花の騎士

Lika

第1話

 貴方との出会いは最悪と言えば最悪だったかもしれない。

何せお互いに結婚まで決めた相手が居たのだから。貴族という家系に生まれなければ、あるいは望む相手と結ばれたかもしれない。だがそんな話はするだけ無駄という物だ。


「私は……貴方の事を愛します。貴方は私の事を愛せますか?」


 初対面でそんな事を言う貴方は、とても強い人だと思った。

だがそれは違った。貴方も俺と同じ想いに決まっているのに、勝手に強いなどと勘違いをしてしまった。


 俺は貴方の問いに首を横に振った。当然だ、愛せる筈が無い。

俺達が結婚しなければ両家は没落の危機に晒される。そうなれば貴族の人間のみならず、関わっている人間全てを路頭に迷わせることになる。


 だから俺達は互いに納得して結婚する事にした。

だが愛せる筈が無い。どうしたら愛せる。まさか嘘で塗り固めろとでも言うのか。


「俺は……君の事を愛せない。すまない……」


「……貴方はずるいです。きっと貴方は、私の事を何て薄情で、ずる賢い娘なんだと思っているのでしょう?」


 その時の貴方の発言に、俺は目を丸くした。

本心から誓って言うが、そんな事は微塵も思っていなかった。むしろ強く清廉な女性とすら思っていたのに。


「私も貴方も……互いに愛する人が居ました。でも、もう無理なんです。私達の人生は私達の物だけでは無いのです」


 まさにその通りだ。ぐうの音も出ない。

俺は卑怯で卑屈な人間だ。自分だけが辛いと思っていた。貴方の事を強いなどと勝手に評価し、俺だけ悲劇の貴公子を演じていたのだから。


 貴方は泣いていた。望んだ相手と結ばれる事を許されず、こんな剣にしか興味のないような男と結婚を強要されるなど、苦痛でしかない。


 辛いのは俺だけでは無いのだ。当たり前の事なのに、俺は勝手に自分だけ悲劇に酔っていたのだ。


「私は貴方を愛します。貴方は私を愛せますか?」


 再び同じ問を投げかけてくる貴方の目が、今でも印象に残っている。


「はい……愛してみませす。そして誰よりも……貴方を幸せにしてみせます」


 その時、貴方は初めて私に笑顔を見せてくれた。何か吹っ切れたような顔で。

 

 愛してみせる。だが愛するなど、意識して行う行為ではない。

しかし俺達はやらなければならない。それが俺達の人生に対する……せめてもの抗い方なのだから。




 ※




 俺が貴方を愛せるように始めた事は、本当に子供でも思いつくような些細な物だった。

貴方は俺にお守りをくれた。俺はそのお守りを加工し、ペンダントにして首から下げ肌身離さず持ち歩くようにした。貴方はそれを見て羨ましそうにしていた。そういえば、あのペンダントが最初の贈り物だった。


 俺の手作りの……他愛もないペンダントを貴方は喜んだ。その時の喜ぶ貴方の笑顔は、今でも鮮明に思い出せる。まるで子供のように喜んでくれた。もしかしたら愛する、という演技だったのかもしれない。だがそれでも構わない。必ず貴方は俺が幸せにする。そう誓ったのだから。演技など忘れてしまうくらいに、結婚まで誓った相手を忘れてしまうくらいに……俺が幸せにしてやる。




 ※




 互いの両親に半ば無理やりに旅へと行かされた時、貴方は何処か寂しそうにしていた。気持ちは分る。俺と恐らく同じだった筈だ。旅に出るのなら……自分が望んだ相手としたかったと。


 貴方の気持ちが分かったからこそ、俺はあの時、貴方を抱きかかえて無意味に全力疾走した。風が爽快に吹き抜け、流れる風景を見ながら貴方は叫んだ。一体何が起きたと混乱する貴方は、とても可愛かった。俺はあの時、二度目の恋をしたかもしれない。


