第15話 愛の女神様 捌

 夜の帳が降りきり、校舎内を宵闇が支配する。


 そんな校舎の一画だけ、灯りが点いてる。


 秀星高校の会報や制作された資料は全てこの教室に収められている。卒業アルバムもあり、文化祭に使われたパンフレットや資料などもまたこの資料室に収められている。


 ぽつんと置かれた机を使い、好は佐崎智則について調べていた。


 佐崎智則が亡くなったのが十二年前。最初の愛の女神様が現れたのは十年前。


 愛の女神様。


 浅葱毬。


 杉並希望。


 新井汀。


 冷泉盟子。


 降霊術。


 流行。


 存在しない記憶。


 事件化されていない殺人事件。


 続かされている伝統。


 学校の象徴。


 代替わり。


 森宮伊鶴。


 椅子に座り、自身が書き出したキーワードを睨みつける。


 茨から何事も進展は無かったという事は既に報告を受けている。その上で、佐崎智則の名が上がり、森宮伊鶴の時には五十鈴は肉体の主導権を持っていなかったとも聞いている。


 全ての要素を合わせれば、一つの荒唐無稽な物語が浮かび上がる。


 ただ、もう少しだけ確証が欲しい。


「ちょっと、まだ残ってたの?」


「――っ」


 唐突に近くで声が聞こえ、思わず警戒気味に音の方を見やる。


 そこに立っていたのは、呆れたような顔をした大藤だった。


 大藤の背後を見やれば、教室の扉は開かれている。好は扉を閉めていたので、大藤は扉を開けた事になる。建付けはそんなに悪くは無いけれど、学校の扉はそれなりに音がするものだ。その音に気付かない程集中してしまっていたのだろう。


