手をこすり合わせながらはーっ、と息を吹きかける。こんな日は手袋をずっと付けていたいところだけど、私がやっているビーズ占いは常にビーズを触ってないと精度が落ちる(気がする)ので、どんなに寒い日でも私は手袋をつけない。冬場になるとハンドクリームでのお手入れが欠かせないのがこの仕事の辛いところではあるけれど、好きでやっているわけだし、私はこの占い師という仕事が好きだ。


 ビーズ占いっていったいどういうものなの?とよくお客さんから聞かれる。実際やることとしてはとても簡単で、方位と吉凶が書かれた盤の上でお客さん自身にビーズを撒いてもらい、どの色のビーズが盤上のどの位置にあるのかを私が読み取って、その人の運勢を占うものですと説明する。聞いたことがない?それはそう。だってこれは私だけのオリジナルの占いだから。


 もともと手芸が趣味だった私は小さな頃からたくさんのビーズに触れていた。中学生になってからもそれは続いていて、どんどんと複雑な作品に挑戦しているところだった。少しずつ買いそろえたたくさんのビーズは色やサイズごとに小分けにして箱にしまっていたのだけど、ある日つまずいた拍子にその箱を取り落としてしまい、中にあったビーズが床にまき散らされてしまった。


 色とりどりのビーズは床のあちらこちらに転がり、広がり、ある場所に位置を取る。その配置、色、形、光、すべてが組み合わさって、私に何事かを訴えてきていた。


 そこで『視えた』のだ。


 何が?


 ――――運命が。


 言葉にするととても難しい。なんかこうサムシングが見えちゃったのだ。鰯の頭も信心からというし、(それを占い師が言っていいのかは、まあ置いといて)これはもう仕方ない。


 その時に視えたのは私の初恋の行方で、視えたその通りに数日後、私の初恋は体育館裏で儚く散ったのだった。それ以来、私はまき散らされたビーズの連なりに意味を見いだせるようになった。それはお告げのように直感的に私の脳裏に浮かんでくるもので、実は占い盤はそれっぽく見せているだけで意味はあんまりなかったりする。


 こんなことをつらつらと考える時間があるくらい、今日もなかなかお客さんは現れない。今の気温のように今月も懐は寒くなっちゃうかなと思っていると、なんとなく足元が暖かい。おや、と不思議に思ってテーブルの下をのぞき込むと、そこにはいつの間に入り込んだのか黒猫さんがいた。「ばれた」とでも言うように「にゃ」と小さく鳴くともぞもぞと私の足にまとわりついた尻尾を振ってテーブルの下から這い出てくる。


「別にいてもいいのに。こっちも温かいから歓迎だよ」


 すると黒猫さんはいいの?というようにこっちをちらりと見ると、私の膝の上に飛び乗ってきた。急なスキンシップにびっくりするが、温かいのはありがたい。黒猫さんは私の膝の上で何度かくるくると回って居心地の良いポジションを探ったあと、くるりと丸まって座り込んだ。……ああ、膝の上があったかい。これはいいかも。やっぱり生き物の温かさはカイロとはちょっと違っている気がする。じんわりと温かく、肌を通して染みこんでくるようなぬくもりが伝わってくる。黒猫さんも妙に落ち着いた様子で私の膝の上でくつろぎながら通りの方を向いて道行く人を眺めていた。一人の女性がちらりとこっちを見ながら目の前を通り過ぎようとしたタイミングで黒猫さんが「にゃあ」と一鳴きする。その声にふと足を止めたその人は私に声をかけてきた。


「あの、ビーズ占いってなんですか?」

「あ、えっとですね」


 私は一通りの内容を説明する。興味を持ってくれたのか、占いを頼むことにした彼女が希望してきたのは会社の同僚との恋愛運だった。彼女に瓶に詰まったビーズを一掴みつかんでもらい、盤上に振りまいてもらう。ビーズの連なりが指し示したのは『脈あり。ただし押しすぎるとよろしからず、向こうからの行動を待て』だった。彼女に結果を伝えながらビーズをつまみ、すいすいと紐を通してネックレスに仕立てる。その間も黒猫さんは大人しく膝の上に乗っかっていた。私は仕上げたネックレスを一度アルコールで拭き取ると、その人にお渡しする。


「どうぞ、差し上げます」

「え、くれるんですか?」

「この分もお代に含まれてますので」


 彼女は出来上がったネックレスを大事そうに鞄にしまうと、ぺこりと頭を下げて去って行った。わずかにその足取りが浮き立っているようにも見えたのはこちらの気のせいだったろうか。


 しばらくすると黒猫さんは体が温まったのか、私の膝からひょいと飛び降りると再び建物の角へと消えていった。再び手持ち無沙汰になった私は時々カイロで手を暖めながら、さらさらとビーズを弄ぶ。決して遊んでいるのではなくてこれも仕事の一環。すぐに凍えてかじかむ手から、ビーズが数個こぼれ落ちた。慌てて転がるビーズを拾おうとすると、転がったその先には、またも猫がいた。今度は三毛猫。


 ふと気がつくと、私の構えるテーブルの周りには、いつの間にか複数の猫が集まってきていた。もしかして、黒猫さんが呼んできたのだろうか。再び足元にぬくもりを感じて覗き込むと、黒猫さんが戻ってきていた。どう?とでも言うように「にゃ」と鳴いてテーブルの上に飛び乗った。香箱座りですっかりお寛ぎの様子。


 道行く人も気になったのか、ちらちらと見てくる人も増え、中にはこちらに声をかけてくる人も現れる。たぶん猫好きなんだと思う。


「飼われている猫ちゃんなんですか?」

「いえ、そういう訳ではないんですけど」


 せっかくだから、とその人はついでに占いを求めてくれた。今度は仕事運。振りまいたビーズが示すのは『困難だが乗り越えればすれば飛躍あり』だった。気合いが入るようにブレスレットの形にビーズを仕上げてお渡しする。その人は嬉しそうにその場でブレスレットを付けて、黒猫さんに手を振りながら去って行った。


 ***


 そんな素敵な出来事はその日だけかと思いきや、それ以降も私が辻占いのために座る街角の一角には、なぜだか猫が集まるようになった。黒猫さんはもはや当然のように私の膝に乗ってくるし、それに飽きるとテーブルの上にちょこんと座ってときおり道行く人ににゃあと一声鳴いて呼び込みをしてくれる。


 物珍しさに私の写真を通りがかりに撮影する人もいて、それがSNSで話題になったりもしたので私の辻占いは「猫のいる辻占い」として話題となった。わざわざ遠くから訪れてくれるお客さんまで現れるようになったし、ビーズをばらまいて占うという物珍しさも相まってTVにも取り上げられ、私はすっかり占い師としてやっていけるようになった。


 ただ、いまでも少し気になっていることがあって。


 果たしてこの人気は私の占いによるものなのか、それとも猫のおかげによるものなのか。今の状況に文句はないけれど、どうしても気になってしまうのだ。


「ねえ、あなたはどう思う?」

「にゃあ」


 黒猫さんは興味ないよ、というように一鳴きすると占い盤を置いたテーブルの上で顔をごしごしと洗う。季節は冬から春へとその装いを新たにしていて、差し込む日差しの温かさはあの日の黒猫さんのぬくもりのようだった。


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