 俺は叫ぶ貴方を草の絨毯へと投げ捨て、そのまま自分も思い切り寝ころんだ。貴方はその時もまだ混乱していたが、途端に笑いながら俺に添い寝してきた。


「いきなり……何をするんですか、貴方は……」


「つい……」


 一言で返す俺に、貴方は余計に笑いが堪えきれなくなった。声をあげて大空に向かって笑いながら、その時初めて手を繋いでくれた。柔らかく、小さな貴方の手は見た目よりもボロボロだった。自分の手を通して感じる貴方の手。手の平の皮はめくれ、豆ができ、歪なまでに膨れ上がった指。貴方は自分の手が嫌いと言ったが、俺は好きだ。今まで貴族の娘は箱入りだと思い込んでいたが、貴方は誰よりも努力していた。剣だけ振っている俺とは対照的に、貴方は自分に出来る事なら何でも実行しようとした。その行動力に、俺はだんだんと惹かれていった。


 俺の油断で盗賊に攫われた貴方。俺は単身、貴方を助けに盗賊の根城へと飛び込んだ。その時、貴方は盗賊を殺すなと叫んだ。随分難しい注文をする、とその時は思った。だが他ならぬ貴方の要求だ。貴方の望みは全て叶える。それが俺の原動力だった。


 二十人程の盗賊を殺さずに制するのは苦労したが、貴方が殺すなと言った理由はその後になって分かった。盗賊の棟梁は病を患っていた。彼ら棟梁の部下達は、その病を治す薬を購入しようと貴方を攫った。貴族に身代金を要求しようとしていたのだ。


 だが貴方は棟梁の病は治らないと分かっていた。どんな薬を調合しようとも、魔法でもない限り到底治癒できぬ病。貴方は躊躇いながら、盗賊達へとその事を告げた。

 盗賊達は泣き喚きながら嘆いた。その時、棟梁は俺へとこう告げた。


「生き恥は晒したくない……殺してくれ」


 棟梁の部下達は、その言葉を聞いて何も言わなかった。他ならぬ彼の望みなのだ。尊重すべきと思ったのだろう。だが貴方は逆に棟梁を叱りつけた。


「何……甘えた事言ってるんですか。これだけの人間を導いておいて、自分だけ生き恥を晒したくない? ふざけるな! 死んで全てが丸く収まると思ったら大間違いだ!」


 貴方は棟梁と自分を重ね合わせていたのだろう。自分の人生は自分の物だけじゃない。そう言ったのは貴方だった。その後ようやく気付いた。貴方の左手に、無数の傷跡が残っている事に。


 貴方は何度も自決しようとしていた。結婚まで誓った相手と結ばれないくらいなら、死を選ぼうとした。しかし貴方は留まってくれた。死のうとしても、命を断ち切る程……自分の体に傷を付ける事が出来なかった。


 自分の人生は自分の物だけではない。あの言葉は、そんな貴方が辿り着いた結論なんだと、その時初めて気が付いた。貴方は俺以上に絶望し、そこから這い上がってきた。


 一度ほころびた自分の人生。その人生は、決して自分だけの物では無い。


 脳裏に、貴方が泣きながら自分の体を傷つける場面が浮かんでくる。


 守らねば。なんとしても……俺は貴方を守らねば……。




 ※




 その後、病に伏せる棟梁を見送った。彼も貴方に惚れ込んでしまったようで、深く陳謝してきた。貴方を攫った馬鹿な部下達を許して欲しいと。貴方は快くそれを承諾しようとして……俺を見つめてきた。


「……いい……ですか?」


 今更何を……と思ったが、俺はその盗賊達へとバルツクローゲンへ赴けと命じた。生かす代わりに盗賊から足を洗えと。バルツクローゲンには大戦の英雄が居る。彼女なら、元盗賊だろうが何だろうが、ボロ雑巾になるまでコキ使ってくれる。生きる為には仕事が必要だ。盗賊を続けるつもりなら、貴方に逆らってでも殺すつもりだった。だが盗賊達は素直に従ってくれた。彼らも貴方に惚れ込んでしまったのだろう。些細な嫉妬心が、俺の中に生まれた。




 ※




 旅の途中、美しい木々を見た。ピンク色の花が咲き乱れる風景に、貴方と私は夢中になった。そして貴方はこう言った。結婚式を挙げるなら、ここがいいと。

 貴方の要求は全て叶えてみせる。俺は力強く頷いた。



 

 ※



 そして今日、正式に俺は彼女と結婚する。


 数多くの立会人の中で、俺は彼女と誓いの口づけを。


「貴方は……私を愛せますか……?」


「いいえ」


 俺は続けてこう言い放った。


「もう、愛しています」


 一度ほころびた人生を。

 凍り付いた彼女の心を。


 俺は全て解かしてみせる。そう誓ったのだ。





 

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