「すみません。ちょっと集中してまして」


「見れば分かるわよ。私が近付いても気付かなかったんだもの。それよりも、もうとっくに下校時間過ぎてるわよ? 早く帰りなさい」


「分かりました」


 広げた資料を集め、ステンレスの棚に戻す。


「あ、そう言えば聞いたわよ、奥仲先生の奥さんの旧姓」


「もうですか?」


「ええ。まだ残ってたから、世間話程度で聞き出せたわ。まぁ、明日遊園地に行くとか、そういう世間話に延々付き合わされたけど……」


 特に得意げになる様子も無く、事実を淡々と述べるも、疲れたような顔を浮かべる大藤。


「旧姓、浅葱毬。昔はこの学校に通ってたらしいわよ」


「…………ええ、知ってますよ」


 言って、好はキーワードの中にある杉並希望、荒井汀、冷泉盟子の名前にバツ印を付ける。


 おそらくは、全て繋がった。けれど、何処で誰が聞いているか分からない。最後の一手を得るためには、秘しておく必要があるだろう。


「ありがとうございます、大藤先生」


「いいえ。もうこういうのはこりごりだけどね……」


 人の惚気なんて聞いても何にも楽しく無いしと本音を漏らす大藤に苦笑する。


「そうだ、もう一つだけ聞いても良いですか?」


「何よ……」


 好の言葉に警戒心を露わにする大藤。


「奥仲先生、遊園地はどこに行くって言ってましたか?」


「え? えっと……確か、ファンシーランドって言ってたと思うけど」


「そうですか。ありがとうございます」


 机の上に置きっぱなしにしたスマホを手に取って、メッセージを幾つか送った。


「なーんか悪い顔してるけど……もしかして、明日奥仲先生に会いに行くつもり? 流石に、家族団欒は邪魔しちゃ駄目よ?」


「しませんよ。ただ、俺も遊園地に行きたくなっただけです」


「君と遊園地って、イメージ正反対過ぎなんだけど……。いったい何をしに行くのやら……」


 大藤の疑いの視線に、好は安い笑みを貼り付けて答える。


「最後のピースを埋めに行くんですよ」



 〇 〇 〇



「で、どうして休日に貴方達とこんなところに来なくちゃいけない訳?」


 ファンシーランドのフードコートで、ファンシーなキャラクターのプリントされたボトルホルダーからジュースを乱暴に吸う五十鈴。


「何、日頃の慰労というやつだよ。推理には適度な息抜きも必要だからね」


「ホームズ、これ美味しいよ! お食べよ!」


「わっ、馬鹿っ! ほっぺに押し付けるな!」


 ハンバーガーを食べた茨が興奮した様子で好に食べろと促す。


 三人が居るのは大人気テーマパーク、ファンシーランドだ。


 三人は頭に付け耳をしたり、キャラクターもののサングラスを付けたりと完全にファンシーランドを満喫している様子だ。


 急に土曜日に遊園地に行くと言われ連れ出され、何も聞かされないまま午前中は散々遊び倒し、今はお昼という事もあってこうしてご飯を食べながら休んでいるのだ。


「……ていうか、貴方私服だと本当にどっちだか分からないわね」


「でしょ?」


「でしょって……」


 得意げに笑う茨に、五十鈴は呆れたような顔をする。


 茨の恰好はスニーカーにスキニー、シャツワンピースを着て、その上からオーバーサイズのパーカーを着ていた。


 少女のような顔立ちもあって、一見するだけではどちらか分からないし、どちらかと言えば少女に見える。


 好はクラシカルかつ流行を取り押さえた服装をしており、それを上手く着こなしているために先程から女子の視線を集めている。ただ、落ち着いた印象とは対照的に頭に乗っている付け耳がなんとも言えない違和感を醸し出している。


 五十鈴はと言えば女子高生らしい可愛らしくも流行的な服を選んでいる。ただ、あまり目立たないように落ち着いた印象を抱かせるような服だ。そもそも、そういう服装で来いと好に言われていた。


「で、なんで此処に来たの? 最初ははぐらかされたけど、もう教えてくれたって良いでしょ?」


「いや、まだ駄目だな」


「なんでよ」


「言ったら意味が無いからだ」


「は?」


 好の考えが読めずに、五十鈴は苛立ったような顔をする。


「ねぇ、ご飯食べ終わったらもう一回ジェットコースーター行こうよ!」


「食べた後にそれはヘビー過ぎないか?」


 にこやかに午後の予定を提案する茨。


 此処に来た理由をはぐらかされている事は腹立たしいけれど、好が考え無しに何も話さないという事は無いだろう。


 釈然とはしないものの、今は言う通りにする他無い。何も無いと言わずにはぐらかすのであれば、何か今回の事件絡みなのだろうという事は五十鈴でも分かる。であれば、此処にいる間に何か起こる。それだけ気構えをしておけば良いだろう。


 ご飯も食べ終わり、三人は席を離れて次のアトラクションへと向かおうとした。その時だった。


 茨の顔から突然笑顔が消え、ぴたりと足を止める。


「え? 何、どうしたの?」


 驚く五十鈴に対して好は冷静そのもの。ただ前だけ見ている。


 二人の見る先は同じ。


 何が何だか分からないながらも、五十鈴は二人の見つめる先を見る。


「…………ぇ?」


 二人の視線の先に居るのはただの家族だ。


 いや、ただのと言うのもおかしな話だろう。三人には、少しばかりその家族の一人と接点があるのだから。


 幸せそうな家族。


 父親と母親が娘の手を取って歩き、笑みを浮かべながら遊園地を楽しんでいる。まさに、家族団欒。子供にとっても両親にとってもかけがえのない一時ひとときだろう。


 しかし、それは当人達だけにとってだ。


「ぁ……ああ……!!」


 取り乱したような声を上げ、五十鈴は後退る。


 そこで、ようやく茨の意識はその家族から五十鈴に向けられる。


「大丈夫?」


 声をかけるも、五十鈴はわなわなと震えながらその場から後退るのみだ。


 笑みを浮かべる家族。


 その内の母親がこちらを見る。


 視線が絡み合う。


「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああっ!!」


 直後、悲鳴を上げながら五十鈴は走り出す。


 周りの客を押し退けながら、必死に走る。


「ワトソン君、追いたまえ」


「ホームズ、後でお話しあるから」


「分かっている」


 茨は好にそう言ってから、急いで五十鈴を追った。


 まさかとは思ったけれど、これで確証を得る事が出来た。


 五十鈴を茨に任せ、好はそのまま前に歩き出す。


 にこやかな安い笑みを絶やさずに。


「おや、奇遇ですね、奥仲先生」


「お? おお、法無か。奇遇だな」


 好が声をかけたのは二人の担任の教師である奥仲信治だった。そう、三人が視界に捉えたのは奥仲一家だったのだ。


「信治さん、この子は?」


「俺の担任してるクラスの生徒だよ」


「初めまして。法無好と言います。奥仲先生には、日頃からお世話になっております」


「法無はお世話なんて必要無いくらい優秀だろ? 良いんだよ、よいしょしなくて」


 笑いながら言うけれど、満更でもないのだろう。その笑みはとても柔らかい。


「あら、礼儀正しいのね」


 くすりと奥仲の奥さん――奥仲毬が笑う。


「出来た奴だよ。成績も良いしな。それに、探偵なんだっけか? 高校生探偵なんてフィクションの中の話だと思ってたんだけどなぁ」


「あら、そうなの?」


「ええ。まぁ、純粋な探偵とは違いますけどね」


 二人と話していると、じっと下方から視線を感じる。見やれば、二人に手を繋がれた少女がじっと好の事を見ていた。


「おにいちゃん、たんてーなの?」


 にこっと優しい笑みを浮かべ、好は腰をかがめて少女と視線を合わせる。


「そうだよ」


「すごぉい! みやこ、たんてーさんはじめてみた!」


 興奮したように、二人の娘――実弥子みやこは目を輝かせる。


「そういえば、一人で来たのか? って、そんな訳無いか」


「ええ、友人と」


「そうか。口を酸っぱくするつもりは無いが、あんまり遅くならないようにな。それと、はめを外し過ぎないようにな」


「分かってますよ。先生も、楽しんでくださいね」


「ああ、ありがとな」


 ばいばーいと大きく手を振る美弥子に手を振り返す。


 きびすを返して向かう先は、二人のところだ。


 スマホを取り出し、茨の連絡を入れる。ツーコールで茨は応答した。


『ホームズ?』


「ああ、今どこに居る?」


『ファンシーランドを出た近くにある海浜かいひん公園に居るよ』


「分かった、今から向かう」


 それだけ言って、好はスマホを仕舞うと、急ぎ足で海浜公園へと向かった。





 海浜公園のベンチに、五十鈴は自分を抱き閉めながら座り込む。


 どう言葉をかけて良いのか分からず、茨はとりあえず隣に座る。


 あの時、茨は全てを理解した。好の意図も、記録の無い殺人事件の真相も。


 だからこそ、声をかけられなかった。言葉が見つからなかった。


 元々、茨はそんなに多弁では無い。どうでも良い事を適当に話す事は出来るけれど、相手の気持ちに寄り添って話をする事が出来ない。


 だから、ただ隣に座る事しか出来ない。


「此処だったか」


 暫く座っていると、好が到着する。


「意外と広かったな、海浜公園」


「ホームズ……」


 好は二人の前に立ち、ふうと一息つく。


「知ってたの?」


「そうである可能性は予想していた。ただ、その反応を見る限り、俺の予想は当たっていたようだな」


 言って、好は背中を丸めて座る五十鈴を見やる。


「直接会ってしまえばもしやとは思ったが……」


 こうも効果覿面だったか、とは口にしなかった。それを口にしないデリカシーは持ち合わせている。


「全部説明して、ホームズ」


「……そうだな。君も聞くだけ聞いてくれ」


 好の言葉に、しかし五十鈴は頷きもしない。


 それは想定内だ。嫌であれば途中で声でも上げるだろうと思い、好は話しを始める。


「まず第一に、彼女の正体だ。彼女の名前は浅葱毬・・・。今もなお生きており、平然と暮らしてはいるが、本物は安心院五十鈴にとり憑いている彼女の方だ」

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